番外編 辞書乙女ちゃん日記①
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最近、旅をしてわかったことがある。
ジュールさん、マジでハチャメチャに強い。
この人の桁違いな実力は、辞書乙女の私から見ても別格だった。
街一つを占拠する怪物の群れを一人で片付けるし、聖剣を持っている怪物の幹部っぽい相手も一発で斬り伏せる。それも、自分のおんぼろな剣一本で。
あんまり滅茶苦茶に強いので、ちょっと笑えるくらいだった。
「ジュールさんは、どれか聖剣を使ったりしないんですか?」
ある日、私は食事の後でジュールさんに訊いた。
私の後ろには、回収された聖剣が何本も転がっている。聖剣の格としてはエルンガストより劣るけれど、それでも素人すら達人級の戦力に変えてしまう上質な聖剣ばかり。それが選り取り見取りだ。
私は適当に一振り「えいや」と抜いてみせた。
けれど、ジュールさんは自分の古ぼけた剣の手入れをしながら、あんまり興味なさそうに見ている。
「あっ、これはあれです、鏡写しの聖剣〈ドッペルガー〉です!」
「ほぉ、それは何ができるんだ?」
「自分と鏡写しに動くまったく同じ分身が作り出せます、ほりゃ」
私がドッペルガーを振ると、目の前に絶世の美少女が現れた。
わおっ、私って改めて見ても可愛いですね!
「自分の分身に見惚れているところ悪いが、その聖剣は強いのか?」
「あんまりです。分身がダメージを食らうと、持ち主にも返ってきますし、本当に鏡写しにしか動かないから、複雑な連携とかできません。こうやって自分の可愛さを確かめることくらいにしか使えない剣ですね。はははっ、ダメだこりゃ!」
「人に勧めといて『ダメだこりゃ!』は酷くないか?」
「でもほら、結界剣とか、透過剣とか、戦闘向きの剣もあったじゃないですか。ジュールさんが人にあげちゃいましたけど……」
私は不満の籠った視線をジュールさんに注ぐ。
ジュールさんはたまに、自分の気に入った人物に聖剣を渡しちゃうことがあるのだ。しかもその人物を仲間にするでもなく、どこかに伝言を頼んで送り出していたりする。
辞書乙女としては、由々しき問題だ。
私の判断も仰がず、勝手に剣を授けないで欲しい。
それに何より、ジュールさん本人が使った方が、ずっと強いと思うのだ。
けれど、ジュールさんは自分の剣を磨き上げるばっかりで、聖剣にはこれっぽっちも興味ないみたいだった。私がいくら不満を漏らしても、
「俺の勇者の剣は、こいつでいいんだよ」
そう笑って取り合わない。
変なところで頑固な人なのだ。
頑固で、強固で、不屈で、目についたものはなんでも助けてしまう人だ。
結局のところ、底なしの御人好しなんだと思う。
「それに聖剣をこんな一か所に集めたって、ありがたみが薄れるだけだろう」
ジュールさんはそう言って、自分の剣を納める。
とある勇者の剣の贋作だ。
ちょっと前に見せてもらったけど、辞書乙女折り紙付きで〈普通の剣〉だった。
彼の始まりは、嘘だったのかも知れない。でも、誰かに選ばれたわけでもなく、聖剣に導かれたわけでもなく、自らの意思で立ち上がり、戦い続けた人だ。
特別な由縁を持たず、何かに選ばれたわけでもない。
自称勇者。
その言葉の持つ重みを、自分から背負い込んだ人。
背負い込んだ上で、笑ってその称号を名乗る変人。
勇者のジュールとは本当にそれだけの、普通で、強い人なんだと思う。
それはそれで、やっぱりすごいことなんだろうな。




