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アーバイン伯爵(3)

「ハハハハハハハハ。」


「な、なんで?」


 顔を青白くして俺の兄が膝から崩れ落ちている。いい気味だ。彼の脇にはプレゼントが箱に入っているようであるが、今さらそんな物では俺の心は動かされない。


「簡単なことですよ。お兄様、強さこそ全てとお父様に教わっただろ?あいつらが俺よりも弱いだけのこと。」


 俺の力で完膚なきまでにアーバイン一族を叩き潰した。これは俺がずっと前からやりたかったことだ。物凄く爽快だ。


 ちょうど魔族と戦争している最中だったので、あいつらに責任を擦り付ける。そして、アーバイン家の爵位は俺がもらう。全ては俺が勇者になるためだ。


「わざわざ辞めた使用人まで集めてくれて、ありがとうお兄さん。」


 魔族を撃退して、傭兵団はこの地を離れたが、俺は残った。復讐する算段を考えていたら、なんと俺の歓迎会を開くということで兄が屋敷の人間を集めたので、兄が用事で家を出ている間に全員生け捕りにした。行幸である。そして、屋敷の人間の脚をへし折り、服を剥いて、何度も鞭を叩きつけて、最後には火を放った。


 特にこいつの母親が息子を殺さないで欲しいと懇願する姿は滑稽であると同時に不愉快だった。


「どうした?お前の母上は今も屋敷の中にいるぞ?助けにいかないのか?」


 燃え崩れる屋敷の中から人びとの悲鳴が聞こえてくる。無理もないことだ。意識があるのに生きたまま火炙りになっているのだから。


「母さん!」


 俺の兄はたった一人、火の中に飛び込んでいった。運が良ければ母を助け出せるかもしれない。だが、それはそれで仕方ない。俺も見逃してやる。それよりも自分の手で救えなかった時が一番悲惨である。そっちに期待している。


 それにしても、あんな火の中に入ったら大火傷するだろうに、必死である。かつての俺は何度もあいつの母親に謝罪したが、ついぞ俺の母親をいじめるのをやめなかった。


「お、父上が馬でやって来ているではないか。」


 遠くから父上が屋敷に向かってきているのが見えた。後ろに何人か配下を引き連れている。数が少ないのは、王都で連合軍が編成されて、人員が流れているからだ。


 まるで、この世界が俺の復讐を祝福しているように思える。ついに、メインディッシュのご到着だ。


「お久しぶりです。お父上!」


「これはどういうことだ?」


 唖然とした顔をしておられる。これは貴方の教えの通りではないですか?


「強さこそ全て、そうだと思いませんか?」


 察しの悪い父上でもようやく理解したのか、顔が真っ赤に染まった。


「き、きさまか!許さんぞ!八つ裂きにしてやる!」


 後ろの私兵が俺に突撃してきたが、そいつらを瞬殺して、父上と相対することになった。父上の剣を俺は何年も見てきた。その癖も技も全て把握している。構えた瞬間から父上も俺に勝てないと悟っているようだ。


「この悪魔め!」


 いい攻撃だ。上段から剣を振り下ろしてきた。見事なまでに洗練されている。だが、俺に届かない。


「さよなら」


 刹那であり、実際に口にした訳ではない。俺は心の中で父に別れを告げた。


 ◇


 アーバイン伯爵の遺児として俺は爵位を引き継ぎ、連合軍の中で特攻隊長となった。勇者になるためにはまずは四聖剣を手に入れることが先決だとしり、血眼になって探し求めた。


 だが、俺が見つけることができないまま、五年以上が経過した。


 そして、ある日、俺は連合軍のトップを新たに務めることになった男と会った。前のトップが四天王の急襲で殺されてしまったので、ついに王国は隣国から切り札を要請した。


 そいつは勇者の末裔であり、隣国の公爵であるらしい。


「アーバイン伯爵、初めまして。私はペイルです。」


 美しい男だった。そして、同時に冷たい男だと感じた。こいつの目には勇者であることのプライドは感じられなかった。むしろ、無機質な機械と相対していると感じた。


 そして、ペイルの近くにいる三人の少年と少女。一目みただけで手練れと分かる。何人も腕の良い戦士を俺は見てきたが、その三人は別格で、特に体格の良い少年は稀代の器だった。


「ペイル卿、後ろの三人は何者ですか?」


「彼らは戦場で暴れていたのを私が拾いました。やはり、分かりますか?」


 随分と良い拾い物だ。勇者殿は運がとても良いらしい。


「ところでお前たちの名前を教えてもらって良いか?」


 すると、少年の一人が前に出て、名前を言った。


「俺の名前はー」


 ◇


 会場では高速の戦闘が続いており、両者は剣戟で言葉を交わし、周りの人々はその圧倒的な魔力の奔流に近づけず、会場の外から固唾を飲んで見守っていた。


 そして、会場の中で、戦いが終結へと向かおうとしていた。戦いを見ている者は誰もいなかったが、二人の実力差は歴然であり、明らかにアーバイン伯爵が押されている。伯爵が対峙しているのは巨大な悪魔の姿をした男であり、人間よりも遥かに強靭な体を持ち、強力な魔法と物理攻撃を誇る怪物である。


 そして、そんな強大な悪魔に必死で食らいつくアーバイン伯爵はまさに勇者であった。


(はあ、はあ、はあ、強いな)


