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勇者の噂②

        ◇


「ジュールさんにラーズさん、このところ強さに磨きがかかっていますね!」


 村から村への移動の途中のことだった。

 日も陰り、全員で野営の準備をしていると、薪に火を点けていたハッカがそう言う。

 寝床の準備をしていたジュールとラーズは、「そうか?」と首を傾げた。お互いの顔を見合い、考え込む。心当たりがない、とは言えない。


 どちらにとっても、無自覚でいられる成長の範囲をとうに超えていた。


 先に答えを出したのは、ラーズの方だった。


「俺はともかく、ジュールは単純に技量が上がったからやろう。ちょいちょい俺が教えてたんもまぁ、効果なかったとは言わんけど、何より窪地の黄村での戦闘、あそこを越えられたんはでかい。正直、今のこいつの剣となら、誰が相手でも負ける気せぇへんわ」

「…………」

「…………」

「なんやねん。何を黙っとんねんお前ら」

「いや、ラーズが素直に俺を褒めるから……」

「はい、ちょっと調子が崩れるというか……」

「お前らは人をなんやと思っとんのや……」


 ラーズは流石にちょっと心外そうな顔をする。

 ジュールは「すまん、すまん」と詫びを入れつつ、話を戻した。


「それじゃあ、ラーズはアレだな。ああ、その……とりあえず、髪が伸びたな」

「褒めるところ見つからんのなら、無理に言うなや」

「ラーズさんの変化は、左手の影響があるのかも知れませんね」


 夕餉の支度をしていたドグが、鍋を火に掛けながら三人の会話に加わった。

 指摘されて、ラーズは怪物化している左手を見た。一度怪物化して以来、症状が進行することはなかったけれど、同じように回復することもなかった。


 昼も夜もなく、怪物化した左手。

 思えばその症状は、黄金のオイルと同じだ。


 ドグはシチューを掻き混ぜながら、「これは憶測ですが」と続けた。


「私たちの追っているペテンの魔王は、他者を騙した後、絶望させることではじめて人間を怪物に変えてしまう。少なくとも、私たちはそう仮定してきました。

 けれど、本当は絶望する前の――騙された時点で、すでに身体は変わっているのかも知れません。だってそうでしょう。騙されたときにはもう、怪物になる準備は終わっていて、いつでも怪物になれる状態なわけですから」

