表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】勇者の剣の〈贋作〉をつかまされた男の話   作者: 書店ゾンビ
第八章 嘘から出た真の勇者の剣
45/91

希望の砦

        ◇


 厳重そうな身体検査の後、ジュールとエルンは砦の中に通された。


 高い囲いの内側は、傷ついた兵士や詰め寄せた難民たちで、かなりごった返している。


 砦にあった建物だけでは怪我人・難民を収容し切れず、そこら中の道に焚火とそれを囲う小さな一団が生まれていた。昼飯どきだったせいか、焚火で料理まで作っているようだ。


 けれど、今はその大半が、噂の勇者を一目見ようと門に押し寄せていた。


 次々に顔を覗かせる野次馬たちは、ジュールの逞しい身体に歓声を上げて、その燃える右腕にどよめき、そして、誰より大きな笑い声に釣られて笑顔を見せた。

 その野次馬たちを割って歩くように、軍装の一団がジュールたちの前に現れた。


「お待ちしておりました、噂の勇者殿」


 軍装の先頭を歩く猛禽のように鋭い目をした男が、握手を求めて右手を出した。

 ジュールは苦笑いして肩を竦める。「燃えるぞ」と端的に断った。その男は「これは失礼を」と右手を背中に戻し、頬のこけた顔に儀礼的な笑みを浮かべた。


「私は当砦の最高責任者で〈カルト〉と申します」

「俺は勇者のジュールだ」

「私は剣の聖女一統の辞書乙女です」

「ええ、もちろん。お二人の噂はかねがね。長旅でお疲れのところでは――」

「問題ない。俺は今すぐにでも戦える」


 ジュールは相手の言葉を先取りして申し出た。

 軍装のカルトは「流石は勇者殿」と感心した風でもなく応じて、本題を切り出す。


「我々の砦は危機に瀕しています。春を間近に控えながら。食料が不足しているのです」

「なるほど。そして、当てはあるが、問題もあると」

「ご推察の通り、丘向こうの街には冬越えの備蓄が十分に残されているはずです。これを手に入れたいが、やはり障害もあります。大きな障害です」

「怪物どもか」

「それも統率された怪物です。とても残忍な指揮官がいるのです。我々は〈解体者〉と呼称していますが、その指揮官は食料回収に向かった兵士たちを待ち伏せして、悲鳴を上げるだけの〈生きた楽器〉に変えてしまいました。楽器にされた兵士たちの悲鳴が、夜ごと我々を苛んでいるのです」


 カルトがそう語ると、ジュールは静かに瞼を閉じた。その解体者という怪物の原型に、一つの心当たりがあった。


 アウロラが意思を持った怪物になったのだ。


 それならあの軍医も。


 ジュールはとっくに覚悟していた顔で目を開く。

 そして、希望の勇者として不足のない笑みを浮かべて答えた。


「そいつは俺が倒そう」


 ジュールがそう言うと、カルトは具体的なプランの説明に移った。


        ◇


 解体者討伐作戦は、夜明け前を予定していた。


 討伐隊が砦を発つのは真夜中になる。


 それまでの間、ジュールとエルンは、砦の中を歩いて回った。負傷した兵士たちを励ましたり、かつて助けた町の人たちに会ったり、ジュールは休みなく動いている。

 そうやって動き回りながら、ジュールはふと後ろを振り向き、エルンに「ほい」と何かを手渡した。エルンはとりあえず受け取ってから、「なんですか?」と首を傾げる。


 渡されたのは、折りたたまれた紙だった。


「もしやラブレターです?」

「後でそこに行ってくれ。俺が出てから、エルンだけで」

「別行動しろってことですか? これは地図の類です?」

「今はダメだ。自分だけで見て、行動してくれ」

「やっぱり、ラブレターです?」

「馬鹿抜かせ……」


 ジュールは「そもそも、俺は読み書きができない」と言って、何ごともなかったように前に向き直った。エルンはびっくりした顔をしている。

 トコトコと前に回り込んで、ジュールを見上げて訊き返した。


「ジュールさん、読み書きできないんですか?」

「動物の名前をいくつかと、毛皮だの、肉の部位だのはわかる。生活に使うからな。同じ理由で簡単な計算くらいはできるが、その程度だ。外海側の田舎生まれだと、そう珍しくもないだろう。俺の故郷には学校もなかった」


 ジュールは少し遠い目をする。

 自分の生まれ育った故郷のことを思い出していた。


 学校も病院もない、山の中の小さな村だ。


 自分はそこで生まれて、そこの猟師として一生を終えるはずだった。村から遠く離れることもなく、父親から受け継いだ仕事を続ける。


 どこにでもある人生だ。


 自分もそうするはずだった。


 ジュールは猟師として生きる自分の姿を夢想した。母がいて、幸せそうに暮らす妹分の彼女がいる。そんな当たり前の日常を思う。

 親友の大僧正が、彼の妹と健やかに生きる姿も空想した。自分と出会わずとも、あの男なら力強く生きただろう。

 アウロラやドグ、リピュアたちが、美しい白港で笑い合う姿も思い浮かべた。自分の知らない、街での暮らしはどんなだろうか。素敵な双子姫や元気な人々の住んでいる街だ。きっと賑やかな日々が待っていたに違いない。


 今ではあり得なかった世界だ。


 でも、当たり前にあったはずの日常だ。


 そんな当たり前の幸福が、いくつも失われた一年だった。


 この悲劇を終わらせる。


 ジュールは夕暮れの空を見上げた。また夜が来る。


「それじゃあ、後は頼んだぞ」

「愛の告白は?」

「しない」


 ジュールはエルンにそう言って、出発まで少しだけ休むことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