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火薬師の少年②

        ◇


 その山間の村には一人の孤児がいた。


 両親に〈ハッカ〉と名付けられた男の子だ。


 しかし、そう名付けた両親はすでに彼のもとを去っていた。母親の死因は病だ。父親は村で起きた〈火災〉の責任を取る形で処刑されていた。三年前、ハッカがまだ十歳だったころの話だ。


 彼の父親は、火薬を扱う職人だった。


 そして、ハッカも父と同じ道に進んでいる。


「ハッカ、朝になっちゃった……」


 早朝、職人仲間の娘・ポルが、彼を起こしに来た。

 ハッカの寝床は、工房の隅の硬い木板の上だ。部屋を貸そうという知り合いもいたが、ハッカは誰からの助けも拒んでそこを寝床と決めていた。


 ハッカは疲れの取れていない起抜けの顔で言う。


「どうだった?」

「まだ確認中だって。でも今のところ、被害者はゼロみたい……」


 ポルが浮かない顔でそう答えた。


 怪物の被害者がいない。


 普通に考えれば、吉報のはずであった。

 

 しかし、ハッカも苦い表情で「そうか」と頷いた。


 ポルはまだ小さな女の子だった。といっても、ハッカとはそう変わらない年齢だ。人前で泣きじゃくるような歳でもなかった。けれど今、彼女は泣き出しそうな顔で、ハッカに縋りついていた。


 鼻をすすりながら、「どうしよう、ハッカ……」と声を震わせる。


「このままじゃ、お父さんが、殺されちゃう」


 ハッカは何も答えず、渋い顔で工房を出た。

 朝日に照らされた村の中で、大人たちが住民の点呼を行っている。その結果、昨夜、怪物に襲われた村人はゼロだとわかった。


 ポルの父親を地下牢に隔離して一日明けた後のことだった。


 その日の午後には、領主による裁判が、ポルの父親の処遇を決めることになっていた。


        ◇


「――以上のことから、被告を怪物と断定し、死罪を言い渡す」


 疲れた顔の領主が、観衆の前で判決文を読み上げた。

 

 形ばかりの裁判だ。


 辺境の寒村で、公平公正な裁判を執り行う方が難しい。厳格な裁判を行うほどの時間的な余裕は、日々の暮らしに追われる村人たちにはなかった。


 この裁判に求められている役割は、真実の解明ではない。その場しのぎでも、そこそこに納得できる、手間のかからない結論だ。


 かつてハッカの父親がされたのと同じ。


 村の理屈だ。

 

 臆病で卑怯な大人が、自分たちの安心欲しさに、誰かに罪を着せようとしている。つまらない疑いで、人の命を奪おうとしている。

 

 そんな大人たちが、今でもハッカには我慢ならなかった。


「待って下さい、彼を牢に入れてたったの一日です。怪物だって毎日出るとは限らないじゃないですか。結論を出すには早すぎます」


 ハッカは観衆の中から身を乗り出して抗議した。

 領主は「またお前か……」と渋い顔をする。

 領主だってハッカに言われるまでもなく、そんなことはわかっている。


 ただ、それを確認するために、いつまでも日々の仕事を止めておけないのだ。


 怪物に怯えて仕事にならない日が何日も続けば、今度は怪物に襲われるまでもなく、村の経営が立ち行かなくなる。そのため、その場しのぎでも解決が必要なのだ。

 そして、現状では「怪物の被害があった夜、一人で歩いていた目撃談」があり、かつ「彼を閉じ込めたところ、怪物が出なかった」というそれらしい証拠も出たポルの父親は、疑わしい存在であることに間違いなかった。


 村人もそこそこに納得できている。


 都合がいいのである。

 

 もちろん、これで本当に解決できるのなら、それに越したことはなかった。


 けれど、ハッカは頑として引かずに声を上げた。


「疑わしいというだけで、人の命を奪っていいはずがない! 間違いないと断定できないのであれば、刑は取りやめるべきだ! 怪物は怪物のまま倒せばいい!」


 青臭いほどの正論は、領主の心をさらにイラつかせた。確かにハッカの言うことはもっともだ。


 実現不可能という点に目を瞑れば。


「では、どう倒すというのだ……?」


 領主はどすの効いた声で尋ねる。


 領主や村の大人たちだって、それを試さなかったわけではなかった。

 実際、自警団による夜間の見回りを行い、怪物と戦ったこともあった。


 結果は、酷いものだった。


 全身が岩で出来たような怪物には、どんな刃物も通らず、その怪力を前にすれば、人間の身体なんて小枝程度ものだった。

 交戦したものは命を落とすか、仕事ができなくなるほどの大怪我を負った。

 正体を探ろうと後をつけたものたちは、全滅させられた。


 夜の内はあの怪物を倒せない。


 となれば、昼に疑わしいものを殺すしかない。


 領主にとっても辛い決断だったが、そうしなければならなかったのだ。


「知っているなら教えてもらえんかッ、ええッ、どうすれば倒せるッ!?」


 領主は声を荒げて詰問する。

 恰幅のいい大人の男が怒鳴るのだから、村の職人たちだって怖気づくような迫力があった。

 けれど、ハッカは一歩も引かず、低く唸るように噛みつき返した。


「それじゃあ、僕が倒すと言えば、刑の執行を延期しますか?」

「はっ、子どもの一人で何ができる……?」

「僕が夜の村の番をする、怪物が出たら一人で倒す。そうすれば、他の人は仕事ができるはずでしょう。それで文句がございますか、領主様」


 ハッカがあまりにも力強く言い切るので、領主もたじろいだ。

 しかし、観衆の前で情けない姿は見せられないと、すぐに体裁を整えて応じる。


「ふん、できるものか……」

「できるよ。僕は貴方たちとは違う」

「ならばやってみろッ、村のものたちもよく聞いたな! 刑の執行は延期とし、被告はまた地下牢で隔離する! このガキに手を貸すことはない、さぁ、仕事を再開しろ!」


 領主はそう言って、ハッカを一瞥してから屋敷の方に戻っていった。村人たちも一応はそれぞれの仕事場に移り、ハッカも領主の屋敷を睨んでから工房に引き返す。


 そして、人々のいなくなった広場には……


 ジュールとラーズがぽつんと立っていた。


 騒ぎの最中に村に入り、状況を把握しようとしている内に、出るタイミングを失ったのだ。



「ああ~、俺は勇者のジュールなんだが、これはその、どういうことだ?」



 ジュールは頭をぼりぼり掻きながら、ラーズに向かって言った。

 ラーズは「俺に訊いてどないすんねん……」と困り顔でそっぽを向いた。


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