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8.過去の罪【改稿済み】

「リーナ。僕は幸せになる資格なんてないと思っていた。リーナをどれだけ想っていても絶対に手に入らない。それは、騎士道を守りきった父を裏切った僕への罰だと思っていたんだ。でも、リーナは僕のものになってくれた。生きていて本当に良かった。僕は本当に幸せ者だ」

 頭一つ分以上背の低いリーナを大切そうに抱きしめながら、ディルクはしみじみとそう言った。

「私も牢番さんや父の想いを裏切って、全てに絶望して死を望んでしまいました。それなのに、ディルクはこのような幸せを与えてくれました。私こそ本当の幸せ者です」

 リーナは大好きなディルクの腕に抱かれながら、耳を彼の胸に当てて力強い鼓動を聞いていた。


「リーナ、元気で。僕は絶対に無事に帰ってきますから」

「どうかご無事で。離れていても私を忘れないでくださいね」

「忘れるものか! リーナは永遠に僕の妻だから」

「ディルクは永遠に私の夫です。必ず私のところに帰ってきてください」 

 見つめ合うディルクとリーナ。別れの時は迫っている。


「兄上、別れ難いのは理解できるけど、皆の前なので少しは自重してもらえませんかね」

 やや呆れたようにヴァルターは抱き合うディルクとリーナを見ている。

 ハルフォーフ邸の庭では騎乗した精鋭部隊五十名が勢揃いしていた。そんな彼らの前でディルクとリーナは別れを惜しんで抱き合っていたのだ。

 周りの状況に気がつき、リーナは恥ずかしくなってディルクから離れようとしたが、ディルクは名残惜しそうに少し腕を緩めただけだった。

「リーナ、急に動いたら危ないよ。転んではいけないから僕が家の中まで送っていく」

 そう言ってリーナの手を取るディルク。

「旦那様、ご心配は無用です。奥様は私が屋内へとお送りしますから」

 リーナの側に控えていた侍女のアリーゼがディルクからリーナの手を奪ったので、ディルクは空になった手を残念そうに見つめていた。そして、振り向いて笑顔を見せるリーナに切なそうな眼差しを送る。

 ヴァルターは小さくため息をつき、自らの愛馬に騎乗した。



 精鋭部隊に取り囲まれるように馬車が二台用意されていた。一台にはハルフォーフ家の侍女二人と荷物。もう一台にはマリオンとエルゼが飼っている犬のギーナが乗っている。

 リーナと入れ替えにマリオンに手を引かれたエルゼが屋内から現れた。長時間馬車に乗るため軽装のエルゼだが、化粧は美しく施されていた。

「エルゼさんは、今日もとても綺麗ですね」

「マリオンさんも騎士服がとても似合って、素敵ですよ」

 エルゼとマリオンが嬉しそうに微笑みながら目線を合わせている。


「マリオン、エルゼ嬢、出発の時間ですので、速やかに馬車へ乗ってもらえますか?」

 ヴァルターは少々やさぐれている。

 エルゼは恥ずかしくて小走りになる。厳しい騎士の訓練を受けているマリオンは、余裕で彼女の横に並んだ。

 エルゼとマリオンはギーナの待つ馬車に乗り込む。マリオンは領主であるが、エルゼの騎士として一番近くで護衛する役目も担っていた。


 マリオンが新しく賜った領地は、敵国と通じていて廃位となった旧シュニッツラー侯爵の広大な領地を分割した土地であり、元々領主邸などは存在しない。犯罪組織が跋扈(ばっこ)しているため、予め使用人を派遣して領主の住まいを手配することもできなかった。

 騎士見習いをしていたマリオンはともかく、貴族令嬢のエルゼにとっては辛い旅立になるはずだ。それでも笑顔を絶やさない彼女を見て、ディルクは安心して騎乗した。身には青碧の甲冑。大国ブランデスの将軍として旅立つ証である。


 本来ならば王宮直属の騎士団が領地へ赴くことはないが、今回、カラタユートの残兵が多数入り込んでいることもあり、王より直々に犯罪組織の殲滅を命じられ、将軍自らが足を運ぶことになったのだ。付き従うのは最強部隊と恐れられている選び抜かれた精鋭の騎士五十名。常に将軍と行動を共にし、将軍に殉じる心構えを持つ無敵軍団である。


 ディルクは国の威信を背負って先頭を走る。大国ブランデスの守護神。何人なりとも彼を倒すことができないと知らしめるために、目立つ甲冑をまといて威風堂々と常に先陣を切るのだ。

