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白港攻略戦②

        ◇


 浜辺から城まで伸びるつづら折りの坂道を、リピュアたちは一塊に駆け上がった。


 朝日はようやく海面から離れて、雪化粧された石畳を照らす。


 移動するリピュアたちに気づき、街を徘徊していた怪物が彼らの行く手を阻まんと飛び出してきた。身の丈は四メートルを超えるだろう、長い鼻を持つゾウのような怪物だ。


「ハアアアアア――――ッッッ!」


 リピュアが、喊声を上げる。

 後に続く兵士たちも、同じように雄叫びを上げて突き進む。


 すると確かに怪物は怯んだように身じろぎした。


 その隙を見逃さず、リピュアは鋭く剣を突き出す。


 深く入ったが、即死までは届かない。


 ゾウの怪物はぶ厚い皮膚で致命傷を防ぐと、筋肉の塊である長い鼻を振り被った。打ち込まれるフレイルのごとき一撃を、庇うように出たボウエイが盾で受け止める。


「リピュア様、今です!」


 そして、ボウエイが受け止めた瞬間、盾の陰からリピュアが再び踏み込んだ。


 先ほどと同じ場所に、同じように剣を突き刺す。


 今度は根元まで剣が刺さり、ゾウの怪物は前のめりに倒れた。リピュアはすれ違うようにして倒れ込んでくる巨体を躱す。


 振り返ると、それはすでに死んでいた。


「倒せる相手だ、臆さずに進むぞ!」


 リピュアは剣を拭い、兵士たちを鼓舞した。


 兵士たちも指揮官の奮戦に応えようと「おおおおおッ‼」という鬨の声を上げる。


 リピュアたちは物陰から襲い来る怪物に対して、あの男を真似て戦った。雄叫びを上げ、恐怖を踏み越えながら怪物に立ち向かう。


 一般の兵士たちにも倒せない相手ではなかった。


 恐怖しなければ、怪物の脅威は数段下がる。それでも、戦い続ける限り負傷者は増えて、道半ばで倒れるものも出た。


 命のやり取りだ。一方的に倒せるわけがない。


 リピュアは誰よりも大きく叫び、剣を振り、道を切り開いていった。


 彼女の脳裏には領主としての父の言葉がこだましていた。


『戦う兵士の死には、最低限の意味くらい与えてやらねばなるまい』


 その通りだと思った。

 そう考えている間にも、兵士の誰かがまた怪物の奇襲に倒れた。

 近くのものが反撃し、フナムシのごとき怪物を倒す。何人かの兵士はふと足が止まり、倒れたものを振り返った。

 リピュアは非情に徹して叫んだ。


「振り返るなッ、今はまだ……」

「城はもう近いッ! いけるなッ!?」


 彼女の右腕であるボウエイが、彼女の内心を慮って兵士に問いかける。兵士たちも疲労で重い腕を奮い立たせて、「行くぞおおおッ!!」と拳を天に突き立てた。


 リピュアたちは一気に城まで突き進む。


 そして、裏門を守る怪物を討ち倒すと、城に住まうものだけが知る通路を使い、彼らは牛頭のガナルカンが待つ〈玉座の間〉に辿り着いた。


        ◇


 縦長の窓から朝日が射し、シャンデリアが輝きを増幅して室内を照らしている。


 玉座の間――この国でおそらく一番豪奢な場所だ。


 赤いカーペットの作る道の先、数段高くなっている場所にその玉座はあった。セイナルという王が座っていたはずの、白港の統治者が座る椅子だ。


 その玉座に、一人の男が座っていた。


 どこにも怪物化の痕跡がない、ただの巨漢だ。その男は大槌を肘置に立てかけ、玉座の上で踏ん反り返っている。そして、リピュアたちを不快そうに見下ろした。


 その巨漢。


 大槌のガナルカンは忌まわしそうに呟いた。


「あの実験体め。強いには強いが、気分屋では守りに向かんな。こんなところにまでネズミを入れるとは。どいつもこいつも使えぬ駒だ……」


 リピュアにも〈実験体〉というのがあの龍を指す言葉だとわかった。

 ガナルカンは玉座から立つと、大槌を手に取り、「次を作るときは、そのあたりを気にしてみるか」と呟いた。兵士の一人が、「次だと……」と呟き返す。


 ガナルカンは嗜虐的な笑みを浮かべて答えた。


「ああ、材料の方からこちらに来てくれたのだから、次も作る。貴様らを殺した後で、白港の住民でな。あのデカブツは、青港の住民をまとめて入水自殺させた結果だ。全員に手を繋がせて、冬の海に向かって順番に歩かせた。するとどうだ。怪物化するときにそれぞれの身体が食い合って、ひとつながりの龍になった」


