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悔恨の老剣士①

        ◇


 ドグとアウロラに出会ってから数日。


 ジュールたち〈勇者一行〉はその交易の町に逗留し続けていた。ハッカの体調が治るのを待ちながら、旅の道具や食料などを揃え直すためだ。


 到着早々怪物を倒したジュールたちは、町の人から歓待されている。


 頼めば、日雇いの仕事くらいは振ってもらえた。そうして仕事や買い物、情報集めに精を出すかたわら、暇な時間を見つけては、ジュールとラーズは剣の稽古をしていた。


「ちゃうねんお前。それだと返しで遅れんねん」

「それだとって、どれだ?」

「それやそこ、今んとこ、あああ、もうちょい前の動作」


 宿屋の裏手にある川沿いの空き地で、ジュールとラーズは木剣を振り合っていた。武芸に広く精通しているラーズは、剣術に関しても知識があった。

 しかし、ラーズが口で指導しても、ジュールは首を捻るばかりだ。


「う~ん。口で言ってもダメやな。お前は目がいいから見て覚えるか?」

「その方がいい気がしてきた」

「そんならちょいと打ち込むから、お前は受けをやれや。軽く当てる感じでええから」

「おう、骨が折れない程度で頼む」

「ちゃんと木剣で受けろ、何を素手で受ける気満々になっとんねん」

「おう……」


 晩夏の日差しのもと、二人は黙々と木剣を重ね合う。はたから見ると、手加減などないように見える激しい打ち合いだ。けれど、二人の表情には余裕があり、驚異的な反応を平然と繰り返している。

 アウロラとドグが、彼ら二人の稽古を宿屋の窓から覗き見ていた。

 荒事に関しては門外漢なドグが、隣に立つアウロラに尋ねる。


「素人目にもすごいと思うのですが、貴女の目にはどう映りますか?」

「いえ、私から見ても『常軌を逸している』と思います」


 アウロラは、二人の太刀筋に目を細めながら分析している。


「そもそもの身体能力が、どちらも人間離れしています。反応が早く、力強い。ラーズさんはかなりの使い手でもあります。技術的にも、リピュア様に引けを取らないほどです」

「ラーズさんは左手が怪物化していますし、身体能力については影響があるのかもしれませんね。彼らの語る〈ペテンの魔王〉なる存在がいればの話ですが……」

「彼らは本当に〈勇者の剣〉に選ばれた勇者なのでしょうか?」

「ことの真偽は不明ですが、現状は私たちよりはこの事件に詳しく、かつ場数を踏んでいるのも確かでしょう。彼らについて行くのが調査の早道だと、私は考えています。貴女はどう思いますか?」

「さ、さぁ、難しいことは、よくわかりません……」


 アウロラは、不器用に剣を振り回す自称勇者の男を見る。

 懸命に剣を振る今の彼は、何かを騙り、人を陥れるような人物には思えない。


 しかし、あの夜は違った。


 怪物と対面し、寡黙に追い詰めていた彼には、底知れない恐怖を覚えた。

 不器用で真っ直ぐな彼と、寡黙で冷酷な殺意を纏った彼。

 アウロラには、どちらが彼の本性なのかわからなかった。それも当然だ。判断できるほどの付き合いが、彼らとの間にない。出会って数日の関係だ。

 それでも、アウロラはあの夜の、ジュールの笑い声を思い出す。


「でも、悪い人ではないと、私は信じたいです……」


 アウロラはそれだけ言って顔を伏せた。

 ドグは初々しい反応を見せる連れに目を丸くする。「堅物の彼女が、こういう顔もできたのか」と驚いていた。そして、「私もそうあることを願っています」と好々爺のように微笑んだ。

 

