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火薬師の少年④

        ◇


 ジュールは村の近くの林に野営の準備をして、身体を休めていた。

 

 村の中に宿を借りられなかったのは痛いが、一応は村の中心部が見下ろせる場所を選んだ。ジュールは大樹の幹に身体を預けて、座り込みながら目を瞑っている。


 山の陰に夕日が掛かるころ、ラーズが合流した。


「ジュール、男の子との協調はどうなったんや?」

「断られた。背中の心配までしたくないそうだ」

「そらまっ、こまっしゃくれたガキやな。まぁでも、こんなところで育ちゃあ、まるきりわからんこともないけど」

「あまり大人を信じていないようだ」

「あんなザル裁判する大人たち、信用できんようにもなるやろ」

「そんな大人たちへの聞き込みは順調か?」

「まぁ、そうはゆうても、僧職の振りすりゃちょいとは聞けたで」

「振りも何も、お前は間違いなく僧職だろう」


 ジュールが呆れて言うと、ラーズは「かっこばっかやけどな」と自嘲した。

 その後で、ラーズは表情を引き締め直して言う。


「ここのもんたち、ほとんど外部との接触を持たんみたいでな。生まれてこの方、村の外のもんと話したことあるやつ、極端におらんねん。これなら、できるかもしれん」

「できる、とはなんのことだ?」

「怪物の判別。そもそも、外のもんに騙される余地がある人間、数人だけや」


 勇者の噂を知らないくらい、誰も外との交流を持っていない。

 けれど、怪物の正体が人間であることを知っている程度には、わずかながらに繋がりを持っている。

 ラーズが聞き込みを行ったところ、「限られた顔役が、他の村との渉外を受け持っている」のだとわかった。


「ペテンの魔王がホンマにおるんやとして、それに騙される余地があったのは顔役の数名と領主周りの何人かくらいやろ。両手で足りる。事前に目星付け取ったら後手に回らんで済むけど、どうする?」


 ラーズはそう言って、ジュールの判断を待つ。

 ジュールは数秒考えて、「いや、やめておこう」と答えた。


「ほう、なんでや?」

「それは、相手の思う壺だという気がする」

()()()てなんや?」

「ラーズ、怪物たちの目的ってなんだと思う」


 ジュールは、宵に飲まれつつある村を見下ろしながら言った。

 ラーズは問いの意図を訝しみながら、とりあえずは穏当な返事をする。


「そら、人を食ろうたり、村を潰したりやないんか」

「そうだとするなら、怪物の行動はあまりに不自然だ」

「もっと詳しゅう言うてみぃ」

「村を潰すだけなら、一晩の内に出来るだろう。俺たちが倒した中にも、それくらいの強さを持った怪物はいた。だが、やつらは決まって一晩に一人か、二人しか襲わない。目撃者がいればそれも食うが、その程度だ。村を潰すのは、やつらの目的じゃないんだろう」

「そら、人間が家畜を食うのと同じやないか。その日食いたい分だけ殺すやろ?」

「だが、それも変じゃないか。怪物はどうして、昼間も人間に紛れて過ごそうとする。近くには山なり、林なり、身を隠せる場所がいくらでもある。飯を食うときだけ人里に降りればいいはずだ。しかし、怪物たちはそうしていない。わざわざ無防備な人間の姿で、危険を冒してまで敵地に潜む意味はなんだ」

「お前はなんやと思うとる?」

「疑い合わせることなんじゃないか、と思っている」


 ジュールは澱みなくしゃべり続ける。

 左手を勇者の剣の柄に添えながら、さらに続けた。


「俺たちは、疑い合うように仕向けられている気がする。それこそが、この怪物たちの目的なんじゃないかと思う。だから、俺は出来る限り、犯人捜しをしたくない。誰かを疑って守れるものもあるだろうが、俺はそれより、誰かを疑って失われるものが怖い」


 ラーズはその言葉を意外に思った。

 普段は馬鹿なジュールが、ものを考えていたら――ではなかった。

 ラーズはそれより前から、この騙されやすい御人好しが「ただの馬鹿」でないことを知っていた。


 馬鹿に御人好しだが、頭の回らないやつではない。


 戦闘時の判断や、機転のよさもそうだが、常日ごろから思慮深い側面も持っている男だと、ちゃんとわかっていた。


 ラーズが驚いたのは、ジュールが「怖い」とハッキリ口にしたことだ。


 死と隣り合わせの戦いでも決して怯まない、勇敢な男だ。

 誰かのために命がけで戦い、絶望的な状況を笑い飛ばせる男だ。

 その男が、わざわざ「怖い」と口にするのだから、よほどのことだと思った。


「そんなら、やめとくか」


 ラーズがあっさりと引き下がるので、今度はジュールが意外そうに言った。


「食い下がらないのか?」

「まっ、この旅の大将はお前やし、それにまぁ、なんや」


 ラーズは、そこで一度言葉を区切る。その後でどこか自嘲するような、それでいて不思議と幸福そうな――救われたものの笑みを浮かべて言った。



「お前が信じたことで()()()()()鹿()も、どっかにゃおるやろう」



 ジュールは何もわかっていない苦笑顔で「そうだといいんだがな」と答えた。

 ラーズは気にした様子もなく、むしろ、満足そうに頷いていた。



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