 喋りながら、ガナルカンの身体が二倍以上に膨れ上がった。

 その体を覆うよう、分厚い筋肉の鎧が現れる。

 頭には二本の角が生えて、鼻面が伸びてウシのような顔になった。

 

 怪物への変身――牛頭の指揮官だ。


 天井すれすれの巨体を震わし、牛頭の怪物が盛大に吠えた。


「我が名はガナルカンッ、偉大なる絶望〈カー〉様に仕える三将軍がひとりなりッ!!」


 その大音声は部屋の壁を震わすほどだった。

 その邪悪さ、巨体の放つ悪意は、今までの怪物たちとは比べ物にならなかった。牛頭の怪物には人間の尊厳を踏みにじり、絶望させようという明確な意思があった。


 牛頭のガナルカンは、リピュアを見据えて言う。


「さぁ、貴様の父親と同じように惨めたらしく命乞いをするがいい。そうすれば、貴様たち姉妹だけは娼婦として飼ってやらんこともない。怪物の子種からどんな醜い化物を産み落とせるか、見物だなぁ!!」


 リピュアはすぐに何か言い返そうと思ったが、それより先に突っ込む影がいた。

 その影はガナルカンの不意を突いて肉薄すると、大槌の一撃を巨大な盾でいなしながらその脇腹に思い切り盾の角を振り抜いた。

 ガナルカンは数歩よろめき、ダメージを受けていなかったにも拘わらず、あまりの驚きに反撃ができなかった。

 リピュアや他の兵士たちでさえ、その男の意外な行動にぽかんとした表情を浮かべている。


 ボウエイは盾での一撃だけ入れると、ゆっくり下がってリピュアの隣に並んだ。


 いつもの澄ました狐目で、少しだけ恥ずかしそうに言う。


「本当であればリピュア様が『ガツン』と言われるのが筋だったのでしょうが、申し訳ありません。あんまりデタラメこきやがるので、つい先に手が出ました。お許しを」


 ボウエイの一言に兵士たちみなが笑い、リピュアも笑い声を上げた。

 牛頭のガナルカンは心を折ったはずのものたちが笑うので理解できなかった。

 故郷を奪われて、領主を殺されて、これほどの偉容を見せつけられて。

 その上で、どうしてこうも清々しく笑える。


「わかるはずがない、希望に出会わなかったお前に」


 リピュアは理解できないでいるガナルカンに向かって言う。

 リピュアは兵たちの列から一歩前に進み出た。

 その背中に多くの兵士たちの視線を浴びる。背中に負っている民のことを思い出す。道半ばで倒れた兵士たちの死を憂い、玉座にかけた父の姿を思い出す。


 自分から〈勇者〉の称号を背負い、世界を救うと豪語する彼のことを思う。 


 彼の右腕の炎が、彼女の胸にも火を灯していた。


 自分は世界を救うことはできない。彼のようには生きられなかった。


 憧れと諦めのような気持ちを知った。


 それでもなお、もう一度、彼と同じ称号を背負おうと思う。


 世界を救えはしないけれど。


 すべてを守ることはできないけれど。


 それでも、白港の領主の娘として。


 セイナルの娘、リピュアとして。


 この双肩、この背中で負う、すべてのものたちに希望の未来を示すため。




「私はリピュア、()()()()()だッ!」




 リピュアの名乗りに、兵士たちは歓喜する。疲れなんて吹き飛んだ。


 全員で武器を掲げて、気の早い勝ち鬨を上げる。


 ボウエイは主人の勇ましい背中を見て、その名乗りを聞いて、ようやく「我らの勇者のご帰還だ」と安堵と親愛の笑みを浮かべる。


 絶望になんて、もう負ける気がしなかった。



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