 勇者一行に怪物退治の依頼が舞い込んだのは、そんなときだった。



「はぁ、はぁ……勇者一行様が、ここに泊まっておられると、ごほごほっ」



 全身汗みずくの男が、そう言って宿屋に押しかけて来たのだ。

 宿屋に残っていたハッカが、その男性の切羽詰まった顔を見て、すぐに裏手のジュールたちを呼びに行った。


 ジュールとラーズ、それに騒ぎを聞きつけたアウロラとドグが、宿屋の受付に集まる。


 押しかけた男性は、集まったメンバーを見まわして「お願いします」と腰を折った。折られた腰は直角を通り越して、自分の膝に頭をぶつけそうになるほどだった。


「私どもを、助けて下さい!」

「何があった?」

「怪物が、現れて……村を占拠して……」

「怪物が村を占拠やて。夜にしか動けんくせにか?」

「夜にしか? いえ、あれは夜も昼も関係なく私どもをッ、ごほごほっ!」

「一度落ち着いてから話を聞こう、とりあずは俺たちの客室だな」


 ジュールはそう言って、その壮年の男性を自分たちの客室に案内した。


        ◇


「昼も夜もなく怪物化しとる怪物、ちゅうことか?」

「はい、そうです。あれが現れて、私どもは村にいられなくなり……」


 ジュールたちと、アウロラ、ドグは、壮年の男性から彼の村に現れたという新種の怪物の話を聞き出していた。椅子の数が足りないので、男性にはベッドに座ってもらい、ジュールたちは彼の対面に並んで立っている。


 ジュールは途方に暮れている男性に「途方に暮れることはない」と請け合った。


「俺は勇者のジュールだ。怪物は必ず倒す」

「あっ、ありがとうございます!」

「んで、おっさんはどこから来とんのや?」

「ご存じないかもしれませんが、〈窪地の黄村〉といいます」

「窪地のき……なんやて、だったらなんで俺らに頼まなあかんねん?」


 ラーズがその地名を聞いて訝しがった。

 ジュールは「何か知っているのか?」と振り返って尋ねる。


「窪地の黄村っていうたら、あの人がおるところや、()()()()()()

「黄金のオイル、ラーズの知り合いか?」

「いや、面識はあらへんけど、名前はよう知っとる。剣の達人でな、剣術齧ってれば、嫌でも聞く名前なんや。俺の槍の師匠が『今生きとる武芸者の中じゃ一番強い』いうて太鼓判押しとった相手やし。もう結構なお歳やろうけど、そんでもあの人おったら、俺らの出番なんざあらへんと思うで」

「私も知っています。一時期は〈六剣学園〉でも指導していた、高名な剣術師範です」

「流石に軍人さんはよう知っとるで」

「ふむ。そんな御仁がいるのか」


 ジュールが頷いていると、その壮年の男性は目を泳がせた。

 ラーズが気づいて言う。


「なぁ、オイルさんに何かあったんやろ?」

「えっ、いや、その……」

「安心せぇ、何があってもこの馬鹿はビビったりせぇへんし、『必ず倒す』いうたらきっちり倒す。だからアンタは、ホンマのことだけ教えてくれ。何があった?」


 ラーズがジュールの肩をバシバシ叩きながら言う。

 その壮年の男性は観念した様子で答えた。


「そのオイルさんが……あの高潔な老剣士が……怪物になってしまったのです」


        ◇


「向かわれるのですか、窪地の黄村に?」


 男性の話を聞き終わった後、旅支度を進めるジュールにアウロラが尋ねた。

 ラーズもハッカもそれぞれの準備のために席を外している。


 その場にいるのはジュールとアウロラだけだ。


 ジュールは荷造りを進めながら、「ああ」と背中越しに答えた。


「ハッカも本調子に戻ったようだし、村を追い出された人々のためにも急がなければならない。今の時期、畑の準備が出来なければ、次の収穫にも差し障る。ハッカのことは本当に世話になった。先生にもよろしく伝えて欲しい」

「勝てますか、当代最強と謳われた人物に」

「本人ではない、怪物になってしまったものだ」

「はい、それで勝てますか?」

「やってみなければわからない。だが、俺は〈勇者の剣〉に選ばれた男だ。素人剣術でやれることを、とにかくやってみるまでだ」

「今まで通り、というわけですね」

「ああ、俺は器用ではないからな」


 ジュールはそう言って振り返ると、不敵に笑ってみせる。

 アウロラは「わかりました」と頷いた。

 その彼女の声は、控えめな声ながらも凛としている。彼女の立ち姿は、真っ直ぐに背筋が伸び、背中に両腕を回して、「これぞ騎士」と思わされる美しいものだった。

 先日の落ち込んでいた彼女が、まるで嘘のようだ。

 彼女は努めて抑制された表情で、けれど、どこか明るい声音で言う。


「それでは、私たちも同行しましょう。貴方のやれることが、少しでも増えるように」

「ははっ、それは心強い!」


 ジュールは喜んで彼女たちを仲間に迎え入れた。


 そして、その翌日。


 新たに〈弓使い〉と〈軍医〉の加わった勇者一行は、昼夜を問わないという新種の怪物を倒すため、窪地の黄村を目指して宿屋を発った。


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