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10.ペーターゼン子爵領へ【改稿済み】

 荷運び役の騎士十人と一緒に町に出たヴァルターは、まず大型の荷馬車を手に入れた。大量の荷物を載せることが可能で、水を弾く皮革製の覆いがあり風雨から荷物を守ることができる。馬は騎士が乗ってきたものを繋ぎ、その騎士が御者を務めることになった。


 物資を大量に買い付けたことにより品薄状態になったり価格が急上昇したりして、町の住民に迷惑をかけることは避けなければならない。ヴァルターはこの町の流通量と価格を調べ、複数の店から砂糖と塩、そして、小麦粉を購入していく。ディルクが予想した通り、ヴァルターは店の店員を威圧することはなく、それでいて舐められることもない。


 情報収集もヴァルターの任務なので、買い物のついでにペーターゼン子爵領について聞いてみても、代官が逃げ出した後は犯罪組織が牛耳っていて、その組織が代官の館を根城にしていることくらいしかわからない。

 この町とペーターゼン子爵領の間は険しい山が隔てているので、元々殆ど交流がなかった上に、荒れていると噂されているので商人も訪れることが少ない。

 目的のもの以外に細々とした物品を購入し、夕方に宿へ戻ったヴァルターはその旨を皆に報告した。


「ヴァルター様。本当にありがとうございます。これで領地の子どもたちが助かるかもしれません」

「ヴァルター兄様、僕からも礼を言うよ。本当にありがとう」

 大量の砂糖や塩を満載した荷馬車を確認したエルゼとマリオンは、嬉しそうに顔を見合わせている。それを見たヴァルターは、女性に対する考えを改めなければならないと感じていた。


 長兄のディルクの妻リーナはディルクに甘く、とりあえず全てを肯定する。父の死以来自己否定し続けてきたディルクにとって、本当に必要な女性であるとヴァルターは思う。

 末の弟であるマリオンの婚約者エルゼは、心優しい素朴な娘である。年若いマリオンに包み込むような愛情と、騎士への尊敬を示している。困難な地域の領主となるマリオンにとって、彼女は最適の妻となるだろう。

 次兄のツェーザルの想い人リタは、店を経営するような貴族らしくない女性である。良くも悪くも型にはまったツェーザルにとって、聡明で行動力のある彼女はお互いを補完するような妻になるのではないかとヴァルターは感じている。

 それぞれ、半身ともいえる伴侶を見つけたのだ。

 だが、自分には誰もいない。そう思うとヴァルターは少し寂しくなった。



 翌日の早朝宿を出発した一行は、その日の昼過ぎにペーターゼン子爵領に入ることができた。

 ウェイランド侯爵領との境となっている山道は、大型の荷馬車がどうにか通行できるほどの幅しかない。隊列は前後に広がってしまうので、襲撃される恐れがあると警戒していたが、予想に反して何事もなく通りすぎることができた。そして、扇状に広くなった場所に出る。

 これから二時間も走ると領内唯一の町へと着く。その近くに代官邸が建っている。領内に散らばる三つの村はそれより奥にあった。


 代官が逃げ出し空き家となった館は犯罪組織の根城に使われているとの情報があり、その輩たちを掃討して仮の領主館とすることが当面の目標である。


 見晴らしの良い草原に石畳みの道が続いており、ディルクを先頭に一行は旧代官邸へ馬を進めていた。



「お願いです! この子を助けてください」

 馬車を含む一行の移動速度はそれほど早くはない。先頭を行くディルクに近づくのは赤子を抱いた若い女性。ディルクはその女を認めて速度を落とした。後に続く最強部隊も同じく速度を緩める。


「その子がどうかしたのか?」

 馬を停めて、心配そうに馬を降りようとするディルク。

「病気で死にそうなのです」

 女性の顔は蒼白で、声は微かに震えている。


「兄上! その女に近寄っては駄目だ!」

 突然ヴァルターが馬の速度を上げ、その女性の直ぐ側まで行き、素早く馬を降りて彼女が抱いている子を掴んだ。

「ヴァルター、何をする! 乱暴はよせ」

 ヴァルターの声を受け騎乗したままのディルクは、ヴァルターの行動に驚き非難の声を上げた。


「ゲルディ殿、来てくれ」

 珍しく怒っているディルクの言葉を無視して、ヴァルターは軍医のゲルディを呼んだ。

 娘に近づくゲルディが見たものは、赤子の人形だった。それを見たゲルディの顔色が変わる。

 ヴァルターもゲルディも、この人形に見覚えがあった。


「兄上は先を急いでくれ。この女と赤子はゲルディと私で何とかするから」

 ヴァルターはディルクに急ぐように告げる。

「わかった。僕は先に行くけど、護衛として三人ほど騎士を残していく」

 軍医が傍にいるのならば、赤子の治療に自分は必要ないと思ったディルクは旧代官邸へ急ぐことにした。日の出ているうちに代官邸を制圧しなければ、夜になると厄介だ。しかし、ヴァルターとゲルディのことも心配であった。