「それはつまり、どういうことだ」

「つまりやな。このところの俺が怪物じみて強いんは、身体の方がマジもんで怪物に近づいているからやないかと……そういうことやろ、先生?」


 ラーズが直截に要約してみせると、ドグは一瞬表情を強張らせた。

 そして、その表情をなかったことにするよう、努めて柔和な笑みを浮かべる。


「その通りです。まっ、あくまで憶測ですよ。憶測。実際に解剖して調べたわけではないですし、いや、解剖させて頂けるなら、こちらとしてはありがたいんですが……」

「この先生、たまに目つきが怖いんは、そういうわけかいな……」


 ラーズはそそくさとジュールの背中に隠れた。

 ハッカが笑い、ドグも「冗談ですよ」と笑っていた。そして、ジュールが一際大きな声で笑うと、ラーズも一緒になって笑い飛ばした。


 ただ、アウロラだけは、軍医の隠した一瞬の強張りを見逃していなかった。


 アウロラは会話の輪に加わらず、黙々と野営の準備を進める。

 それでも、彼女は信じていたかった。アウロラは、即席ではあったが、この旅の仲間たちを気に入っていた。ジュールの浮かべる笑顔も。


 だから、信じたいと願った。


 そう願うこと自体が、彼女の中にある疑念の裏返しではあったけれど。


        ◇


 ジュールたちの勇者一行は、その後も怪物の噂を頼りに村々を巡った。

 そうしているうちに、奇妙な状況に出くわした。


「俺は勇者のジュールだ。怪物が現れたという村はここか」


 ジュールがいつもの名乗りを上げると、村人たちはポカンとした。次いで胡乱な目をしたかと思うと、最後には彼らを遠巻きに避けていく。久しくなかった反応だ。

 アウロラやドグ、ハッカの三人は面食らっていた。

 ジュールとラーズにとっては、ある意味で懐かしい光景だ。

 ジュールとラーズは頭を切り替えると、一番近くにいた村人に声をかける。


「申し訳ない、怪物が出たという村はこちらか?」

「はい、ですがもう退治されていきましたよ、勇者一行様が」

「勇者一行が、やて?」

「はい、そう言いましたが?」


 ジュールとラーズは、顔を見合わせた。

 当然ながら、ジュールたちは一度もこの村に来たことはなかった。

 ラーズは「ちょいとすいません」と村人に尋ねる。


「その勇者一行っていうのは、その、ホンマのホンマに?」

「はぁ? ええ、それは立派な〈勇者の剣〉を持っていらっしゃいましたから」


 それを聞いて、ジュールとラーズは「ほう」と面白がるように笑った。

 その一方で、残りの三人はより困惑した表情を浮かべている。

 ジュールとラーズに声をかけられた村人は、〈勇者一行〉を名乗る怪しげな集団を値踏みするように見回してから、完全に詐欺師に対する態度で言った。


「――で、アンタたち、なんて言いましたっけ?」


        ◇


 ジュールたちはその村に留まるのをやめて、少しだけ情報収集を行ってからすぐに次の村を目指した。

 怪物がすでに退治されているのだから、長居する必要はない……というのもあるが、もっと単純に、詐欺師扱いされるので居心地が悪かったのだ。

 移動の途中、ハッカがみなの疑問を代弁した。


「僕たち以外の〈勇者一行〉、一体何ものなんでしょう?」

「話に聞く限り、あちらも〈勇者の剣〉を持っているとのことでしたが、ジュールさんは何かご存じないですか? 同じく〈勇者の剣〉の所有者として」


 ドグに話を振られて、ジュールは剣の柄に手を触れて考え込む。

 しかし、心当たりがあるはずもない。

 旅に出るまでは一介の猟師に過ぎなかった男だ。


「いや、知らないな。俺はこの一振りしか、勇者の剣というのを見たことがない」

「そらまっ、あんまりゴロゴロしとったら、ありがたみもクソもないやろうしな」

「じゃあ、あっちの剣が偽物なんですよね?」


 ハッカが念を押すように問いかける。

 ジュールは顎に軽く手を当てながら答えた。


「どうだろうな。まぁしかし、心強いことだ」

「こ、心強い……ですか?」

「俺たち以外にも『我こそは勇者だ』と立ち上がっている人間がいたんだ。つまり、怪物と戦っている仲間が、どこかにいるってことだろう。それは頼もしい事実だ」


 ジュールはまだ見ぬ仲間を思って、純粋に嬉しそうだった。

 目の前に揃っている今の仲間を見渡し、感慨深そうに両目を細めて言う。


「仲間ってのは、俺にとって勇者の剣以上に頼もしいものだ。それがまた増えるかもしれないんだ。会える日を楽しみに待つさ」


 ラーズも「せやな」と笑って同意した。

 けれど、ハッカは「勇者の偽物かも知れないんですよ?」とイマイチ納得のいっていない顔をしている。

 アウロラとドグは、それぞれで考え込んでいた。


 しかし、とりあえずは一旦、この話はここまでとなった。


 その後もジュールたちは変わらず旅を続けた。怪物の噂を追い、内海側の村々を巡っては怪物と戦う。以前とあまり変わりのない日々に思えた。

 変わったことといえば、内海に近づくほど、訪れた村で怪物を倒す回数より、すでに倒された怪物の話を聞く回数が増えていったくらいだ。


「もう一組の勇者一行は、随分と優秀らしい」


 ジュールとラーズはそんな風に笑い合った。

 けれど、ハッカは面白くなさそうにしている。


「ジュールさんの偽物かもしれないのに……」


 なんて呟いて不満そうだ。自分の信じるジュール以外の勇者に、反発心を抱いているようだった。「ジュールさんの手柄や評判を横取りしているんだ」とも主張している。

 アウロラとドグはこれについて発言を避けていた。

 表情からでは、どう思っているのかわからない。

 けれど、改めて言及しない様子には、何かしらの意思を感じさせた。


 それでも、五人の旅は続く。


 深まった秋も終わり、紅葉に彩られていた木々が淋しい姿を晒すようになった。訪れる村々の住民も、野山に暮らす動物たちも、冬の装いに変わっていく。


 そして、季節の移ろいに合わせたかのように。


 ジュールたちは彼らに出会った。


 もう一つの勇者一行に――。


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