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火薬師の少年⑥

        ◇


「ちっ、剣は抜くなジュール、欠けるのがオチや!」


 ラーズが、突き出した三叉槍を手繰り寄せながら叫ぶ。

 彼の渾身の突きですら、岩の表面に引っ掻き傷を作る程度だったのだ。

 下手に打ち込めば、剣の方が折られかねない。


 そう思っての忠告だった。


 その忠告の途中にはもう、ジュールは素手で突っ込んでいたけれど。


「ドオオオオオッッッせえええああああッッッ!」


 ジュールは真正面から岩の怪物に突撃する。

 四本足の獣よりさらに地面ギリギリを低く攻める、強烈なぶちかましだ。

 ジュールの右肩が、怪物の顎をカチあげた。


「――ガッ!」


 怪物の方も単純なぶつかり合いで押し負けると思っていなかった。


 予想外の衝撃に怪物の態勢が浮つく。


 ジュールは怪物の前脚を掴むと、関節を壊そうとキメにかかった。

 しかし、それを拒むように怪物のもう一方の前脚が、ジュールを薙ぎ飛ばす。ジュールはワンバウンドしながら受け身を取り、驚いた顔でラーズに言った。


「見たかラーズ、なんて馬鹿力だ。腕がしびれたぞ」

「俺にゃあお前の方がよっぽど驚きなんやが――うおっ!」


 ラーズは怪物が飛び掛かってくるのを間一髪で躱す。

 その刹那、鱗を帯びた左手で怪物の眼球に目突きを放った。

 結果、突き指した。瞼まで岩だった。

 ラーズは怪物の横腹を蹴り飛ばして距離を取ると、突き指した指を押さえて怒鳴る。


「眼球まで硬いって、どないなっとんねんボケ!」

「関節技の方は、もう少しでイケそうな感じだったぞ」

「みんながみんな、お前みたいな雑な作りとちゃうねん。あんなのに組みついとったら、俺でも普通に死ぬわ。というか、お前のその雑な頑丈さはなんやねん」

「ガキのころ、たくさん牛乳を飲んだからな」

「お前の田舎やと、どんなバケモンのことウシって呼んどるん?」


 二人が馬鹿を言っている間にも、怪物は容赦なく襲い掛かる。

 二人は慌てて攻撃を躱し、防ぎ、お互いの隙を埋め合いながら、怪物の猛攻を捌いた。

 息の合った連携で、村の自警団を次々と殺した怪物を翻弄する。

 しかし、二人は気づいていた。


「だが、これでは」

「あかんな、決め手に欠ける」

「ジリ貧というやつか」

「まぁでも、あのガキはなんぞ思いついた顔しとるで?」


 ラーズはにやりと笑って、親指をハッカに向けた。

 ジュールは「それじゃあ、作戦会議とするか」と応じながら、上着を脱いだ。


「…………」

「…………」


 ラーズもハッカも、ちょっとよくわからなかった。なぜ脱いだ。

 その直後、ジュールは怪物に肉薄すると、自分の上着を怪物の頭に被せた。


 即席の目隠しだった。


 それで視界を奪いつつ、ジュールは怪物の岩で出来た尻尾を掴む。


「ぬううううおおおおおおッッッ!」


 ジュールの馬鹿力で引きずり、最後はラーズの飛び蹴りで、怪物をもう一度、落とし穴に蹴落とした。

 ラーズは穴の上からさらに一枚、目隠しの上着を投げつける。身動きしにくい狭い穴の中、さらに上着まで絡まったことで、怪物はジタバタと余計にもがいていた。


「「よっしゃ、撤収!」」


 その隙を突き、半裸になった二人組は、ハッカを担いで物陰に飛び込む。


「――で、どうする少年!」

「――で、どないすんねん坊主!」


 半裸で汗だくの男たちが、顔を突き合わせてハッカに迫った。

 ハッカは唖然としながら、二人の勢いに押されて思いついたままに喋った。


「僕の爆弾、身体の内側からなら効くかもしれない。さっき、関節技ならって言っていたからたぶん、身体の内側までは岩じゃなくて。骨や肉は普通に――」

「よし、それでいこう!」

「よっしょ、そんじゃ――」

「まっ、待って下さい! でもこれには問題が――」

「なんやねん、急がなあれが出てきよるで!」

「これをやるのには、爆弾に火をつける役、怪物を押さえて口を開かせる役、爆弾を怪物の口に放り込む役、三役が協調しないと――」

「だったら、俺が押さえよう」

「んで、俺が口に突っ込むわ。よしゃ、今度こそ――」

「だから待って下さいって! これは危険な賭けなんですよ!?」


 ハッカは懐から爆弾を取り出して叫ぶ。


 この作戦では、火付け役・押さえ役・突っ込み役の三人が、ミスなく協調しなければならない。誰か一人がミスをすれば、押さえ役は爆発に巻き込まれるかもしれないし、突っ込み役は腕を噛み千切られるかもしれない。


 唯一安全圏にいるのは、火をつける役のハッカだ。


 だから、ハッカはこの作戦を思いついても、すぐに声をかけられなかった。


 誰かに危険を押し付ける――ハッカの嫌う臆病で卑怯な大人のやり方だから。


 しかし、ジュールもラーズも、ハッカの心配を笑い飛ばした。


「危険なんて百も承知や。ほなそれでいこ」

「成功させれば問題ない。試す価値はある」


 二人の躊躇いのなさが、ハッカには信じられなかった。

 だからだろう。気づくとハッカは叫んでいた。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!?」



 すでに飛び出しかかっていた二人は、立ち止まって顔を見合わせる。

 ラーズが顎をしゃくって、ジュールを促した。ジュールは渋々頷くと、ハッカを振り返り、「他人は他人なんだが、それだけではないからだ」と言う。


 ジュールは「お前も付き合えよ」という顔でラーズを見た。


 ラーズも仕方がなさそうに頷いた。


 照れくさそうに笑いながら、二人は拳を近づける。



「それじゃあいくぞ、口の悪い男(相棒)

「ほいじゃあ頼むで、頭の悪い男(相棒)



 ジュールとラーズはハッカの前で拳を合わせると、不敵に笑って作戦に移った。


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