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6.令嬢たちの標的【改稿済み】

「お父様、ハルフォーフ家で婚約披露の舞踏会が開かれると伺いましたわ」

 最愛の娘アマーリアが笑顔でそう訊いてきたので、ウェラー侯爵は目尻を下げる。ヘルムートとの婚約を破棄して以来、アマーリアは少し元気がなかった。そんな娘が舞踏会に興味を持ったのだ。心配していた侯爵も一安心していた。国の英雄である将軍が開催する舞踏会だ。多くの貴族が集まり、さぞや華やかだろう。そんな舞踏会に参加すれば気も晴れるというものだ。


「まだ十三歳のマリオン君と、ヘルムートの元婚約者だったアスムス子爵家のエルゼ嬢との婚約が調ったそうだ。ハルフォーフ家がお前を諦めてくれて本当に良かった。一緒に荒れた領地へ行ってマリオンを支えてくれないかなどというふざけた打診があったが、エルゼ嬢に話を回して助かったな」

 まだ幼いマリオンと一緒になって荒れた領地を平定させるという、娘がものすごく苦労しそうな結婚にはとても賛成できないウェラー侯爵は、エルゼが十八歳で婚約解消されたため、曰く付きの領地へ行く十三歳の少年との婚約を認めざるを得なかったアスムス子爵のことを少し気の毒に思っていた。ヘルムートの父親であるグローマン伯爵を降格させて、アスムス子爵を出世させてやろうと考えている。


「財務局長のウェイランド侯爵の息子さんたちはまだ小さいし、弟のアルノルト様は怠け者だと聞いたわ。他家にも私に釣り合うような男性がいないのよね。だから、ハルフォーフ家の三男ヴァルター様で手を打とうと思うの。子爵だけど、領地は安定しているし、騎士団に所属しているから王都にお住まいよね。お姿は社交界一の貴公子と言われているほど素敵だし」

 まだ十五歳のアマーリアだったが、ヘルムートと婚約していた事実があり、新たな婚約者を選ぶには相手の家格を下げざるを得ないと感じていた。

「確かにヴァルター殿ならば、子爵といえども五侯爵のハルフォーフ家に縁があるので家格は悪くない。人柄は真面目で人当たりが良いと聞いている。アマーリアの結婚相手として悪くないかもしれないな。ハルフォーフ家から招待状が来ていたはずだ。私がエスコートするので、一緒に舞踏会に参加しよう」

 娘が婚約してしまえばエスコート役はその男のものになる。ウェラー侯爵も最後になるかもしれないエスコートを楽しみたい。


「お父様。ありがとうございます! それから、新しいドレスを作ってもいいでしょうか? ヴァルター様の目の色と同じ紫のドレスがいいわ」

「少し露骨かもしれんが、それもいいだろう。長兄のディルク殿が妻を迎えたので、弟君も婚約相手を探し始めるはずだ。ヴァルター殿は競争率が高そうだからな。早いうちに決めておかねばならない」

 長く戦場で戦っていたハルフォーフ一家だったので、四兄弟の結婚が遅れていた。その上、長兄のディルクが二十三歳まで婚約すらしておらず、弟たちも婚約の打診をすべて断っていた。

 今回、一番下のマリオンが婚約することになったので、次男と三男も結婚相手を探すだろうとウェラー侯爵は考えた。次男は伯爵であるがいかつい容姿で女性には恐れられている。その点、三男のヴァルターは容姿も優れており、物腰も柔らかで、社交界でも評判になるほどの貴公子だ。


「ヴァルター殿は人気者なので競争相手は多いと予想されるが、美しいアマーリアに勝てる相手などいないだろう」

 ウェラー侯爵は余裕の笑みを見せている。

 アマーリアもヴァルターに選ばれるのは自分だと思い、嬉しそうに微笑んでいた。




 グローマン伯爵家に引き取られたロミルダもまたヴァルターに興味を持っていた。

「ハルフォーフ家で四男の婚約披露の舞踏会が開催されるのですよね。伯父様のところにも招待状が送られてきたのですか?」

 父親が牢に入れられているというのに、笑顔でそんなことを訊くロミルダに、伯爵の眉間の皺が深くなる。

「確かに我が家にも招待状は届いたが、形式的に送ってきただけだろう。なにせ四男の婚約相手はあのエルゼ嬢だからな。ヘルムートのこともあるので、何か祝いの品を送るだけで済ますつもりだが」

