12.代官邸奪還【改稿済み】
「司令官が派手な格好をして先頭を走っているんだから、この国の奴等は本当に馬鹿だよな。狙ってくれと言っているようなものだ」
「全くですよ、お頭。しかも女にめちゃくちゃ甘いですからね。騎士道とかに酔っている馬鹿ばっかりだ」
「どうせこんな田舎の小さな領地へやってくる奴等だ。下っ端に違いありませんぜ。ちょっと脅せば逃げ帰るに決まっている」
三階建ての代官邸の最上階、その中央にある代官執務室で犯罪組織の頭目と幹部たちが笑い合っていた。
約二年前、カラタユートの敗北が決定的になった頃、数十人のカラタユート兵士たちが軍を脱走した。彼らは国境の山場に住み着き山賊になっていた。そんな彼らは、三ヶ月ほど前にこの地方の領主が国家転覆の罪で処刑され、領地を任されていた代官が逃げ出したことを知り、無人になっていた代官邸に住み着いていたのだった。
領地を守る兵士も大半が逃げ出しおり、大した抵抗もなく町を制圧することができた。
元の代官が領民から搾取して私腹を肥やしていたこともあり、誰が上になっても貧しい暮らしは変わらないと、領地の住民は諦めきっている。
「しかし、前の代官が悪い奴で良かったよな。俺ら、英雄みたいに言われているぜ」
「今度の領主は子どもらしいからな。町や村の奴等もそんな子どもよりお頭の方を頼りにするはずです」
彼らは元山賊であり、略奪者であることには変わりない。英雄と思われているようなことは決してないが、金を生む機械のように領民を扱っていた前代官に比べると比較的ましだと領民が感じているのも事実だ。
食い物と酒と女を差し出せば、おとなしくしている。領民にとって、彼らの欲望は理解できるものであった。カラタユートの脱走兵たちもまた、戦争が始まってから徴兵されただけの貧しい暮らしをしてきた庶民であったので、想像できないような贅沢は求めようがなかっただけだが、その価格も価値もわからない宝飾品のために搾取されるよりある種納得できたのかもしれない。
代官邸に集う者たちは余裕であった。隣の領地まで行った仲間が、新しい領主には子どもが就任したと調べてきた。貴族の子弟に新たな爵位と形だけの領地を与えた格好で、税収もたいして見込めないこのような小さな領地に固執するはずないと彼らは考えていた。新しい代官が来るかもしれないが、その男を脅すことで今まで通りの暮らしができるだろうと踏んでいた。命の危険を顧みず、自分たちと戦うような気概のある代官は来ないだろうと。
そんなお子様領主が騎士を引き連れてやって来るとの情報を得たが、お子様領主などこの領地の現状を知れば逃げ帰るに違いないと楽観していた。
しかし、騎士との戦闘になるのも馬鹿らしいので、農民の娘に司令官を殺させようとしたのだった。
「あの男、あんな娘を隠してやがって。使い捨ての人形使いにするにはちょっともったいなかったな」
「生き残っていたら、俺らの自由にさせてもらおうか」
執務室には再び男たちの野卑な笑い声が響いた。
「お頭、大変だ! 騎士の奴等が館の前にやって来た」
執務室に手下の男が大慌てで飛び込んできた。
「そんなに慌てるな。あの女が必ず成功するとは考えていなかったからな。予定通り相手してやれ。ちょっと脅せば帰っていく」
頭目は少し残念そうにしていたが、失敗を想定しなかったわけではない。
「そ、それが、先頭の奴は青緑の甲冑を身に着けているんです」
「何だと! まさか青碧の闘神が出張ってきているのか。この大国の将軍が、こんな些末な領地のために?」
頭目は信じられないことを聞いてしまって、目を見開いた。
「この人数じゃ絶対勝てない」
「無理だ。あいつとやり合うなんて」
「偽者ではないのか?」
「この国であの色の甲冑をまとえるのはあの男だけだ。大陸最強の武神というのは嘘じゃない」
頭目は戦争時最前線で戦っていた。当然ブランデスの最前線で戦い続けたディルクのことを知っている。そして、彼の様々な伝説が決して嘘ではないことも間近に見ていたからこそ知っていた。
「あいつは人ではない」
頭目は真っ青な顔になり、震え始めた。
一方、代官邸前には、ディルクを先頭に騎士たちが終結していた。
「情報では屋敷内に五十人ほどいるらしい。町の人々を人質に取られたりしたら面倒だ。一人も逃がすな。しかし、出来る限り血を流さないように制圧しろ」
ディルクは馬から降りて騎士たちに語りかけた。
「カラタユートの残兵らしいとの情報がありますが、殺さないのですか?」
一歩前に出た副官が疑問を口にする。カラタユート兵はブランデス国内だけでなく、各地で残酷な行いをしてきている。敗戦が濃厚となった頃にはカラタユート国内の町や村でさえ襲撃して略奪行為をしていた。カラタユートがブランデスに敗れた時、国民の多くは安堵したという。
「この館をしばらく領主邸とする予定だ。騎士見習いのマリオンはともかく、エルゼ嬢や侍女殿のためにも、なるべく血で汚すことなく手に入れたい」
「了解しました」
副官はディルクの説明に納得して、元の位置に戻った。
「どんな卑怯な手を使ってくるかもわからない。必ず三人一組で行動するように。優先すべきは自らの命である。身が危険にさらされた時はためらわず相手を斬れ」
ディルクは剣と盾を掲げてみせた。闘神と呼ばれる将軍自らが先陣を切るためだ。騎士たちの低い鬨の声が響く。最強部隊に選ばれた彼たちに恐れるものなど何もない。
屋敷から少し離れた場所に馬車が三台停められている。一台は荷馬車。一台は空の乗用馬車。最後の一台にマリオンとエルゼ、そして、道中は別の馬車だった侍女二人が乗っていた。
「エルゼさん、安心して。貴女は僕が絶対に守るから」
何時になく精悍な顔をしたマリオンが、隣に座ったエルゼを元気づけるように彼女の手を取る。
「マリオンさんと一緒ですもの。怖いことなんて何もないわ」
エルゼは暴漢から守ってくれた勇敢なマリオンに全幅の信頼を寄せていた。彼女はそっとマリオンの手を握り返した。マリオンの耳たぶがほんのりと赤くなっていく。そんな彼を見て、エルゼもまた頬を染めた。
「まぁ。お似合いですわね」
二人の侍女は顔を見合わせて、微笑ましそうに二人の様子を見ている。
同行した侍女たちは二人とも戦争寡婦である。騎士の夫が戦争で亡くなり途方に暮れていたところを、ハルフォーフ家の侍女として雇われ無事子どもたちを独立させることができた。
その恩に報いるため、二人は危険を承知でマリオンとエルゼに付き従うことを決めたのだ。
「ウァン」
自分のことを忘れるなとでも言うように、エルゼの足元でギーナが吠える。彼も主人であるエルゼを守るため、辺りを警戒していた。ギーナは同行の騎士たちの匂いを全て覚えている。記憶にない匂いが近づけばすぐにわかだろう。少なくとも不意を突かれる心配はないとマリオンは考えている。
「よろしく頼む」
マリオンは頼もしい相棒の頭を撫でた。ギーナもまたエルゼの勇敢な騎士なのだ。
「キューン」
ギーナはマリオンの想いに答える。
「可愛い!」
天使のようなマリオンと中型犬のギーナの触れ合いがとても可愛らしく、侍女の二人は緊張の場面であるにも拘らず、身悶えしそうになっていた。




