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勇者の噂①

        ◇


 ジュールとラーズが、隣り合うベッドの上で馬鹿話を繰り広げていたころ。


「あの二人のこと、どう思いますか?」


 ドグにそう訊かれて、折れた片腕を吊っているアウロラは、その意味を測りかねた。

 アウロラたちは今、療養中のジュールたちがいる宿を離れて、買い出しに向かっていた。

 この会話は、その道すがらのことだった。

 アウロラは、市場のざわめきの中で軽く首を傾げる。


「ジュールさんとラーズさんのことでしたら、仲が良さそうだとは思いますが」

「いや、先日のあの強さ。いささか異常ではありませんでしたか……?」


 ドグがそう言い、アウロラも〈怪物オイル〉との戦いを思い出す。

 あのときのジュールは、確かに素人と呼ぶには強すぎた。


 オイルの技術を見て、その場で体得する。


 相手の技を自分のものとして使い熟す。


 言葉にすれば簡単だが、達人が長い年月をかけて築いた技術を、一朝一夕どころか、あの場の一瞬で体得してしまうなんてことが、本当に可能なのだろうか。「もともと出来たことを隠していた」と思った方が、遥かに現実的で理解しやすい。

 何より今回の敵。

 すべての元凶と仮定されている存在――ペテンの魔王なんてものがいるんだとしたら、それは外見を使い分けて人々を騙して回す、超常の怪物だ。

 

 自分たちもいつ、どこで騙されるかわからない。


 ドグはあの二人の強さ、そして、あの悪夢のような光景の中でも笑えてしまう精神性に一種の惧れを抱いたらしい。ドグもまた測りかねていた。あの不敵な笑みの意味を。

 

 豪胆と呼ぶべきか。


 狂気と呼ぶべきか。


 アウロラは、自分の少し先を歩くドグの背中に問い返す。


「彼ら二人を疑っていらっしゃるのですか、ペテンの魔王に組みするものだと?」

「いえ……ただ、用心に越したことはないでしょう。少なくとも、私や貴女のように素性がハッキリしている相手ではないのですから。この怪物事件はあまりに非常事態です。最低限の警戒だけは、怠らないようにしましょう」


 ドグにも確信がなかったからか、それ以上のことは言わなかった。

 そして、その買い出しから帰った後は、そんな会話なんてなかったかのように、ドグはいつもの紳士的な態度で、ジュールたちに接していた。

 けれど、アウロラの胸には「彼の囁いた疑念」が、消えないシコリとして残った。


        ◇


 秋も中盤に差し掛かったころ、ジュールたちは旅を再開した。


「俺は勇者のジュールだ。怪物が現れたという村はここか」


 新しく訪れた村で、ジュールがいつもの名乗りを上げる。

 すると、村人たちの歓声に出迎えられた。

 ジュールとラーズ、ハッカは今までとやや違った反応に面食らった。最近はいきなり不審者扱いされる回数こそ減っていたが、ここまで歓待されたこともなかったのだ。

 村人たちに宿まで案内されつつ、ハッカは誇らしげに笑い、ジュールに向かって言う。


「ジュールさんの活躍が、ようやく認知されてきたってことでしょうか!」

「どうだろうな。まぁ、昔はいきなり槍を構えられたもんだが……」


 ジュールがぼやくと、アウロラとドグが「それは酷い」と言った。

 隣を歩いている槍を構えた張本人も、素知らぬ顔で「酷いやつがおったもんや!」と調子を合わせた。ジュールが「この三叉槍だった気がするな」と二秒でばらしたので、仲間たちからの非難が殺到した。

 ラーズは下手くそな口笛で非難を受け流しながら、軽い調子でジュールに返す。


「いっそのこと、あのダセェ名乗りは変えるべきとちゃうか?」

「何がどう『いっそのこと』なんだ」

「誤魔化すにしても、他にもっと言いようがあると思います」

「ちっ、馬鹿のジュールだけならまだしも、こまっしゃくれ一号まで敵に回りよったか」

「ちょっと誰です、こまっしゃくれ一号?」

「俺が〈馬鹿〉のジュールで、ハッカが〈こまっしゃくれ一号〉なら、お前はなんだ?」

「はっ、そらまぁ、〈槍の大僧正〉とかやろ」

「ハゲのラーズさんがなんか言ってますね」

「そうだな、生臭坊主のラーズがなんか言ってるな」

「生臭坊主はまだしもハゲとはなんや、ハゲとは。よう見ぃや、このロングスタイル。キューティクル全開やろが」

「そのロングスタイル、需要があるんですか?」

「一方的に供給されても持て余すだけだぞ」

「この節穴どもめ、アホ抜かせや。村々の娘さんがイチコロやぞ。ほれ見てみぃ、あの茶屋の娘さん、俺のめちゃイケ・ロングスタイルに、思わず照れて顔伏せとるがな」

「爆笑するのを堪えているように見えるが」

「なびく要素のない髪を無理になびかせようとしないでください、哀れです」

「哀れてそこまで言うのキミッ!?」


 ジュールとラーズ、ハッカの三人が、息の合った様子で馬鹿を言い合った。

 それに釣られて、村人のたちも自然と明るい表情を浮かる。


 勇者一行は、宿に着くと荷物を下ろし、ペテンの魔王について聞き込みを始めた。


 ドグは医者としての知識も活かし、怪物の特徴や兆しとなるような変化がないか、調査も兼ねて村人の健康診断を行った。けれど、異変を見つけることは叶わなかった。一流の医学を知るドグにすら、怪物の事前判別は不可能だった。


 そして、日没が訪れた。


 虫の音が涼やかで、星の綺麗な秋晴れの夜だった。


 村にはやはり怪物が現れた。以前のものに比べて遥かに強力になりつつある怪物だ。


 けれど、勇者一行は――否、ジュールとラーズは、これを容易く倒した。


 アウロラやハッカが出る幕もない。

 

 オイルの剣術を受け継いだジュールと、ジュールの練度が上がったことにより攻撃の選択肢が増えたラーズ。この二人の連携は、もはや怪物の一匹や二匹で止められる次元ではなくなっていた。

 ジュールは剣士として別格の境地を進みつつあり、ラーズも本来の多芸さを遺憾なく発揮し始めている。


 その結果は圧倒的だ。


「なんて、すごい……」


 正規の訓練を受けているアウロラも、思わず身震いするほどの強さ。そして、それは一介の軍医の目にはもっと異様に――恐ろしいものに映ったはずだった。


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