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白港攻略戦③

        ◇


「ドオオオオオラアアアアッッッ!!」


 ジュールは銀の龍に押し出されるまま、街中に移って戦闘していた。

 ジュールは人間離れした脚力で街を駆け抜けると、建物の屋根を蹴って銀の龍に肉薄する。

 

 燃える右拳が巨大な顎を殴り抜いた。


 龍の肉が弾けて、傷口が燃え上がる。


 ジュールはその傷口に剣を突き立てて、さらに肉を抉った。


 しかし、怪物は怯まずに太く長い尾を横薙ぎして、ジュールを掃き飛ばす。


「――ぐむっ!」


 大きく弾かれたジュールは、建物に激突する寸前で右肘を突き出した。壁をぶち破って受け身を取る。銀の龍が持つ桁違いな巨体のせいで、雑な攻撃すら避けるのが難しい。


 それに加えて、並みの攻撃ではビクともしない。


 ジュールは建物を出て、銀の龍を視界に収めて呟いた。


「流石にデカいだけではないか」


 ジュールが勇者の剣で裂こうと、炎で焦がそうと、巨体の一部に傷がつくだけで龍の動きは鈍らない。その上、普通の刀傷や火傷程度では瞬時に再生されてしまう。先ほどの攻撃で負わせた傷もすでに治りかけていた。


 街一つの人間――悠に千を超える絶望を束ねて作られた、嘆きの集合体だ。


 その巨体には、街一つを押し潰して余りある能力が宿っている。


 実力だけならガナルカンを遥かに上回っていた。


「寒い、寒い、寒い寒い寒い寒い……冷たくて寒いから早く凍えてよぉおおおッ!」


 銀の龍が口から冷気を放つ。

 ジュールは右腕を振るい、炎で打ち消す。

 危なげなく相手の攻撃を受け流し続けているが、しかし、ジュールも決め手に欠けていた。それを自覚して、彼は懐かしそうに微笑んだ。


「剣も効かず、殴り飛ばすこともできない怪物か。なんだか昔を思い出すな」


 ハッカと出会い、ラーズと三人で初めて協力したときのことだ。

 全身が岩の怪物と戦った。

 あのときもこんな風に苦戦したっけか。


「同じ手が通じるか、試す価値はある」


 ジュールは勇者の剣を右手に持ち替えた。

 鎌首をもたげる銀の龍に向かって、一歩ずつ近づいていく。


「持ってくれよ、俺の勇者の剣ッ」


 そう言いながら、右腕の熱量をさらに上げていく。

 岩石のような腕の内側から赤い熱が噴き出し、それは次第に赤を通り越して白く輝き始める。石畳に張っていた氷が解け、隙間に生えていた雑草がチリチリと灰になった。


 右手の勇者の剣が、炎を纏い、白熱していく。


 ジュールの背中に陽炎が生まれて、周囲に高熱が広がり始める。

 

 銀の龍は続けざまに冷気を吹き付けた。


 しかし、それはジュールにぶつかると白い蒸気になって消える。


 ジュールは大量の蒸気を割って歩く。


 そして、さらに温度を上げ続けた。


 勇者の剣は真っ白に輝き、その熱波で地表近くの空気が揺らめく。


「寒い、寒い、寒い、寒くて冷たくて痛くて苦しくて……どうして……」

「間に合わなくてすまなかった。今その絶望を終わらせるッ!」


 ジュールは朦朧となりかけた頭で、真っ白に輝く勇者の剣を構えた。

 銀の龍が冷気を吐き出す直前の溜めに移る。

 大きく顎を開き、息を吸い込むその瞬間、ジュールは剣を構えて踏み込んだ。




「ドオオオオオッッッせえええああああッッッ!」




 ジュールの灼熱の剣が、怪物の牙をすり抜けて咥内に突き刺さった。

 剣の先から劫火と高熱が流れ込む。

 結末は一瞬のことだった。龍の体内で冷凍・圧縮されていた空気が、急激に熱されて膨張する。内側から炎と風が荒れ狂い、怪物の偉容が散り散りに引き裂かれた。


 爆散。


 銀の龍がバラバラに消し飛ぶ。


 ジュールの思考も、熱と爆風の衝撃で真っ白に吹き飛んでいた。


 けれど、怪物が残した「あったかい」という言葉だけは、朦朧とする意識の隙間に入り込んだ。

 だが、そのときのジュールにはそれが自分の願望による幻聴だったのか、本当に彼らの声だったのか、判別はつかなかった。


 ジュールは石畳の上に大の字で倒れる。


 何も考えられない頭で、しばらくぼんやり横になっていた。


 すると、つまらない呟きが口をついた。



「お前がいないから、背中が冷たいじゃないか、ラーズ……」



 それは胸のずっと深くに押し込め続けた、秘密の言葉だった。

 勇者たらんと意地を張り、常に自信に満ち溢れた男を演じる青年の、その自制が一時解き放たれて口に出た、小さな弱音だ。


 誰にも聞かせるつもりのない、彼の胸のうち。


 彼の隣に転がる勇者の剣だけが、そのささやかな本音を聞いていた。


        ◇


 意識が戻った後、ジュールはリピュアたちの後を追って城に向かった。


「ジュールさん!」


 つづら折りの坂道の先で、リピュアの呼ぶ声が聞こえる。

 ジュールは顔を上げて、自分の歩いている坂道の先を見た。

 

