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冬の海①

        ◇


 栄光の白港の人々は、廃墟となった頑強の青港に入った。瓦礫だらけだがまだ使える家屋があり、食料も十分にある。

 しかも、占拠していた怪物たちは、ジュールが討伐済みだ。そのため、野営をするよりずっと快適に休めるという判断だった。


 ジュールとセンチも、一緒に引き返すことにした。


 ようやく着いた青港で、すぐに休むかと思われた白港の人々だったが、そんなことはなかった。

 お年寄りから子どもまで、ジュールを一目見ようと押しかけてくる。


「その右手、どうして燃えてたの!」

「それは熱くないんですか?」

「ジュールさんはどこの出身なんですか?」

「ありがたや、ありがたや」

「ジュールさん、あったかいですね!」

「その子は息子さん?」

「勇者様、ご飯もう食べました?」


 そんな風に次から次に現れる人たちに、ジュールは笑って応え続けた。


 怖がられて逃げられるよりずっとよかった。


 そんな調子で、ジュールが拒まなかったため、避難民たちの質問攻めから解放されたのは日没後になってしまった。センチは白港の子どもたちと一緒に眠ってしまっている。


 ようやく身体の空いたジュールは、軍装のボウエイに請われて一つの建物に入った。ランタンで照らされた室内には、この一団を率いているリピュアと、双子姫のアネットとジゼルの三人が待っていた。

 ジュールはリピュアの顔色を見る。

 何気なく言った。


「少し休めたようだな。よかった」


 リピュアは当然のように気遣われて顔を赤く染めた。そして、深々と頭を下げた。怪物化した耳までしゅんと萎れている。


「大変申し訳ございませんでした。私はあのとき――」

「頭を上げてくれ。見るからに怪しい自覚はある。それに、貴女の立場でこれを怪しまなければ、それはそれで職務怠慢と言われてしまう。あれはまぁ、当然の流れだった」


 ジュールはそう言って苦笑する。

 それでも、リピュアは面目なくて顔を上げられなかった。

 そんなリピュアを尻目に、姉たちの方はといえば、軽々しくジュールに近づき、岩のような右腕をペチペチと叩いたり、さすったりしている。


「こんなにガチガチなのに、ちゃんと動くのね!」

「これは生まれつき? それとも何かの修行で?」

「ね、姉さまたち! そんな、しっ、失礼ではないですか!」

「いや、俺は別に気にしないが……」

「だそうよ、リピュア」

「だってさ、リピュア」

「しかし姉さまたち、年頃の女性がそのように!」

「年頃の女性らしくないことなら、貴女に言われるのは筋違いでしょ?」

「へえ~、貴女がそういうことを言うの、女剣士になっちゃった人が?」


 アネットとジゼルは、赤くなったり、目を白黒させたりするリピュアを、実に活き活きとからかっていた。妹をからかうのは二人の生きがいのようだ。

 蚊帳の外をやっていたボウエイが、「ごほん」と咳ばらいして存在感を示す。


「御三方、自己紹介もまだではありませんか?」

「あら、ボウエイ忠言痛み入るわ」

「ええ、ボウエイそうだったわね」


 アネットとジゼルは息ぴったり答えて、スカートのすそを掴んでお辞儀した。


「私はアネット、〈栄光の白港〉の第一公女。以後お見知りおきを、勇者様」

「私はジゼルよ、〈栄光の白港〉の第二公女。仲良くしましょうね、勇者様」

「私はリピュア。白港の軍人です」


 リピュアも姉たちに合わせ、慌ててお辞儀をする。


「そして、第三公女よ」

「当然、私たちの妹よ」


 アネットとジゼルが付け加える。

 ジュールは、相手全員が想像以上に高い身分の相手だとわかり、ちょっとだけいつもより背筋を伸ばすことにした。


「俺は勇者のジュールだ」

「そして、私がリピュア様の補佐官を務めております、ボウエイです。自己紹介も済みましたので早速ですが、本題に移らせて頂きます。私どもの今後のことで、ジュール様のお知恵をお借りしたいのです」

