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【連載版】勇者の剣の〈贋作〉をつかまされた男の話   作者: 書店ゾンビ
第五章 長い冬、怪物たちの季節
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怪物の腕を持つ男③

        ◇


 ジュールは手錠をかけられた状態で、街道を少し離れて胡坐を掻いていた。


 胡坐を掻いた足の上には、センチが座っている。


 二人は目の前を横切っていく避難民の列を眺めていた。その二人の隣には、リピュアと三名の兵士が立っている。二人の監視のためだろう。


「この行列、貴方たちはこの先の街の住人だったのか?」


 ジュールが、近くに立つリピュアに尋ねた。もしもそうなら、センチの両親だってこの中にいるかもしれないと、そう思ったからだ。

 リピュアは数秒、素直に答えていいか悩む。

 そして、伝えても問題ないと判断した。

 ジュールを信用したわけではなく、情報そのものに価値はないと判じたのだ。


「いや、私たちは丘向こうの、栄光の白港から来ている」

「怪物に襲われたのか?」

「頑強の青港と、この難局を共に乗り越えようというだけだ」

「もうないよ」


 センチが言った。

 リピュアが「どういう意味だ」とセンチを見る。


「もうないの、なんにもないの」

「この先の砦のある街だが、俺が行ったときには怪物に襲われた後だった。俺はあの街から唯一の生存者だったこの子を連れて来たんだ」

「そんな……まさか……」


 リピュアはついに膝を着いた。

 彼女は青港と合流し、父の援軍に向かうつもりでいた。

 それを支えに歩いてきた。

 その支えがなくなり、彼女の足は疲労の重みに耐えられなくなっていた。


 そこにさらに悪い報せが入る。


 避難民の列からボウエイが駆け込んできた。


「リピュア様、またしても避難民の列後方より怪物の群れです。その数、十」

「十、白港の方角から……」


 それほどのまとまった数なら、おそらく牛頭の怪物が放った追手だろう。

 リピュアたちが経ってから五日目。

 それより以前に追手を放つだけの余裕ができていたのだ。


(それはつまり、白港の攻略はとっくに終わって、ならお父様は――)


 リピュアの最後の望みが、完全に消え失せた。

 心の支えが折れた結果、彼女を待っていたのはたった一つの感情だった。


 彼女の身体に異変が生じる。


 耳殻が尖り、獣のごとき体毛が生えていく。まるでオオカミの耳だ。


「リピュア様ッ!?」

「おいこら、動くなッ!」


 兵士が叫んだが、ジュールは無視した。


「絶望することはない」


 ジュールはその右腕を熱く輝かせて、左手でリピュアを立ち上がらせた。

 周囲の兵士たちがその熱量に驚き、息を呑んで距離を取る。

 リピュアも呆気に取られた。

 男の右腕がいきなり燃え出せば、誰だって驚く。


 そして、驚いたことで一時、絶望を忘れていた。

 

 ジュールは何か気の利く言葉を伝えたいと思った。しかし、不器用な彼に女性を慰める上手い言葉なんて思い浮かばなかった。代わりにジュールは、ボウエイに向き直って尋ねる。


「怪物どもは今どこにいる?」

「列のこの先に十匹」

「その程度なら俺一人で足りる。案内してくれ」

「ひ、一人で足りるだとッ、ふ、ふざけるなよッ!」


 監視についていた兵士の一人が怒鳴った。その怪物一匹、二匹に仲間を大勢やられているのだ。昨夜も一人死んでいる。感情的になるのは無理もなかった。


 しかし、ジュールは「ふざけてなどいない」と淡々と答えた。


 右腕がさらなる熱量を放ち、こけおどしのない生真面目な眼差しを照らし出す。

 ジュールは手錠を軽く引きちぎり、驚愕する兵士たちの中でリピュアに頼んだ。


「剣を返してくれないか。あれでも、俺にとっては唯一の〈勇者の剣〉なんだ」


 リピュアは茫然としたまま、取り上げていた剣をジュールに渡す。


「ありがとう。センチを見ていてくれ」

「おじちゃん」

「ジュールだ」

「ジュール、怪物やっつけるの?」

「ああ、安心しろ、すぐに済む」


 ジュールはそれだけ言うと、避難民の列を遡って怪物の方へと向かう。


 避難民たちは、驚愕の思いで横を歩く炎の男を見送った。


 通り過ぎる男の熱量に目を細めて、その力強い笑みに胸の熱くなる思いがした。誰もが通り過ぎる男の背中を振り返った。


 揺るがず、動じず。


 真っ直ぐに怪物へと向かっていく。


 気づくと避難民たちの足は止まっていた。

 彼らは予感を抱いていた。

 だから、男の背中から目を離せなくなっていた。


 何かが始まる。

 

 何かが変わる。


 その瞬間を見逃すまいと、みなが注視した。


 ジュールが列の最後尾に着く。

 白港の兵士たちが、じりじりと後退しながら怪物たちを押し止めていた。

 兵士たちもジュールの燃える腕を見て瞠目する。


()()()()()()()()


 ジュールはそう言って、無造作に怪物に近づくと右拳を振り下ろした。

 全身針だらけの怪物は、その一撃で頭の針ごと脳天を割られて死んだ。怪物たちにも仲間の死に憤るだけの知性があるのか、同時に二匹がジュールに飛び掛かる。


 ジュールは左手の勇者の剣で、まとめて二匹とも貫いた。


 怪物たちを串の団子のように貫いたまま、剣の刀身を右手で掴む。


 高熱が剣を伝い、怪物たちは一息に燃え尽きた。


 ジュールは剣に着いた脂を焼き払い、「残りは七匹か」と呟く。


 案内をしていたボウエイが、思わず「貴方は何ものだ……?」と尋ねていた。

 ジュールはボウエイを振り返り、自分を見つめている避難民たちにも気が付いた。だから、彼は誰よりも大きく笑い、言った。




()()()()()()()()()()




 そしてその日、栄光の白港の住民たちは、希望の炎を見た。ジュールが灯し、ラーズが受け取り、そして、ジュールを再び焚きつけた、あの真っ赤な炎を。


 瞬く間に追手の怪物を倒し、不敵に笑う、ジュールという名の炎だ。


 冬はまだ長い。


 けれど、雪解けを予感させる炎がそこにあった。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんな自然にケモミミ娘を登場させるとは・・・ 恐ろしや・・・
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