悔恨の老剣士②
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その昔、オイルという名の用心棒がいた。
彼がどこの生まれで、誰に剣を教わったのか、知るものはいなかった。自分のことを語ろうとしない、とても寡黙な男だったからだ。
けれど、彼が強いということは、行商人や旅人たちの間で瞬く間に広まった。
理由はいたって単純だった。
オイルが、本当にすば抜けて強かったからだ。
剣一本で野党の一味を壊滅させて、家畜を狙うオオカミの群れをなぎ払った。奴隷商人の雇った用心棒を片っ端から斬り伏せて、攫われた女子供を助け出した。その腕を知り、あえて挑んでくるような武芸者もいたが、これもことごとく退けた。
オイルの剣は、無双の剣だった。
その腕を買いたがる領主や資産家は後を絶たなかった。その腕についた値段に由来して、いつしか〈黄金のオイル〉などと呼ばれるようにもなった。
しかし、オイルはそれらすべての申し出を固辞した。そして、固辞するそのときだけ、いつも仏頂面なオイルが、ほんの少しだけ誇らしげに笑うのだった。
「我が剣は、万民がための剣ゆえに」
オイルは常に弱い誰かのために剣を振るった。助けを求めるものに手を貸し、強い立場から押し付けられる理不尽に、否を突き返し続けた。
けれど、無双の剣も、忍び寄る〈老い〉だけは退けられなかった。
年老いたオイルは、自らの剣術の後継者を探していた。〈六剣学園〉で師範の仕事を引き受けたのもそのためだ。そしてある日、彼は自らの剣術のすべてを継承するに足る、聡明な少年に出会った。
オイルはその少年を弟子に取り、窪地の黄村で鍛え上げた。
少年は青年になり、オイルの剣術のすべてを確かに引き継いだ。その青年は、オイルの教えを実践するため、彼のもとを去った。「万民がための剣ゆえに」だ。
オイルは思い残すこともなくなり、平穏な余生を送り始めた。
そして、長い月日が過ぎた。
世間を騒がす怪物の噂が、窪地の黄村にも聞こえ始めた。
オイルは自慢の弟子に「怪物退治をするように」と手紙を出した。そして、オイルのもとに弟子からの返事が届いたとき、彼は深く絶望することになった。




