表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/91

悔恨の老剣士③

        ◇


 ジュールたちが窪地の黄村に着いとき、空は夕焼けで血のように赤く染まっていた。人気の絶えた村には、夏の終わりを告げる虫の「つくつく」という鳴き声と、カラスたちの喚き声が響いている。


 どこにでもある、閑散とした農村の風景だった。


 つい先日まで確かに人の暮らしていた形跡があり、けれど、今はまったく人の気配の絶えてしまった村というのは、想像以上に薄気味悪かった。


 その光景は、人間の世界が終わってしまった直後のようだ。


 ペテンの魔王を倒せず、怪物が増え続けた末の世界――それをまざまざと見せつけられたかのようで、ジュールは言葉一つ漏らさずに剣の柄を握り締めた。


「こっから先は気ぃ抜くなや……」


 ラーズはそう言って、すでに三叉槍を構えている。

 ジュールとラーズが先導し、ハッカとドグを挟んで最後尾にアウロラがついた。

 その陣形で村の奥まで進んでいく。

 奥に進むほど、血の臭いは濃くなり、飛び交うカラスの数が増えていった。ハッカはすでに顔色が悪くなっている。血の臭いだけがあり、死体は見当たらないことが逆に不気味だった。


 そして、村の最奥――オイルの道場だったという大きな屋敷の前に着く。


 その家の前にそれらはあった。


 それらは最初、大量のカラスに覆われて姿が隠れていた。ジュールたちが近づき、カラスたちが飛び立ったことで、初めて何かわかった。


 ジュールは「まるで生け花のようだ」と思った。


 ただし、この世で最悪の。




 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ハッカが過呼吸を起こしかけ、ドグがすぐに少年の目を覆う。ラーズはその悪趣味極まるオブジェに盛大に舌打ちをし、アウロラは矢を番えた。その悪趣味なオブジェの向こう側に、誰かが立っていたからだ。


 ひとりの、年老いた男だった。


 男の右半身だけが、オブジェの陰から覗いている。

 その一部だけを見れば、怪物化していない、年齢にしては逞しいだけのように見えた。

 けれど、その目は瞬きを忘れたように見開かれ、その口は「くちゃくちゃ」と何かを食んでいる。


 嫌な予感だけしていた。


 ジュールとラーズも、自分の得物を構える。


 その謎の男は、右手の親指で口許を拭った。


 親指の触れたところに血の跡が走る。

 

 その男が一歩、オブジェの陰から進み出た。

 

 男の左半身は、日没を待たずに怪物と化していた。


 カマキリのような複眼と大きな顎を持ち、左腕は刀剣そのものになっていた。


 ジュールは自分の思い違いを悟った。


 あれは生け花ではなかった。


 活けていたのではなかった。


 ()()()()()()()()()――腕のいい料理人が、皿の上をそうするように。


 カマキリの怪物。


 それが、最強の剣士〈黄金のオイル〉の成れの果てだった。



「ドオオオオオッッッせえええああああッッッ!」



 ジュールは雄叫びを上げて踏み込んだ。

 怒りを爆発させた、渾身の一振りを放つ。

 単純ゆえに強力無比だ。


 ジュールの膂力と思い切りの良さから生まれる一撃は、下手な防御なら力尽くでぶち破れる。


 しかし、怪物オイルはわずかに腰を捻り、左腕を軽く持ち上げた――それだけの動作で容易くジュールの剣を弾く。そして、怪物オイルは、大振りの後の隙を見逃さない。


 怪物の右鉤突きが、ジュールの脇腹に抉り込む。


 ジュールは派手に吹き飛んで民家の壁を突き破った。それを見ていたラーズが目を剥いた。たった一合の攻防だったが、それは明白だった。


「この怪物ッ、剣術を使いよったぞ!」

「いい今のやや奴は……ごごごごお五点ややややろう……百点満点でででだだが」


 ラーズはさらに驚愕した。

 怪物化しているはずのオイルが、言葉を口にしたからだ。ラーズは槍を構えながら、怪物の瞳を食い入るように睨む。そこに宿る意思を読み取ろうとして。


「アンタ、オイルさんなんか……?」


 ラーズは試しに訊いてみた。

 半分だけ怪物化している顔が、カマキリのように直角に傾いた。


「ささささぁ、お前は……ななななな何点だ?」


 それだけ答えて、怪物オイルが襲い掛かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃ面白いです 良い作品をありがとう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