火薬師の少年③
◇
その山間の寒村は、外部との交流を最低限しか持っていなかった。
地理的背景や歴代領主の方針、希少な資源とそれに伴う技術など、そういった複数の要因が重なり、彼らをこの狭い土地に固執させていた。
古くから、進んで孤立を選び続けた一族たち。
そんな村の人間たちが、流行りの噂話に疎いのもむべなるかなだ。
つまるところ、誰も勇者一行のことを知らなかったのだ。
そして、皆一様に自分たちの暮らしを維持すること以外に興味がないようで、ジュールとラーズのために時間を割こうとはしなかった。
面倒を嫌って顔を背ける始末だ。
だから、最初に彼らの話に耳を傾けたのは、仕事を持たない無垢な少女だった。
「勇者さん……ですか?」
広場に蹲っていたポルが、ジュールとラーズを見上げた。
ジュールとラーズは、「ようやくまともな返事があった」と胸をなでおろした。
「この村の人間には、俺たちが見えていないのかと思った」
「ちょいと話を聞かせてもらえんやろか?」
二人とも年下の女の子の扱いには一日の長があった。
ジュールたちは、泣きべそをかいているポルから、丁寧に、根気よく、怪物の話を聞き出した。
恐ろしい怪物が出ていること。
彼女の父親が怪物の正体として疑われていること。
「そして、先ほどの少年か」
「ハッカっていうのよ」
「そうか、そのハッカ君が、怪物を一人で倒すと言ったんだな?」
「うん、私のお父さんのために……でもダメなの……誰も敵わないのに……」
「話してくれてありがとう。それから、もう大丈夫だ」
ジュールとラーズは、お互いのことを指差す。
そして、ポルに向かって白い歯を見せて笑い、胸を張って言った。
「俺と口の悪いお兄ちゃんが、絶対に怪物を倒すからな!」
「俺と頭の悪いお兄ちゃんが、絶対に怪物を倒したるわ!」
「誰が頭の悪いお兄ちゃんだ……」
「誰が口の悪いお兄ちゃんや……」
頭と口の悪い男たちは、間髪入れずに肘打ちを入れ合った。
それを見ていたポルが、「変な人たち」と少し呆れたように笑みをこぼす。呆れていたけれど、もう泣きべそはかいていなかった。二人にとってはそれで十分だった。
◇
ポルに話を聞いた後のことだ。
ジュールは、ハッカのいるという工房に向かった。ちなみに今、ラーズとは別行動を取っている。ラーズは「村人への聞き込み、もうちょい粘ってみるわ」とのことだった。
ハッカたちの仕事場である工房は、村の一番外れにあった。
工房は三角屋根の木造建築で、入り口の戸は大きく開け放たれている。
ジュールは入り口に立つと、いつもの馬鹿でかい声で呼びかけた。
「お仕事中のところすまない、ハッカという名前の少年は――」
「僕ですよ」
十数名の職人が働く工房の隅で、ひときわ背の低い人物が立ち上がった。
遠目には、男の子か、女の子か、判別できないほど中性的な容姿をしている。
顔の下半分を白い布で覆っていたのも、分かりづらさに拍車をかけていた。
服装はぶかぶかの作業着で、袖や裾を何度もまくっている。
そして、栗色の柔らかい髪を掻き上げて、ムッとした顔でジュールを観察していた。
ジュールは彼の警戒した様子を意に介さず、「おう君か」と笑って歩み寄る。
「少女のために戦おうという、剛毅な少年だな」
「アナタ、誰ですか?」
「俺は勇者のジュールだ。君の力になりにきた」
「なるほど、頭のおかしい人ですね?」
けんもほろろ、とはこのことだ。
ハッカは取り付く島もない態度で、ジュールに背を向けて座り直す。ジュールは一向に気にした様子もなく、ハッカのすぐ後ろまで近づくと彼の手元を覗き込んだ。
ハッカは大鉢やら小瓶やらを使って何かを作っている。
ジュールが興味深そうに見ていると、ハッカは振り返って抗議した。
「あまり近づかないでくれませんか、鼻息が掛かると粉末が飛びます」
「これは失敬。それにしても、それらはなんだろう?」
「……爆薬の一種です」
「それはどういう代物なんだ?」
「強い衝撃と火を起こす薬です。僕は火薬師なんだ。ほらもっと離れて」
ジュールはおとなしく従って、数歩離れた位置に座り込む。
ハッカは再び正面に向き直ると、黙々と作業に没頭した。
ジュールはしばらくその様子を眺めていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「俺は勇者のジュールだ。君の力に――」
「それはさっきも聞きました。でも結構です、僕はひとりでやります」
「怪物は手強いぞ?」
「だからこそ、背中の心配までしたくありませんね」
「なるほどな。それで君に勝算はあるのか?」
「なければあんなことは言いません。僕は、卑怯で臆病な大人たちとは違います。僕だけは絶対、違ってみせる……」
ハッカはそれだけ言うと、それ以降は完璧にジュールを無視した。
ジュールはもうしばらく彼の作業を見た後で、工房を出て日没を待つことにした。