「怪物に関することなら、知っている限りで話そう」

「はい、それも含めて。それでは始めていきます。まずは――」


        ◇


 ボウエイの説明で、ジュールは彼女たちお置かれている状況を理解した。


 白港を襲った牛頭の怪物指揮官。

 大槌を持つ男。

 住民を連れての避難。

 避難先である青港の廃墟化。


 ボウエイはさらに今後のことについて話す。


「私とリピュア様は〈希望の砦〉に向かおうと考えています」

「希望の砦とはなんだろう?」

「はい、白港よりさらに北方に、難民の受け入れをしつつ、怪物に対抗するための兵を集めている砦があると聞いています。もともと、白港からもいくらか兵を出そうと議論になっていました」

「その砦の中では、怪物の被害は出ていないのか?」

「ええ。十分に検査してから受けて入れているとか」

「そうか……」


 ジュールがじっと考え込む。リピュアたちが固唾を飲んで待っていると、ジュールは「あくまで俺の意見だが」と前置きしてから言った。


「止めた方がいいと思う。それよりは、故郷の奪還を目指すべきだ」

「それは……私どもも、気持ちとしてはそうしたいですが、そのための戦力が」


 ボウエイが言葉尻を濁す。

 ジュールは落ち着いて話を続けた。


「話を聞く限り、敵は二十を少し上回る程度だったのだろう。ここの兵士たちの戦いぶりはあまり見ていないが、正面から戦うだけで十分に勝てるはずだ」


 ジュールはそう言った。

 事実、旅に出たばかりのジュールとラーズですら、二人がかりなら危なげなく怪物を倒せていたのだ。怪物も成長しているがそれを踏まえても、訓練を積んでいる兵士たちで倒せない相手と数ではない。


「けれど、私たちは現に負けて……」

「夜の奇襲が利いたのと、怪物との戦闘に不慣れだったからだ。コツさえ知っていれば、正面から戦って打ち負ける数ではない。相手の指揮官もそれを知っているから、短期決戦でしかけてきたのだろう」

「あれらにも弱点があるのですか!?」


 実際に戦った経験のあるリピュアが、軽く身を乗り出した。優れた剣術を操る彼女も、怪物には苦戦を強いられた。

 それを簡単に仕留められる方法があるなら、ぜひとも知りたいと思っていた。


「ああ、単純だが有効な戦い方がある。知能の低いヤツならだいたい効く。明日にでも兵士たちと一緒に教えよう」

「はい、ぜひとも!」


 リピュアが久しぶりに明るい表情を浮かべた。

 ボウエイは主人の復調を内心で喜びながらも、ジュールの案に疑問を呈する。


「しかし、ジュール様。希望の砦に行くのは『止めた方がいい』というのは、どういうことでしょう。兵士や住民の安全を考えれば、白港の奪還よりずっと良いように思います」

「もっともだな。だが、すまない。まだハッキリとは言えない。これは予感だ」

「つまりは……直感ね?」

「なるほど……男の勘?」

「まぁ、そういうことだ」


 今度は白港の四人が考え込む番だった。

 アネットとジゼルは、「貴女に任せるわ」とリピュアを見る。ボウエイも自分の意見はすでに述べたという顔で立っていた。

 判断を委ねられたリピュアは、最後に二つ確認することにした。


「希望の砦に行くと言ったら、ジュール様は軽蔑しますか?」

「いいや、決してそんなことはない。出来る限り手も貸そう」

「白港を奪還すると言ったら、ジュール様は……」

「勿論、先陣を切って戦おう。指揮官は、貴女だ」


 ジュールはにっと笑い、そう答えた。アネットとジゼルも、左右からリピュアを挟んで言った。


「貴女の好きにしたら?」

「貴女はどうしたいの?」


 リピュアは今にも泣きだしそうな、嬉しそうな笑みを浮かべる。けれど、戦う兵士たちの命、守るべき民たちの命を思えばこそ、軽々に決断することはできなかった。


「一晩だけ、考えさせてもらえないだろうか?」


 リピュアの言葉をみなが受け入れて、夜の会議はそこまでとなった。



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