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3.元婚約者は婚約破棄された【改稿済み】

「エルゼさん、自棄になっているのではありませんか?]

 十三歳のマリオンが年上の女性に恋心を抱くのは理解できるが、十八歳のエルゼが政略以外でマリオンとの婚約を願う意味が母には理解できない。

 自分の所業のせいで婚約を解消されてしまったエルゼが、自暴自棄になってマリオンの求婚に応じてしまったのだとしたら、申し訳なくて何としてもエルゼの目を覚まさなければと思う母だった。


「いいえ、違います。私はマリオンさんだからこそ婚約をお受けいたしました。確かに私はこの歳で婚約を解消され、年の釣り合う相手を見つけることは困難な状況です。それでも、誰でもいいと思った訳ではありません。マリオンさんの優しさや、騎士としての気高さに触れ、共に過ごしたいと思ったのです」

 真剣な目のエルゼの言葉に嘘はなさそうだった。エルゼは穏やかで理性的な女性に見え、まだ幼いマリオンを支えるのに最適ではないかと母は思う。

 マリオンは真っ赤な顔をして、嬉しそうに頷いていた。


「本当に急なのですが、マリオンには領主として子爵領へ行ってもらおうと思っています。代々ハルフォーフ一族の者は領地に代官を置き、国を守る騎士として王都に居住しているのです。しかし、新たに賜った領地はとても荒れていますので、領民のためにも、領主であるマリオンが直接赴き平定する必要があります。エルゼさんも婚約者としてご一緒に行っていただけますか?」

 母はエルゼの覚悟を知りたいと思った。婚約を打診したウェラー侯爵の娘はこれで逃げた。そして、王都に住む司法局の職員を相手に選んだのだった。

 エルゼにも断られるかもしれないと母は思っていたが、エルゼは柔らかい笑みを見せる。

「はい。マリオンさんのお力になることができ、私は嬉しく思います」

 その言葉にやはり嘘は感じられなかった。



「母上、僕は賛成だよ。エルゼ嬢はマリオンに相応しい女性だと思う」

 それまで黙って聞いていたディルクが口を挟んだ。

「ディルクはハルフォーフ家の当主ですから、その言葉は絶対です。ディルクが納得しているのであれば、私は口出しいたしません。エルゼさん、まだまだ未熟なマリオンですが、よろしくお願いいたしますね」

「私こそ不束者ですが、よろしくお願いいたします」

 母親が微笑むと、エルゼは慌てて立ち上り礼をとった。


「ところで、少し大人っぽいドレスがあるのですが、着替えていきませんか?」

 素朴なエルゼを色っぽい大人の美女に変身させてみたくて、母親は先程からうずうずしている。

「はい?」

 突然の誘いに戸惑うエルゼ。

「母上、エルゼさんに変な格好をさせないでください!」

 マリオンがエルゼを母親から庇うように立ち上がり、果敢にそう言った。

「あら、おまえ好みの美しい女性に変身させてあげると言っているのよ」

「エルゼさんはそのままでもとても美しいから、変身など必要ありません」

『マリオン、おまえもか?』

 最近のディルク夫婦の熱々ぶりに少し辟易しているヴァルターは、内心でそう突っ込んでいた。


「でも、母上の侍女の腕はすごいと思う。僕のリーナは、とても可愛かったり、ものすごく美しかったりと、いつも違う姿を見せてくれるんだ。もちろんリーナの素顔も素敵なんだけどね」

 ディルクは先ほどのリーナの姿を思い浮かべては、だらしない笑顔を見せている。

『はい、はい。惚気は聞き飽きたんだけど』

 なぜこんな話になっているのか、ヴァルターには理解できない。


 ディルクの言葉を聞いたマリオンが悩んでいる間に、エルゼは母に拉致され別棟に連れて行かれた。


「美しい黒髪ですね。大人っぽくて羨ましいです」

 別棟で待っていたリーナは、新たに連れて来られたエルゼをマリオンの婚約者と母から紹介された。マリオンより五歳も年上であることに驚いたが、挨拶すると頬を染めるエルゼが可愛らしくて、リーナもエルゼ変身に参戦することにした。