 リピュアがボウエイたちに肩を借りながら、こちらに向かって歩いてきている。


 彼女は片足を痛めているようだが、その表情は明るく晴れやかだった。

 

 彼女たちも、自分たちだけでやり遂げていた。

 父と故郷の仇――牛頭のガナルカンを倒したのだ。


「やったな!」

「やりましたね!」


 ジュールとリピュアが同時に言った。

 二人はにかっと笑い合い、リピュアは喜びのあまり坂道の途中でつんのめる。

 ジュールが驚異的な反射神経で抱き止めると、勝利の功労者を称えるように彼女を担ぎ上げた。リピュアは真っ赤になって恥ずかしがる。

 ボウエイや他の兵士たちが口笛を吹き、歓声を上げて囃し立てた。


「か、からかうなよ、お前たち!」

「リピュア様、大変よいお顔をしていらっしゃいますよ?」

「ボ~ウ~エ~イ~、姉さまたちのようなことを言うな!」

「あははははははは!」


 ジュールは誰よりも大きな声で笑い、それに釣られてみんなで笑った。

 真昼の太陽が祝福するように日差しを注いでいる。

 雪化粧された栄光の白港は、その名に恥じない美しい輝きに満たされていた。


        ◇


 白港に住民たちが戻って来た。


 日暮れまで戦死者の埋葬を進めつつ、街の復興のため、誰もが率先してやれることを探して動いた。ジュールも一緒になって瓦礫を退かし、「春までにあれを直す」、「この機会に倉を建てなそう」、「次の夏までにはこうしたい」など、住民たちのこれから先のことについて語り合い、笑い合った。


 栄光の白港には、未来がある。


 誰もが疑いなく信じられた。


 日が暮れると、かがり火を焚いて宴会が始まった。


 今日の祝勝会だ。今後のことも考えて、飲み食いは控えめだったが、それでも、みんなで歌い、踊り、出来る限り楽しいことをした。

 兵士たちや住民たち、双子姫やセンチ、みんなが屈託なく笑い、身分の隔てなく喜びを分かち合った。そして、亡くなったものたちを悼んだ。

 ジュールが住民に差し出された酒を飲んでいると、軽装のリピュアが近づいてくる。


「楽しんでいただけていますか、勇者様?」

「存分に。足の怪我は大丈夫なのか、勇者様?」

「まだ走れませんが、歩くだけならこの通り」

「なぁ、この二つ名、口にされると照れるよな」

「……はい」


 二人にしかわからない苦笑を交わし、彼らは酒杯をぶつけた。

 リピュアは一息に煽って「ほう」と白い息を吐く。

 やや赤らんだ頬で星々を見上げ、隣で同じようにしているジュールに尋ねた。


「ジュールさんはいつ出られるのですか?」

「明日にはここを発つ。夏までに片付けたいこともあるからな」


 ジュールがそう言うと、住民たちから悲鳴じみた声が上がった。

 ジュールとリピュア、彼らにとっての英雄二名が揃っていたのだ。みんな耳をそばだてていた。その住民たちはぞろぞろと押し寄せて、ジュールを引き留めようと声をかける。


「ずっとここにいてくれないんですか?」

「勇者様、旅立たれてしまうのですね……?」

「ジュール、どこかにいっちゃうの?」

「ここにずっと住めばいいのに!」


 リピュアはそんな民たちを優しく諫めた。


「みんな、無理を言ってはいけない。勇者のジュールには――この街だけじゃない――世界を救うという使命があるのだから。でも、それもきっと長くはかからない。勇者様は夏には我らのもとに戻り、私に泳ぎを教わる予定だ」

「ああ、それにこの街は大丈夫だ。ここにはすでに立派な勇者がいる」


 ジュールが戦友リピュアの肩を抱き寄せて言う。

 住民たちはリピュアの真っ赤になる顔を見て「それなら仕方がない」と笑った。

 そして今以上に笑って、ジュールを見送ることにした。


 翌日の早朝。


 ジュールは住民たちの笑顔に見送られて旅を再開した。

 旅立ちの間際、ジュールとリピュアは固く手を握り合った。

 リピュアが名残惜しそうに笑い、頭を下げて言う。


「本当にありがとうございました。次の夏、楽しみに待っています」

「ああ、俺もだ。センチのことをよろしく頼む。それから、もしかすると後日、使いのものをこちらに寄こすかも知れない」

「使いのもの、ですか?」

「ああ、これは他言無用でお願いしたいのだが……」


 ジュールはそう言って、二、三のことを頼んだ。それから、白港の職人が仕立て直してくれた右腕の空いた外套を纏い、雪の荒野に踏み出していった。


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