火薬師の少年①
◇
「おいジュール、そっちにいったで!」
「おう任せろ」
ジュールとラーズは、怪物と交戦中だった。
夜の農村、開けた畑の近くで二人は怪物を追いかけている。
その怪物は全身が黒い体毛に覆われていた。
加えてとても俊敏だ。
けれど、ジュールとラーズは上手く逃げ道を潰して、怪物を追い立てている。
ジュールが怪物の進路に先回りして、勇者の剣を構えた。
そして、盛大に剣を振り被り、全力で空振りした。
「なっ、飛んだぞこいつ!」
怪物がその直前で真上に飛び上がったのだ。
皮膜を広げる姿は、まるで人間サイズのコウモリだ。
「何やっとんねん、この馬鹿ッ!」
「誰も飛ぶとか思わないだろ。それより早く来いラーズ、お前の槍の方がリーチが長い」
「いくら長いつっても、空までは届かせられへんで!」
「俺が届かせる」
ジュールは人間離れした速度で怪物の真下まで走り込む。
ラーズも意図を察して全力で疾走した。
ジュールが身体の前で両手を組み、自分の両腕で踏み台を作った。ラーズがその両腕の踏み台に飛び乗ると、ジュールは放り上げるようにラーズを頭上にぶん投げた。
「ドオオオオオッッッせえええああああッッッ!」
ラーズもタイミングを合わせてジャンプする。
阿吽の呼吸。
二人の脚力と腕力が可能にした大跳躍だ。
「股の下からこんばんはじゃボケ!」
ラーズの三叉槍が、真下から怪物を突き刺した。
怪物は激痛とラーズの重みで、急激に高度を落とす。
その落下地点に駆け込みながら、ジュールが剣を構えた。
地面に着く刹那。
ジュールの放つ横なぎの一閃が、怪物の首を斬り落とす。
そして、かっこよく振り抜いたジュールの上にラーズが落っこちた。
かっこよく振り抜いた残身は台無しになり、二人は「ちゃんと避けて落ちろ」、「そこは上手いこと受け止めろやボケ!」と言い合うハメになった。
村人たちは勇者一行の息の合った連携と、その後に起こった仲の良さそうな言い争いを見て、「噂に聞いていたのと違ったが、噂よりも好ましかった」と囁き合った。
村の代表者が「村を救ってくれてありがとう」とわずかだが、お礼の食事を準備してくれたので、二人はこれを頂いて一泊し、その翌日には墓に手を合わせてから村を発った。
◇
ジュールとラーズは、ぎらつく日差しのもとを歩いていた。
ラーズは編笠を持ち上げて、薄っすらと毛の生えた頭の汗を拭って言う。
「しかし、怪物を一匹ずつ潰して回っても、こりゃあキリがないで」
「やはり元凶を倒さない限り、この悲劇の連鎖は止まらないか」
ラーズの集落を出てからというもの、二人はかなりの数の村を巡り、怪物を倒していた。しかし、怪物発生の頻度は衰えることなく、行く先々で戦闘を強いられている。
そして、怪物たちは後発のものほど強くなっていた。それでも、武芸に広く精通するラーズが加わったことで、以前よりは危なげなく戦えている。
ジュールは上着の袖をまくり、腰の水筒を取って口に運ぶ。
額の汗を拭い、両目を細めて答えた。
「怪物の被害は言うに及ばずだが、村人同士の疑り合いも馬鹿にならない。怪物化する前に判別できるような、派手な目印でもあればいいんだが……」
「俺らにゃあ、医学の知識もないしなぁ……」
「ああ、ないものねだりをしても仕方がない。地道に聞き込みを続けて……」
「ああ、せやな……」
「ああ、そうだ……」
二人は顔を見合わせる。お互い汗だくだ。
今はちょうど夏の盛りであり、陽射しはギラギラと滾っていた。
「ええい、馬鹿に暑いぞッ!」
「なんやこのくそ暑いのッ!」
その日は、茹だるように暑かった。
二人は文句を言っても仕方がないとわかっていたが、文句を言わずにいられなかった。あまりの暑さに嫌気がさして、二人はすぐに半裸になった。
半裸になっても暑かった。
これ以上は脱ぎようがなかった。
「ダメだ、これじゃすぐに飲み水が尽きる……」
「ちょいと道筋を変える。本来の予定にゃなかったが、少し山の方に寄ろう。そっちなら村が近い。標高上がれば、気休め程度には涼しゅうなるやろう。これじゃあ、怪物退治の前にこっちが干からびちまう」
ラーズが途中の町で買った地図を広げて言う。
ジュールにも異論はなかったので、二人は山間の村に立ち寄ることにした。




