詐欺師の王
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そこにいたのは、怪しさが一周回るほどに怪しい商人だった。
いつぞや勇者の剣をふっかけてきた詐欺師だ。
その詐欺師は口の端を歪めて、どこからともなく龍殺しの剣を取り出した。
その剣を合図にして、精鋭の兵士たちが一斉に怪物へと変じる。
その怪物たちは詐欺師と同じく様々な形の剣を握っていた。それらのどれもが、剣の聖女一統の聖地から失われた聖剣である。
詐欺師の王は、圧倒的な戦力差を見せつけながらジュールに言った。
「少しは頭を使うことを覚えたらしい。だが、やはりお前は馬鹿だよ。そこまでわかっていながら、のこのこ独りで来たのだからなぁ。
結果は何も変わらん。
お前は今から生きた楽器になる。お前の悲鳴が、希望に満ちた砦を絶望に染め上げる。私は万の絶望を寿ぎ、本来の権能を取り戻す。
私の計画に一片の狂いもない。
お前は徹頭徹尾、私に利してくれた。偽物の剣で戦う、勇者の紛い物よ。ここが貴様の〈偽りで満ちた物語〉の終わりだ」
虚偽の悪神〈カー〉は笑い、天井のゴキブリもどきが、周囲の怪物たちが、追従の笑みを浮かべた。下卑た嘲笑が炎の燻る教会に響いた。
けれど、ジュールは真っ正面から笑い飛ばした。
「流石はペテンの神だ。口にする言葉の、何もかもが間違っている」
その言葉を待っていたかのように、教会の外に人の気配がした。
たくさんの人の気配だ。教会の入り口には、背の低い女が誇らしげに立っていた。
「見事に予想的中ですね、ジュールさん!」
そう叫んだのはエルンだ。彼女の後ろには、性別も装束もバラバラの人々が立っていた。
「我が主に代わり、不肖ながらこのボウエイ、言伝に従い馳せ参じました」
白港の盾使いボウエイが、大勢の勇士たちを率いて笑いかける。
その勇士たちはみな、ジュールが白港に送り出し続けた仲間だ。
彼らの手には、旅の途中で取り返した、数々の聖剣が握られていた。
ジュールはいたずらに各地を巡っていたのではなかった。砦で待つ罠を予測して、集めていたのだ。
強力な武器と、それを託すに足りる仲間たちを。春の種まきに間に合うギリギリまで。ジュールは悲劇の先を見据えていた。
その先に待つ、当たり前の幸福を願っていた。
だから今なのだ。今ここで決着をつける。
「こんなッ、このッ、馬鹿の分際でッ」
虚偽の悪神は、自分が甘く見積もった男を忌々しげに睨み付けた。
その男は、笑って答えた。
「お前は三つ間違えた。俺は一人ではなかったし、俺は本物の勇者だった。そして、この剣は今から本物になる」
ジュールは右腕で勇者の剣を引き抜いた。
その刀身は熱で少しずつ溶けていたし、刃先もとっくに折れてしまっていた。
ボロボロでがらくた寸前の剣だ。
けれど、彼の手の中の剣は、周囲のどの剣よりも立派に思われた。周囲の聖剣たちが霞んでしまうほど、圧倒的な輝きを放っていた。
その剣は他のどれよりも、人々の希望を背負っていた。その剣以上に〈勇者の剣〉らしい剣など他にはなかった。
ジュールは盛大に馬鹿笑いを浮かべて言った。
「俺は戒めの鞘から勇者の剣を引き抜いた男ッ、大僧正ラーズに予言された男ッ、すべての絶望を笑い飛ばす男ッ、虚偽の悪神の嘘を真実に変える男――」
天井からドグの怪物が襲い掛かる。
ジュールの右腕が燃え上がり、勇者の剣が炎に包まれた。炎を纏う一振りは、鋼のごとき銀色の外殻を容易く焼き切り、醜い楽器職人を灰燼に帰した。
もう誰もがわかっていた。けれど、ジュールは名乗りを上げた。
彼の親友との約束だからだ。
「俺は勇者のジュールだッ!」
嘘から生まれた希望が、燦然と輝く剣を掲げた。
始まりの詐欺師は、レイオンと名乗る姿で聖剣エルンガストを抜き放つ。
勇者の剣が炎を纏い、ハヤブサの聖剣が「ジィィィィィィィ」と囀る。
そして、勇者と悪神の剣が重なるとき、夜明けを待つ教会で決戦の火ぶたが切られた。