「マリオン、エリゼさんを見てどう思う?」

 やっと着替えが終わり、母に連れられてエルゼが応接室に戻ってきた。そして、母が胸を張ってエルゼを披露している。

 紫のドレスをまとったエルゼは、上品な中にも色気がある美しい令嬢へと生まれ変わっていた。

「そ、それは、とても美しいと思います」

 初恋の女性がとても美しい女性だったことに嬉しさを感じつつ、目を合わせるのも恥ずかしく、マリオンは頬を真っ赤に染めて俯いている。



 ハルフォーフ家でそんなほのぼのとした団らんが繰り広げられている頃、エルゼの元婚約者だったヘルムートは、新しい婚約者の父親であるウェラー侯爵に呼びつけられていた。

 楽しい話ではないだろうと思うと、彼の足は重い。


 ヘルムートの叔父ロビンはシェーンベルク侯爵の一人娘に婿入りをしていた。その後夫人が亡くなったのでそのままシェーンベルク侯爵を継いで、前侯爵と同じ産業局長の要職にも就いている。

 身分の低い女性とすぐに再婚して娘もがいるが、前の夫人が亡くなって半年後に産まれたため世間では色々言われていた。そのことを哀れに思ったのか、シェーンベルク侯爵夫妻は娘をかなり甘やかせて育てていた。

 その娘ロミルダがヘルムートの頭痛の種になっている。


 ロビンは前夫人殺害の容疑で司法局に拘束されていて、ヘルムートの両親であるグローマン伯爵夫妻がロミルダを預かっているのだが、あまりの傍若無人ぶりに音を上げ、ヘルムートにお守りを押しつけたのだ。


 高価なドレスや宝飾品を買えや夜会に連れて行けとうるさいロミルダに辟易しながらも、ヘルムートは従妹なので仕方なしに面倒を見ていた。

 そんな中ウェラー侯爵に呼ばれたのだ。ヘルムートは叔父のことだろうと予測はついていた。


 ヘルムートが通された応接室では、渋い顔のウェラー侯爵と、涙の跡が残る目を腫らした婚約者のアマーリアが待っていた。

「まだ正式に公表はされていないが、ロビンが妻を殺し、前シェーンベルク侯爵夫妻を死に追いやり、爵位と産業局長の地位を不当に奪ったことは疑いようがない。私はこの耳でロビンの自白を聞いたのだから。法の番人である我がウェラー家に犯罪者の身内を入れることはできない。よって、娘との婚約は破棄させてもらう」

 ヘルムートにとってウェラー侯爵の話は想定の範囲内だった。しかし、ウェラー侯爵は娘に甘い。アマーリアが婚約の継続を望むならば、勝算は十分にあると考えていた。

「しかし、アマーリアさんのためにも、こんな時期に婚約破棄は避けた方がよろしいかと思いますが。叔父はグローマン伯爵家から抹消してもらいますので、今後ウェラー侯爵閣下にご迷惑をおかけすることはないと断言できます」

 ここでアマーリアのお願いが入れば完璧だとヘルムートは計算していた。


「ヘルムート様、最近婚約者の私を放っておいて、従妹のロミルダ様と仲良くしているそうですね。とても美しい方だと聞いております。さすが、奥様がいる方と交際するような女性の娘ですよね。しかも、父親は妻殺し。私が社交界でどのように噂されているかご存知? 婚約者を奪われた哀れな女ですって。冗談ではないわ! 貴方なんて、こちらから願い下げよ!」

 一気にまくし立てて気が済んだのか、アマーリアは淑女と思えない勢いで立ち上がると、大股で部屋を出ていった。


「あの、ロミルダの件は父から押しつけられて仕方なく面倒を見ていただけで、私の意思ではないのです。ロミルダには従妹以上の感情は全く抱いておりません。私の想いはアマーリアさんただ一人に捧げております」

 言い訳を始めたヘルムートをウェラー侯爵は手で制止した。

「あの娘と一緒に夜会へ行ったのは不味かったな。今後アマーリアが許すと思えないので、この話はこれまで。そちらの瑕疵による婚約破棄だが、賠償金は免除としよう」

 取り付く島もなくウェラー侯爵は部屋を出ていく。

 ヘルムートは婚約破棄を受け入れるしかなかった。

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