11.娘の正体【改稿済み】
「この武器で本当に人が死なないと思っているのならば、私が試してやる」
ヴァルターは自動発射の小型弓を地面に座り込んでいる娘に向けた。
怯えるようにヴァルターを見上げた娘は、ヴァルターの怒りを感じ取り、瞼を閉じて下を向く。地に着けた両手が震えていて嗚咽をこらえるように歯を食いしばっていた。
ヴァルターが無表情のまま矢を止めているレバーを押した。
勢いよく発射された矢は、娘の足をかすめてスカートをめくり上げるように貫き、深く地面に突き刺さった。
「これでも殺意はなかったと言うのか?」
娘は膝まで脚を露出してしまっていたが、矢羽近くまで埋まりそうになっている矢を見て、脚のことまで考えが至らず呆然と座っていた。
さらされた娘の膝の横には、爪くらいの大きさの赤い痣が二つ見えた。まるで花びらを散らしたように赤く染まっている。
目を見開いたゲルディがそれをじっと見つめていた。
「ゲルディ殿? 女の脚がそれほど珍しいのか? 苦痛を与えるような拷問は認めるけれど、女性を辱めるような拷問は駄目だからな。私たちは兄の最強部隊に一員なので、後で兄を苦しめるような行いは謹んで欲しい」
女の口は割りたいが、ディルクが知れば苦しむようなことはしたくないとヴァルターは思う。
しかし、娘はヴァルターの言葉の『苦痛を与える拷問』という部分しか聞いていなかった。何をされるのだろうと恐れ、彼女の顔は真っ青に変わり、体は細かく震えている。
「先頭の人を、脅して、追い返さないと、父さんが、殺されてしまうから」
娘の言葉は嗚咽で途切れ途切れになっている。それをヴァルターは冷めた目で見つめていた。
「父親はどこにいる?」
ヴァルターが問い詰める。
「お館に、連れて行かれた」
「なるほど。兄ならば信じたかもしれないな。残念だが、私たちはカラタユートの刺客相手に騎士道を守るほどお人好しではない」
ヴァルターは娘から目を離さないまま剣を引き抜いた。
「ヴァルター殿、代官邸に居座っているのはカラタユートの残兵だった奴等かもしれないと、まずは閣下に伝えようよ。彼奴等は卑怯な手を使ってきそうだから」
剣で娘を脅し尋問を始めようとしたヴァルターをゲルディが止めた。
「しかし、この女はどうする?」
「僕が連れて行くから」
ゲルディはそう言って、娘のスカートを貫いている矢を抜こうとしたが、矢は深く突き刺さっているので抜くことはできない。
「いや、私が連れて行く。私は騎士だから娘が暴れても対処できるから」
ヴァルターは剣で娘のスカートを切り裂き矢から外すと、懐から布を取り出し、娘が舌を噛まないように丸めて口に突っ込み、娘の手首を後ろでまとめて縄で縛った。
「さすがに手際いいね」
ゲルディはそれ以上反対しなかった。
座り込んでいる娘を軽々と横抱きにしたヴァルターは、娘を馬に横座りさせて、自分は後ろに乗った。
「どんな理由があろうとも、我が国の将軍の命を狙った以上、お前は重罪人だ。死罪以外はありえないからな。覚悟しておけ」
ヴァルターがそう言うと、娘の目から涙がこぼれた。猿轡をされているので嗚咽は漏れることはないが、泣いていることはわかる。哀れを誘う様子だが、騙されては駄目だと、ヴァルターはもう一度己に言い聞かせていた。
ゲルディはそんな二人をじっと見つめている。
ヴァルターと娘が乗った馬が走り出す。ゲルディの馬も後に続いた。
緩やかな坂の上に旧代官の館があった。
屋敷のかなり手前で三台の馬車が止まっており、十人ほどの騎士が護衛として周辺を取り囲んでいる。
他の騎士たちはディルクと共に旧代官邸前に集結していた。
「ヴァルター殿、閣下に知らせてきてくれ。僕はこの女から話を訊いておくから」
馬を降りたゲルディは、ヴァルターの馬から娘を降ろした。
「わかった。その娘を絶対に逃がすなよ」
ヴァルターはそう言い残して、馬を駆けさせた。
ゲルディは馬を木に繋いでから、娘の手を縛っている縄を解いた。そして、猿轡も外す。
「こっちへ」
ゲルディは娘の腕を掴んで道の横に入る。ひどく怯えている娘は反抗することもできず素直に従っている。
しばらく歩いていると、ゲルディは大きな岩の陰になり旧代官邸からは姿が見えなくなる岩場を見つけ、娘を岩に座らせる。
「名前は?」
「ニコラ」
娘はゲルディの問いに正直に答えた。
ゲルディは何かを考えている。
「お前の父親は?」
「名はブルーノ。農夫なの」
二コラの言葉に嘘はない。父親と二人でこの地方にやって来た時、親切な農家に雇ってもらって、今まで農作業を手伝って生きてきた。その時まだ五歳だった二コラは、それまで父親が何をしていたのかは知らない。
「ブルーノという男は、お前の実の父親か?」
ニコラは首を横に振った。ニコラが重罪であるのであれば、本当のことを言った方がブルーノに累が及ばないのではと考えた。
「父と出会ったのは私が五歳くらいの時らしいの。私はあまり覚えていないけれど、父はその時腕にひどい怪我をしていて、私はリボンで腕を縛って、葉っぱを採って傷につけたんだって。父は追われていたらしくて、追手がやって来たから、父は私を抱いて逃げ出したそうよ」
ゲルディは十二年前のことを思い出していた。
裏門の横には小さな花壇が作ってあって、ゲルディは傷に効く薬草を育てていた。怪我した時は髪をまとめているリボンで傷の上を縛れば血が止まると、五歳の妹に教えたのもゲルディだった。医術を学び始めたばかりで、知ったことを誰かに教えたくてしかたがなかったからよく覚えている。
妹はいつも『にいさま、すごい!』と嬉しそうに聞いてくれた。
ゲルディの妹の名はニコラ。彼女の脇腹と膝横には特徴的な赤い痣がある。
「済まないが服を脱いでくれないか?」
ゲルディはニコラの脇腹にも赤い痣があるか確認したいと思った。もう間違いはないと思うが、確証が欲しい。
ニコラは拷問が始まるのではないかと、本気で怯えて頭を振っている。
一刻も早く妹である確証を得たいと焦れたゲルディは、彼女が着ている安物のワンピースの腹の部分を両手で持ち、ボタンを引きちぎろうとした。
ゲルディが力を入れるとボタンが二つほど外れてしまう。
「いやー」
ニコルは悲鳴を上げた。
「ゲルディ殿、止めろ! そのような拷問は禁止したはずだ。命令違反だぞ」
マントを肩から外しながらヴァルターが現れ、ニコルにマントをかけてやる。彼女は涙を流して泣いていた。
「ち、違うんだ。誤解だ」
言い訳をしようとするゲルディ。
「静かにしろ。旧代官邸の掃討が始まったので、私はゲルディ殿と見つからないように避難しておけと命じられた。ここでしばらく待っているぞ」
ヴァルターは掃討作戦に参加できないことが悔しくて、唇を噛みながら旧代官邸の方向を見ている。