「戦力を分散させては駄目だ。掃討作戦は予定通り始めてほしい。私たちもすくに行くから心配ない。私だって騎士だから」

 最強部隊の中で守られていることを内心で自嘲しているヴァルターの気持ちを、ディルクは重々理解していた。これ以上彼の矜持を折る訳にはいかないと考えたディルクは、ヴァルターの言葉に従うことにした。


「ヴァルター、ゲルディ。絶対に無事に合流しろ。これは命令だからな」

 ディルクはそう言い残して颯爽と先頭を走り出す。最強部隊の皆も後に続く。しばらくすると蹄の音が聞こえなくなった。


 

「あの時、兄は殿(しんがり)を勤めていて、父が死んだ時のことを目撃していなかった。だが、私ははっきりと見ていた」

 前の将軍である父が死んだ時、十九歳のディルクは最後尾で戦っていた。しかし、十四歳のヴァルターは今と同じように父の傍で守られていた。ゲルディもまた、軍医見習いとして父の手伝いをしていた。


 赤子を抱いた数人の女が部隊に近づいてきた。彼女たちは敵国カラタユートから逃げ出した難民を装った暗殺者だったのだ。騎士道を重んじる前将軍と軍医だったゲルディの父が心配して近づいた時、矢が二人を貫く。

 ヴァルターとゲルディは、父親が何本もの矢を射られてゆっくりと倒れる様子を呆然と見ていた。



 ヴァルターは手に掴んだ人形を覆っている毛布を取り去る。そこにはレバーを引くことで矢を射ることが出来るように工夫した小さな弓が仕込まれていた。騎士道を重んじるブランデスにはない武器である。

 頭は赤子に似せて可愛らしく作ってあるが、体に武器を仕込んだ凶悪な人形だ。

「父を殺したのと同じ方法で、兄も殺そうとしたのか? 兄はこの国の平和の象徴だ。その兄を倒して再び戦乱の世にしたいと思っているのか! 何人もの罪なき人が殺され、女は乱暴され、子は飢えて苦しむ。そんな世をお前は望んでいるのか!」

 地面に座り込んで呆然としている娘に、ヴァルターは怒鳴りつけた。

 カラタユートはあらゆる卑怯な手を使った。非戦闘員が住んでいるブランデスの町や村を襲い、徹底的に奪略し破壊していった。

 

 ヴァルターはそんな血塗られた町や村を幾つも見てきている。

 たとえ若い女性だとしても、そのような残酷な世を望むならば、とても生かしておけないと思ったので、ヴァルターはディルクをここから去らせた。ディルクなら若い娘に温情をかけてしまうと思ったからだ。


「違う! ただ脅そうとしただけよ。見掛け倒しの腰抜け騎士ならば、怪我でもしたら逃げ帰ると思ったから」

 その女性はヴァルターを睨みながら、気丈に答えた。

「この武器で私の父は殺された。父はあの女たちを助けようとしたのに」

 睨み返すヴァルターは、悔しそうに歯を食いしばった。騎士道を貫いた偉大な父が、このような姑息な手で倒されたのだ。悔しくて人形を握りしめた手が震えている。


「僕の父もね。目の前で殺されたから間違えるはずはない」

 ゲルディも娘を睨んでいる。長年軍医を務めていた父に教わりたいことがまだまだ沢山あった。誰よりも父を尊敬していたのだ。

 あの時、自分が先に近寄っていれば良かったとずっと後悔していた。そうすれば、偉大な将軍と父は生き残って、妹を殺した罪人であるゲルディだけが死んでいた。


「誰に頼まれた! お前一人の思いつきではないだろう?」

 ヴァルターの問いにも、娘は唇を噛んで無言を貫いた。


「運良く兄を殺せたとしても、最強部隊からは絶対に逃げることなどできない。お前は使い捨てにされたんだ。命じた奴を庇う意味などない」

 ヴァルターは語気を強めるが、それでも娘は口を開かない。


「さっさと答えた方がいいと思うけどね。僕は軍医で、拷問が得意なんだよね。痛い思いはしたくないだろう?」

 ゲルディは酷薄な笑顔を見せた。

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