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悔恨の老剣士⑤

        ◇


 拮抗する二人の剣士がいた。


 かつて無双の剣で知られた男。

 怪物の身体を得て、その全盛期にも届かんとする異形の剣士〈怪物オイル〉。


 素人剣術家でしかなかったはずの男。

 優れた観察眼を持ち、仲間の信頼を決して裏切らない勇者〈ジュール〉。



「ドオオオオおおおおッッッ!」



 ジュールの剣が怪物オイルの左腕を捌き、突き返した切っ先が怪物の頬に切り傷を生んだ。

 怪物オイルも負けじと左腕を閃かせる。

 ジュールの右脇に浅い刀傷。けれど、それはジュールが薄皮一枚で躱した結果だ。

 怪物オイルが苛立たしそうに歯を剥く。

 必殺の一撃が、骨肉まで届かない。

 最小限の動きで躱されている。

 怪物オイルにとって、それはまるで自分自身との戦いだった。


 二つの影法師が、紫に暮れる村の中を縦横無尽に駆ける。


 怪物オイルは混乱していた。


 先ほどは確かに「五点」程度の男であった。

 それが今、自分の全力と真っ向切って殺り合っている。自分の持つ技術を驚異的なスピードで吸い上げられていく。


 怪物オイルは信じがたいものを見ていた。


 自分の剣術が、こうも華麗に奪われるとは。



「我がガガガがッ、剣はわわわわああああ――ッ!」



 怪物オイルが、鬼気迫った咆哮を上げる。

 その大声は村全体を揺らすかのようで、村にいたカラスたちが一斉に飛び立った。紫がかった夕空を埋めるカラスたちの下、怪物の身体はさらに異形へと変じていく。


 日没が近づき、両目が完全に複眼となった。


 人間じみた右半身の身体も、どんどんと昆虫じみた硬度を帯びていく。それにつれて骨格もカマキリじみた形に変貌し、身体能力はさらに強化されていった。


 そして、二人の剣士――その拮抗が崩れた。


 ジュールの勇者の剣が、怪物オイルの左腕を斬り落とし、首筋に深い一撃を入れた。

 怪物オイルは、首から血を噴きながら立ち尽くす。



 勝負ありだった。



 ジュールは呼吸を整えながら、勇者の剣を下ろして寂しげに言った。


「貴方は、怪物にならない方が強かった」


 考えれば、当たり前のことだった。

 オイルの剣術は、人間の身体で振るうことに最適化されている。

 人のために鍛え上げられた、人の身で使うための剣術だ。その剣技は、人ならざる怪物になったとき、逆に技の冴えをなくしてしまっていた。


「我が剣は……万民を救うための剣……そのはず、だったのにな……」


 怪物オイルが言った。けれど、彼はもはや怪物ではなかった。

 死が迫り、怪物の身体が剥がれ落ちていく。

 悔恨の老剣士オイルは、噴き上がる血を右手で押さえながら前を見た。


 そこには絶望に染まった彼にとって、望外の喜びが立っていた。


 誤ったものに継承させてしまった自らの剣術――それを新たに受け継いだ男。


 かつての最強の矜持か、死にかけの身体でオイルは問うた。


「我が最後の弟子よ……名を……なんと言う……?」

「勇者のジュールだ」

「不敵に笑うもの、勇ましきジュールよ。我が一番の弟子を……止めてくれ……あ、あやつこそが……あのものこそが、この災禍の元凶……あやつの名は――」


 黄金のオイルは、絞り出すように喉を震わせる。

 しかし、湧き出る血に遮られて、それは言葉にならなかった。

 ごぼごぼと血だけが吐き出される。

 けれど、ジュールの耳だけは、彼の最期の言葉を不鮮明ながらも受け止めていた。


「相承った。それが貴方の絶望であったなら、俺が倒そう」

「――――……」


 オイルの目から生気が失われる。

 そのまま、崩れるように倒れ伏した。無双の剣士は死んだ。

 けれど、その死に顔はいくぶんか晴れやかだった。山と積もる悔恨の中、たった一つの希望を胸にこの世を去ったのだろう。

 夏の終わり、虫たちのざわめきが宵入りの村に響いていた。


        ◇


 戦いの後、ジュールたちの勇者一行は、近くの町に引き上げた。


 難敵を倒したものの、彼らの負った傷も深かった。


 ジュールは最初の鉤突きで肋骨を折られていたし、ラーズは全身ボロボロで、アウロラも右腕を骨折している。小さな傷は数え切れず、すぐに動けるような状態ではなかった。


 戦いの傷を癒すため、彼らはしばらく町での休息を余儀なくされていた。


 ラーズは全身包帯だらけでベッドに横になりながら、隣のベッドで鼻歌を歌っている同じくあちこち包帯だらけのジュールに向かって言う。


「そういや、お前は肋骨逝っとったのに、あの無茶苦茶な動きやっとたんかい?」

「ドグに痛み止めの薬をもらっていた。効き目が出るまで時間が必要だったから、助けに出るのが遅れたんだ。というか、全身包帯男のお前に言われる筋合いはない。傷の程度ならお前の方が重かったろう」


 二人が話していると、付き切りで看護しているハッカが、ひょいと顔を出した。


「ジュールさん、すごかったですよね! まるで達人のようでした!」

「ハッカ、俺の頑張りもちったぁ褒めてぇな。半分くらいは俺の功績やろ」

「あっ、ラーズさんもすごかったですよ」

「そんな取ってつけたような……」

「だって、ジュールさんが一番ですから! 流石は()()()()()()()()()()です!」

「あははははははっ!」

「ちっ、馬鹿でけぇ声で笑うなジュール、俺の傷に響くやろイテェッ!」

「自滅してるじゃないか……」


 そんな風に彼らが身体を癒している間にも、秋は深まっていった。

 そしてなぜか、彼らが休んでいる間にも、勇者一行の活躍は止むことなく囁かれ続けていた。


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