 後に続くのは色とりどりの甲冑に身を包んだ最強軍団の騎士。自ら決めた派手な色は、何をも恐れないとの決意の表れである。


 そんな最強軍団にあって、地味な皮鎧を着て他の騎士に守護されるように中央を進む二人。ヴァルターと軍医のゲルディだ。

 ディルクが倒されるようなことがあれば、ヴァルターが暫定的に指揮官となり、残った最強部隊と共に事態の収拾に当たることになっている。そして、王都にいるツェーザルに将軍職を引き継ぐ重要な役割を担う。

 最強と呼ばれるディルクが敗れるというのは、かなり深刻な事態である。ヴァルターの任務は相当困難だが、彼も最強部隊の一員である。惨めに敗走することになっても、必ずツェーザルのいる王都へ帰らなければならない。敬愛する偉大すぎるディルクに殉じることは許されない。


 その任務は十分に理解している。それでもヴァルターは護られている自分が情けなかった。ディルクやツェーザルほど強ければ己の身ぐらいは守ることはできるだろうと悔しく思っている。

 十三歳で騎士見習の身分のまま戦場に出たヴァルターは、伸び盛りの時に十分な訓練を受けることができなかったため、二人の兄のように剣の腕は伸びなかった。戦術を学ぼうにも、戦時下にあって彼の教育をしている余裕はない。野営時に持ち込んだ戦術書を読むことしかできなかった。


「弟のマリオン殿まで婚約したのに、ヴァルター殿は婚約しないのか? 社交界一の貴公子と呼ばれているんだろう? 相手は選び放題じゃないか」

 呑気なゲルディの声がする。馬車を護衛しているので移動速度はそれほど速くない。単調な草原の風景に飽きたゲルディが、並走しているヴァルターと話をしようと馬を寄せてきた。

「私には結婚する資格などない」

 ヴァルターは前を見たままそう答えた。

「なぜ?」

 代々の将軍を輩出する名門ハルフォーフ家の三男で、自らも子爵位を持つヴァルターと結婚したいと思っている令嬢は多いはずである。ゲルディは思わぬ答えに首を傾げた。


「私は戦争時に何もできなかった役立たずだ。今だってこうして護られている。武のハルフォーフ家に生まれたのに、私は兄たちのように剣の才もない。どんなに努力しても兄のようにはなれない。こんな半端者が結婚などできるはずがないんだ」

 近くで父や兄を見てきたからこそ、ヴァルターは己の技量を自覚していた。それを認めるのは辛いことだったが、諦めるしかなかった。努力がすべて報われるわけではないのだ。

 ヴァルターは先頭を駆けるディルクを見つめている。憧れることさえ許されないほどの圧倒的な強さを持つ偉大な兄を。


「戦争時って、ヴァルター殿は何歳だったって話だよね。今十八歳だから、戦争が始まったのは十三歳の時か。そんな年で役立った方が驚くぞ」

「それでも、私は……」

 ディルクやツェーザルならば十三歳でも戦うことができただろうとヴァルターは思っている。それに、十八歳になった今でも、二人の兄がその年の頃に比べて筋肉が発達していない。明らかに劣っているのだ。


「まぁ、あんな化物みたいな兄上を持つと大変だと思うけどね。でも……」

「それより、ゲルディ殿の方はどうなんだよ。もう二十二歳だろう。その年になれば子どもがいる者も珍しくないのに、婚約者もいないなんて、おかしくないか?」

 爵位は男爵と低いが、代々軍医を務めている名門出身のゲルディである。理知的な容姿は女性に人気が高く、高位貴族令嬢からの婚約打診も多数あるとヴァルターは聞いていた。


「僕の方こそ、幸せになる資格なんてないから」

 ゲルディは辛そうに遠くを見つめている。

「兄上が命じたことを気にしているのか? だけど、兄上が結婚して幸せになっているのだから、ゲルディ殿だって幸せになってもいいと思うよ」

 ディルクの命を受けて、ゲルディが拷問や暗殺を行っていたのはヴァルターも把握している。ディルクもゲルディも好きでそのようなことをした訳ではない。国を救うため仕方がなかった。


「違う! 閣下の行いも、閣下が命じたことも、何一つ恥じることなどない。閣下は紛う方なき国の英雄だ。もし閣下を責めるような輩がいるのなら、僕がこの手で殺してやる」

 穏やかだったゲルディが声を荒立てた。あの極限の中でのディルクの決断と覚悟を汚すことなど、弟といえども許せないとゲルディは思っている。

「ならば、なぜ、幸せになる資格がないんだ?」

 

「僕は妹を殺したかもしれないから」

 しばらくためらった後、硬い声でゲルディがヴァルターの疑問に答えた。

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