14.降伏
「これより代官邸へ突入する」
ディルクが手を代官邸に向かって振り、塀に向かって馬を走らせた。塀の前で馬を止めたディルクは、馬の背に乗ってそのまま飛び上がり軽々と塀を越えた。
随分と大柄なディルクだが身は思った以上に軽い。難なく屋敷の敷地内に着地したディルクは、門扉を閉ざすために差し渡されていた鉄棒を引き抜き、門を開け放った。
最強部隊の騎士たちは次々と門の中へ入ってくる。
ディルクは手に剣と盾を持ち玄関に向かって走り始めていた。
すると玄関がゆっくりと開く。
そして、中から両手を挙げた男たちが出てきた。
「俺たちは、お前とやりあうほど馬鹿ではない。ブランデスの騎士団は抵抗しない者を殺さない主義だったよな。降参するから、正当な裁判を要求する」
先頭に立って玄関から出てきた頭目は、ディルクと交戦して死ぬより降参して生き残る道を選んだ。
「領地内のことなので、新しい領主がお前たちの刑罰を裁定をすることになる。それでいいな。これまでの罪によっては死刑もあり得るぞ」
ディルクは油断なく頭目に近づき、両手を拘束しながら素早く縄を打った。
「ああ。それでいい」
ディルクの鮮やかな手腕に、頭目は諦めたようにそう言う。
他の構成員も戦意をすっかり失っており、おとなしく縄についた。
縛られた者を庭の一箇所に集め、騎士を十名監視に残す。
ディルクは屋内に残党がいないか調べることにし、最強部隊と共に邸内に入った。
邸内は静まり返っていた。事前調査では代官邸を占拠している者たちは五十人ほどだと報告されていた。そして、降参してきた男たちは四十七名。おそらく残党はいないと思われるが、ディルクたちは罠や奇襲に備えながら全ての部屋を確認していく。
いくつもの部屋を確認したが、人はおらず罠も仕掛けられていなかった。
そこは使用人部屋らしい小さな部屋だった。
やっと人を見つけたディルクたちはゆっくりと近づいていく。
その部屋には手足を縛られ猿ぐつわをされた中年の男が転がされている。彼の上半身の服は破られており、むき出しになった背中には大きな黒い鷲が刺青されていた。
「漆黒の鷲の幹部か?」
最強部隊の中で一番年上の騎士が男を見てそう訊く。このような刺青を入れている者は漆黒の鷲の一員に違いなかった。
「漆黒の鷲?」
聞き慣れない言葉にディルクが聞き返した。
「十五年ほど前に国内を荒らし回っていた窃盗団の名前です。団員は上に行くに従って黒い鷲の一部を刺青していくのですが、完成した大鷲を背負う者は幹部だけです。十年以上前に壊滅させたはずなのですが、生き残りがいたようです」
ディルクが男に近寄って猿ぐつわを外した。その途端男が口を開く。
「娘を助けてくれ。娘のニコラが彼奴等に連れて行かれた。お願いだ、俺は死刑になっても構わない。娘だけは助けてくれ」
男は懇願するように額を床につけた。手足を縛られていなければディルクの足に縋っただろう。
「その娘は弓を仕込んだ人形を使って閣下の命を狙った女か」
人の声がしたので騎士が集まってきていた。その中の一人が男に確認をする。
「彼奴等が無理やりやらせたんだ。俺を助けるためにニコラはそんなことした。ニコラに罪はない」
「その娘は実の子か?」
年長の騎士が再び男に問う。ニコラという名に覚えがあった。十二年前に必死で捜索した子どもの名前だからだ。
男は諦めたように首を横に振った。
「十二年前、怪我をしている俺を五歳のニコラは治療してくれた。傷の上をリボンで縛って傷に薬草の汁を塗ってくれたんだ。ニコラがいなければ俺はあの時死んでいた。しかし、騎士に追われていた俺はニコラを人質にしようと思って誘拐してしまった」
質問をした騎士はため息をついた。
「命の恩人を誘拐したのか!」
ディルクが吠えた。まだ五歳の女の子を人質にしたとは、とても許せないと彼は思う。
「お願いだ。娘を、ニコラを助けてくれ。俺が騎士団がこの地へ来ると知ってここから逃げ出そうとしたから、彼奴等に捕まってしまった。俺が素直に騎士団に捕まっていればこんなことにならなかった」
男は同じ言葉を繰り返すだけだった。自分の酷い所業など十分わかっている。恩人である娘の人生を無茶苦茶にしてしまった。その後悔を抱きながら今まで生きてきた。
「ニコラとは、十二年前行方不明になったゲルティ殿の妹の名だ。残された血痕が多く、五歳のニコラは生きていないと思われていたが、この男の血だったのか」
年長の騎士は唇を噛む。ニコラが重傷であると考えた騎士団は、王都を中心に捜索していた。あれ程の血を流した五歳児を生きて王都外へ連れ出すことはできないだろうと思い込んでいたのだ。
あの血が誘拐犯人のものだとの考えに至っていれば、王都外にも捜索の手を伸ばしたかもしれない。悔やんでもくやみきれないと思った。
「どんな理由であれ、閣下の命を狙った者を生かしてはおけない!」
一人の騎士が叫ぶ。
「その女が我が命を狙った事実などない。彼女は助けてくれと言っただけだ。そうだな」
ディルクが騎士の皆を睨めつけて黙らせる。確かにディルクに向けて弓を引く前にニコラをヴァルターが止めたので、誰も彼女がディルクの命を狙ったと断定できない。
「とにかく早くニコラを保護しよう。ヴァルターとゲルティが拷問をする前に」
ディルクは後ろの騎士命じた。三人の騎士は素早く部屋を出ていく。
「峠には木も生えていない不毛の地だ。この森で栄養価が高くて日持ちがする木の実や薬草を採取して、数日の食料を確保しておかなければならない。だから、少しここで待っていてほしい。猛獣はいないと思うけれど、これを持っていて」
ゲルティがニコラに渡したのは松明だった。焚き火をすればより安全だが、煙が上がるのですぐに居場所が判明してしまう。小さな火の松明ならばそれほど煙が上がらないとゲルティは考えた。
ゲルティが森の奥に消えたのを確認したニコラは、松明を掲げたまま森の入口を目指した。とにかくゲルティだけは騎士団に帰さなければと必死で歩いた。
追手には自分がゲルティを脅して連れ出させたと伝えれば、彼の罪はそれほど重くならないと彼女は考えていた。
「止まれ!」
そう命じたのは、ニコラの持っている松明から上がる微かな煙を目出してやってきたヴァルターだった。森の入り口で馬を降りて、徒歩で森の中を探していた。
驚いて停止してしまうニコラ。
ヴァルターは素早くニコラの手を縄で縛り猿ぐつわをはめる。
『女は預かった。戻ってこい』
ヴァルターは紙にそう書き付けて、短剣で近くの木に貼り付けた。
それからニコラを荷物のように肩に担いでバルターは馬の方角を目指す。
「よくもゲルティを誑かせてくれたな。あの冷静な男をどうやって魅了したんだ?」
ヴァルターは激怒していた。ゲルティを誑かしたニコルにも、女のために騎士団から逃亡したゲルティにも。