 いくら何でも顔を出すことはできないとグローマン伯爵は考えている。


 弟のロビンは妻を殺し爵位と産業局長の座を不当に奪ったとして司法局に拘束されている。その娘ロミルダは、五侯爵家の一人娘として甘やかされて育ったので、贅沢でわがままな性格であった。ただし、かなりの美少女なので、政略結婚の駒として使えると思って引き取ってみたものの、彼女のあまりの傍若無人ぶりにグローマン伯爵は引き取ったことを後悔していた。


「それにしても、エルゼ嬢は物静かで従順な女性だったじゃないか。彼女なら良き妻になるはずだったのに、なぜ婚約解消などしてしまったのか」

 グローマン伯爵はつい愚痴ってしまう。確かに上司であるウェラー侯爵からの打診であったが、婚約者がいるからと断ることは可能であった。それをヘルムートが強引にアマーリアとの話を進めてしまったのだ。しかも、その話さえ破談になってしまった。

 司法局の職員であるグローマン伯爵は、弟のロビンの所業のせいで局内でも肩身の狭い思いをしていた。ヘルムートの妻がしっかりした女性ならば、家督をヘルムートに譲って引退してもいいかと思い始めている。それが、婚約者も決まっていない状態になってしまった。

 


「私が馬鹿だったのかもしれない。エルゼは私の妻に相応しい女性だった」

 ヘルムートは美少女が好きではあるが、気の強い女性は苦手だった。我の強いアマーリアやロミルダに接するうちに、エルゼの控えめな態度が好ましく思えてきた。しかも、最後に会った彼女は美しい貴婦人だったのだ。磨けば光る素材。そんなエルゼを自らの手で輝かせるのも悪くない。


 しかし、今更婚約を解消したことを後悔しても遅すぎる。エルゼはヘルムートよりマリオンを選んでしまった。男として十三歳の少年より魅力がないと言われたのも同然だ。悔しいがもうどうすることもできない。



「ところで、ハルフォーフ家三男のヴァルター様は子爵だけど、私は彼で妥協してもいいと思うのよ。ヴァルター様なら他の令嬢に自慢できるしね」

 侯爵令嬢の時は結婚相手が子爵では恥ずかしいと思っていたが、伯爵家に引き取られた今はそんな贅沢も言っていられない。相手が子爵でも仕方がないとロミルダは感じていた。他にめぼしい男性がいないのも事実だ。

「そうだな。ハルフォーフ家に縁ができるのなら、悪い縁談ではないな。ヘルムート、ロミルダをエスコートしてハルフォーフ家の舞踏会へ連れて行ってやれ」

 ハルフォーフ将軍は国の英雄である。王家でさえハルフォーフ家には気を使っていると言われている。そんな家と縁続きになるのは悪くはない話だとグローマン伯爵は考えた。


「しかし、エルゼは元婚約者。顔を合わせづらいのですが」

 先日、ヘルムートがアスムス子爵家まで押しかけて、エルゼに手ひどく振られたことはグローマン伯爵に話していない。それでも、元婚約者というのは気まずい間柄であることを父ならば察してくれるとヘルムートは思っていた。

「大丈夫よ。エルゼ様は新しい婚約者のマリオン様と仲が良いみたいだから、ヘルムート様のことなど気にもしていないわよ」

 ロミルダの言葉は、ヘルムートに振られた時のエルゼの言葉を思い出させる。悔しくて心を抉られそうになるヘルムート。

「そうだな。エルゼ嬢との婚約解消の話はウェラー卿から出たものだし、ヘルムートは気にすることはないのかもしれない。堂々とハルフォーフ邸へ行けばいい」

 グローマン伯爵はロミルダがヴァルターと婚約できなければ、昨年妻を亡くした自分と同年代の伯爵の後添えにさせようと思っていた。とにかく早く厄介払いがしたい。

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