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【連載版】勇者の剣の〈贋作〉をつかまされた男の話   作者: 書店ゾンビ
第五章 長い冬、怪物たちの季節
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怪物の腕を持つ男①

        ◇


 寒さと絶望の広がる大地を、一人さすらう男がいた。

 仲間を失い、絶望を味わった男――ジュールだ。

 彼は孤独に戦い続けていた。

 雪原を渡り歩き、昼と夜の区別なく暴れる怪物たちに剣一本で立ち向かった。

 仲間を失っても、ジュールは負けなかった。

 彼には黄金のオイルの剣術があり、そして、怪物化した右腕があった。何より、ラーズの残した言葉が、ジュールの胸の内で燃え続けていた。


「ドオオオオオッッッせえええああああッッッ!」


 ジュールが火炎を纏う右肩から突撃する。

 十数名の難民を襲っていた怪物が、骨をひしゃげながら転がった。その様子はさながら交通事故だ。ジュールは左手の剣で素早くトドメを刺した。


 怪物は雪に埋もれるように死んだ。


 ジュールは右腕の炎を消して、「大丈夫か。俺は勇者の――」と以前のように名乗ろうとして口をつぐむ。助けたはずの難民が、逃げるように走り去っていた。


 いや、「ように」ではなかったのだ。


 彼らは真実、ジュールから逃げていた。


 怪物化したジュールの右腕は、市井の人々からすれば怪物と同様に映った。何か違うと気づいたものもいないではなかったが、危険を冒してまでその違いを確かめようとするものは皆無だった。


 誰にとっても命は一つだ。


 失くすのは惜しい。


 一事が万事この調子だったので、ジュールがどれだけ人々を救い、怪物を倒しても、勇者の噂は途絶えたままだった。


「約束したはいいが、この調子だと名乗れもしないな……」


 ジュールは剣を納めて、左手でボリボリと頭を掻く。それと同時に右腕を軽く振り、人間に戻った死体をその場で火葬した。


「アイツがいれば、もう少しマシに弔ってやれたんだがな……」


 そう言って手を合わせると、ジュールは気落ちした様子もなく旅を再開した。


        ◇


 旅を続けるジュールは一つの街に来ていた。


 正確を期すなら「かつて街だった場所」だろう。


 現在の瓦礫と雪で覆われた街には、住人の姿はない。

 闊歩しているのは、十数匹の怪物たちだけだ。〈()()()()()〉と呼ばれた街の荒廃した姿だった。街を囲う砦に破壊の痕跡はなかったが、街の中心部から破壊の波が広がった痕が見て取れる。


(間に合わなかったか、それにしては犠牲者の数が少ないな……)


 ジュールは瓦礫の陰に座り、怪物の様子を探りながら思う。

 怪物たちの特性は、内側から組織を破壊することに向いている。人に紛れることができ、紛れてしまえば判別の方法はない。

 人々の猜疑心を煽り、団結を欠いたところで、組織の急所を狙って怪物化する。絶望するものがいれば、そのものたちも仲間に引き入れてさらなる絶望を撒き散らす。

 

 人々の繋がりを逆手に取った、怪物の手口だ。


 この街も内側から食い破られたのだろう。


 その割に犠牲者の姿があまり見えないのは、避難できたということか。


 ジュールがそんな風に考え込んでいると、瓦礫の方から子どもの泣き声が聞こえた。ジュールは生存者が残っていると思っていなかった。


(多勢に無勢、一度このまま街を出るか……)


 それくらいに考えていたが、その泣き声で事情が変わった。一瞬だけ罠の可能性も脳裏を過ぎったが、罠ならその上で踏み越えるまでだ。


 ジュールは怪物たちに見つかるのも構わず、瓦礫の陰を飛び出す。

 泣き声の方に走り、邪魔する怪物はことごとく捻じ伏せた。燃える右腕で殴り潰し、オイルの剣術で速やかに息の根を止める。


 結局、その街に残っていた十七匹の怪物全員と戦いながら、ジュールは自分自身の実力を見誤っていたことに気づいた。


 自分が振るうのは、万民を救う無双の剣だった。


 自分が纏うのは、最高の相棒に託された希望の炎だった。


 この程度の怪物ごときに遅れを取る理由など一つもなかった。


 ジュールはマグマのように真っ赤に輝く右手で、背後から飛び掛かってきた怪物の頭を掴んだ。トラ型の怪物は頭から炎上して黒焦げになる。それが最後の怪物だった。


 ジュールは右腕の炎を消し、剣を納めながら、突然ふらついた。


「んっ……?」


 頭に熱が籠ったのか、思考が上手くまとまらない。

 身体を支えるのも難しく、山になっている雪に顔から突っ込んだ。その雪に突っ込んだ状態で、ぼんやりと頭を冷やす。一分ほどで平常な思考が戻ってきた。


「ぐむっ、調子に乗って使いすぎると、こうなるわけか……」


 ジュールは顔を上げながら鼻先の雪を払った。

 起き上がってすぐ、子どもの泣き声のことを思い出し、瓦礫の撤去に取り掛かる。もともと人間離れした腕力をしていたが、右腕が怪物化したことで、その一線を完全に越えてしまっていた。


 ジュールは大きな瓦礫も軽々と持ち上げて、脇に退かしていく。


 瓦礫の下の空洞で、泣き声の主を見つけた。


 寒さのせいか、怪物たちのせいか、震えながら泣いている子どもだ。

 五、六歳くらいの、左頬に薄っすらと痣のある男の子。男の子のすぐ隣には異様に大きな馬の置物があった。その置物が瓦礫の間に小さな空間を作っていた。そのおかげで男の子は下敷きになるのを免れたらしい。


「どこか痛むか、少年?」


 ジュールが最後の瓦礫を右腕で持ち上げて尋ねる。

 男の子は眩しそう目を細めて泣き止んだ。

 のろのろと立ち上がると、ジュールの方に近づき、ふにゃっともたれかかる。

 ジュールは慌てて受け止めた。


「大丈夫か、やはりどこか」

「あったかい」


 男の子はジュールにぎゅっと抱き着いた。

 ジュールは男の子の反応に虚を突かれて、その後すぐに「もう大丈夫だ、怪物も寒いのも」と笑いかける。瓦礫を投げ飛ばして男の子を抱き返した。

 男の子は右腕に残る温もりに頬を上気させて、ぼんやりと空を見ながら言った。


「でも、ちょっと臭い?」

「うぐっ、あまり風呂に入れていないからな」

「ぐぎゅうううう~」

「腹は減っているな?」

「うん」

「少し待ってくれ。何か食べられるものを探してこよう」

「怪物たちは?」

「全部倒した」


 ジュールがそう答えると、男の子は信じられないものを見るように目を丸めた。


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