16.領主の威厳
「とにかく、皆落ち着け。そして、ヴァルターはよく聞け。ニコラ嬢は十二年前行方不明になったゲルティの妹君だ。あの男は犯罪組織『漆黒の鷲』の幹部で、騎士団の手入れを受けた時手負いで逃げ出した。その逃亡途中で出会った五歳のニコラ嬢がゲルティから得た知識で傷の手当をしたらしいのだが、あの男は恩人であるニコラ嬢を口封じと人質にするために誘拐したのだ。下衆にも程がある」
騒然とした場を収めたのは将軍であるディルクだった。彼は睨みながらニコラの義父と名乗る男を指さしている。
「何だって! ゲルティ殿の妹?」
驚いたヴァルターはニコラとゲルティの顔を交互に見比べた。今まで気づかなかったが、確かに似ていると彼は納得する。
「何という恥知らずな男だ」
赤の他人のヴァルターでさえ、たった五歳の少女を利己的な理由で連れ去った男に殺意を抱くぐらいだ。ゲルティが男を殺そうとしたことは当然だとヴァルターは感じた。
ゲルティは妹を殺したとのは自分だと思い込み、ディルクに殉じようとまで思いつめていた。彼の妹を誘拐した男をおいそれとは許せるはずもない。
「ニコラ、退いてくれ。そんな男を庇う必要はない。元々騎士団に追われるような犯罪者だ。捕まれば死刑になる覚悟ぐらい持っているだろう。その上、ニコラを誘拐するという罪を更に重ねている。生かしておくことはできない。本当は八つ裂きにしても気は収まらないが、ニコラが願うのならば苦しませずに一太刀で殺してやる」
剣を握ったゲルティは、義父の前で手を広げて立っているニコラに懇願するように言った。
「嫌です。お父さんを殺したりしないでください」
少女が駄々をこねるように首を何度も横に振るニコラ。その様子にゲルティは更に苛立つ。
「この男を助けることなどできない。死刑は確定だ。だから、この手で殺してやりたいんだ。私が死ぬ前にこの憎い男の始末を付けさせてくれ。お願いだ」
説得するようにニコラを言った後、ゲルディはディルクの方を向き言葉を続けた。
「閣下、ニコラが閣下の命を狙った罪はこの男と私とで担います。ニコラを誘拐したこの男と、探していたニコラから隠れてしまった私が全て悪いのです。どうか、ニコラの命はだけは助けてください。お願いです」
ゲルティはディルクに深々と頭を下げた。
「将軍閣下を狙ったのはわたしですから、お父さんもお兄様も関係ありません」
ニコラは兄の言葉に驚いて叫んだ。思っていたより状況は悪くなる。このままでは義父だけではなく、やっと会えた兄をも失うことになるかもしれない。
「ニコラ嬢が我が命を狙ったという事実はない。彼女は我々に助けを求めただけだ。そうだろう? ヴァルター」
ディルクはまだ驚いて硬直しているヴァルターを見ながらそう言った。
「しかし兄上、彼女は弓を仕込んだ人形を持っていました」
「弓など誰も見ていない。彼女は人形を抱いていただけだ。罪になるはずはない」
将軍であるディルクにそう言い切られてしまうと、ヴァルターには反論できるはずもない。
「兄上の言う通りです。ニコラ嬢は兄上に陳情するためあの場に座っていただけです」
ヴァルターもやっと見つけたゲルティの妹を殺したいと思わなかったので、人形に仕込んだ弓を見なかったことにした。
「将軍閣下、ありがとうございます。これで、父も兄も死ななくてもいいですよね」
安心したように笑顔を見せるニコラ。しかし、ゲルティの顔は曇る。
「この男のことなど父と呼ぶな! ニコラの父はただ一人。この国のために戦い、カラタユートの卑劣な謀略に倒れた軍医の父だけだ。この男の罪はあまりに重い。そして、私は脱走を企てた。死刑以外はありえない」
「そ、そんな。ヴァルターさん、お兄様は脱走なんてしていませんよね」
ニコラは先程のようにヴァルターが誤魔化してくれるのではないかと期待した。
「脱走は重罪だから」
しかし、ヴァルターは小さく首を横に振るしかできなかった。最強部隊の規律を維持するためには、脱走をなかったことにはできないと彼は考えている。
「ディルク兄様、この者たちへの罰を僕が決めていいですか?」
そう訊いたのは、ハルフォーフ家の四男でこの領地の新しい領主であるマリオンだった。
代官邸に居座っていたカラタユート兵の残党たちを全て捕まえたと聞いたので、この場にやってきていたのだった。
「もちろんだ。この地の領主はペーターゼン子爵であるマリオンなのだから。我々は君の裁定に従おう」
鷹揚に頷くディルクは、マリオンの成長がとても嬉しい。
「お前の名前は?」
マリオンはニコラの義父を睨みながらそう訊いた。本人は領主としての威厳を出したかったが、マリオンは天使のような美少年なので、睨んでも可愛いと皆に思われていた。
「ブルーノ」
死刑を覚悟している男は嘘を重ねるつもりはない。ためらわず真実の名を口にした。
「この地は元々貧しく、その上カラタユート兵に搾取されていため、絶対的に食料が不足している。畑を耕し、水を汲み、森で獣を狩る労働力が必要なのだ。そこで、ブルーノよ。あのカラタユート兵たちを監視して働かせろ。『漆黒の鷲』の幹部だったのならば、あのような小物を使いこなすことに慣れているだろう? もちろん、あの男たちが逃走したり、領民を傷つけるようなことがあれば、連帯責任で全て死刑とする」
声変わり中のマリオンは少しかすれた声でそう言った。本人が期待したほど威厳はなかったが、内容は納得できるものだったので、ディルクも嬉しそうにしている。
「温情をありがとうございます。新しい領主閣下の命に従い、あの者たちにできる限りの労働をさせてみせましょう。『漆黒の鷲』のブルーノの名にかけて、ここに誓います」
死を覚悟していたブルーノは、これでニコラを悲しませることがなくなったと安心した。そして、自分たちを受け入れてくれたこの地の人たちのためにも、奪略した食料や酒を飲み食いして血色の良いカラタユート兵たちを死ぬほどこき使ってやると決意していた。
「それから、ゲルティ殿には掃討の時間を利用して、森で薬草を探してくれるように僕が頼んだんだ。この地には薬も医師も不足しているはずだから。そうでしょう? ゲルティ殿」
にっこりと天使のように微笑むマリオンに、ゲルティは逆らうことはできない。
「そうだった」
この荒れた領地には確かに薬も医師も不足しているだろう。簡単に死ぬより医師としてこの地に貢献する方が贖罪になるのではないかとゲルティは思い始めていた。
「あと、ニコラ嬢はゲルティ殿の手伝いをお願いできないだろうか? 五歳で治療行為を行った貴女ならば、医師の助手ぐらい可能だと思うけれど」
「もちろんです。皆さんのお役に立てるのなら本当に嬉しい。領主閣下、本当にありがとうございます」
ニコラがそう礼を言うと、満足そうにマリオンは頷いた。