 アーバイン伯爵の息は乱れており、動きも徐々に鈍くなって行っていた。身体中に傷を負っており、いつ致命傷を負っても不思議ではない。しかし、アーバイン伯爵にはまだ勝機はあった。


(しぶとい、とっととくたばれ。)


 嵐のような攻撃を加えられても、伯爵は紙一重で命を繋いだ。文字通り悪魔のようなアバシュラ族の男の魔法も爪も牙もアーバイン伯爵一人の命を刈り取るには至らなかった。


 伯爵の鍛え上げた神業の剣技こそがここまで彼を粘らせることができたのだ。


(悪魔合体だけではなかなか殺せんか。だが、)


 悪魔合体で崩せないことから内心、アバシュラ男は焦っていた。


(隙あり)


 そして、雑念で敵の反応が鈍ったのを伯爵は見逃さない。心臓に向けて突きだされた伯爵の太刀は吸い込まれるように悪魔の心臓に向かい、戦いに終止符を打つかに思われた。


 しかし、伯爵は浮かない顔をしている。似たような状況はこの数日の戦いで何度も繰り返されてきた。


(また、すり抜けたか。)


 アーバイン伯爵の振るう太刀筋は予測されて、避けられるのだが、いざ当たろうとした瞬間には敵の姿が消えて、空振りになってしまう。


(そんな攻撃は当たらん!お前の負けだ、伯爵。)


 敵にはまだ余裕があるのに対して、伯爵は全力だった。アーバイン伯爵は限界を越えて力を引き出したが、その卓越した剣も当たらなければ、意味がない。


 敵が消える不可思議な現象さえなければ勝てるのだ。そして、敵が消えたり、突然姿を現したり、一瞬で距離を詰めてくるといった、その不可思議な現象に伯爵は見覚えがあった。


(四天王ディバインの技か。)


 アーバイン伯爵も何度か戦場で剣を交わらせたことのある四天王の一人であるディバインも同様の技を使用していた。気づくのに時間がかかったのは能力発動のタイムラグも予備動作もディバインの技にはあったのに、目の前のアバシュラ族の男はノータイムで技を使用していたからだ。


 非常に厄介な能力である。ディバインは亜空間を形成し、体を転送することであらゆる物理攻撃を無効化してくる。倒すにはこちらを攻撃する際に実体化するのを狙うか、空間を引き裂くか、どちらかだ。


(うおおおおお!)


 小技は無用。叩き切る。


 上段から下に振り下ろされた渾身の力を込めた一撃は空間もろとも悪魔の体を引き裂き、二つの能力を同時に打ち破った。


(見事だ。)


 技が打ち破られたものの、いまだに目の前の敵は余裕だった。


(てめえを殺す。)


(ここまで強いとは思わなかったぞ、伯爵。認めよう、お前の力は四天王の力を超えている。だが、俺には届かない。)


 敵が高い再生能力で傷を癒せるのに対して、伯爵は既に満身創痍。この調子だと敗北は必至。加えて、他の四天王の力も使えるかもしれない。そして、こいつなら使えるはずだ。天才なのだから。


(悪魔合体と亜空間の二種類しか使ってないな。舐めてんのか?)


 この二つよりも高い火力を誇る、俺が倒した「あいつ」の技を見ていない。


(そんなわけない。貴様は強いよ。残りの二つはかなりの体力を使うし、最後に使うつもりだったんだ。それじゃあ、使わせてもらうよ!)


 奴の体を魔力の奔流が包み込み、パワーが大きくなっているのがひしひしと感じられる。


(来る!)


 そして、大きな力の奔流の中から、一匹の巨大な竜が現れた。四天王エプシロン、別名太陽竜(ソーラードラゴン)が目の前にいた。正確には敵の背後に見えると言った方が良いか。


(こいつはお前がかつて自分の私兵を犠牲にしてようやく活路を開いた最強の竜だ。その火力だけなら魔王を凌駕する!)


 そのブレスはあらゆる敵を滅ぼしてきた。黄金の竜が再び俺の前にいた。人びとの幻想により神にまで昇華した竜、それがエプシロン。


 多くの犠牲の果てに伯爵が止めを刺した竜だ。同時に、こいつよりも強い最後の四天王と魔王の存在をして、伯爵の夢を一度破壊した竜。


 今回は一人の力でこいつを倒す。いや、(アーバイン)狂戦士の剣(バーサーカーソード)の二人で倒すんだ。


 狂戦士の剣よ、今、目の前にお前を捨てた憎き元持ち主がいる。さあ、(アーバイン)と一緒にこいつに引導を渡すぞ!


 次の一撃で勝負が決まる。生憎、伯爵は満身創痍で最後の四天王と魔王の技を知らない。故にアバシュラ族の敵が未知の技を使う前に滅ぼし、は勇者となる。


(切り札を使わせてもらう。)


 狂戦士の剣が赤く発光し、その伯爵の体を包み込む。最強の技をもって敵を打ち砕く。


 狂化 最後の舞踏(ラスト・ロンド)


 狂戦士の剣は使用者の命をもってその真価を発揮する。その代わり、一度でも狂化した場合には二度ともとの姿には戻れない。


 伯爵の体が肥大化して、骨と血管が体を突き破り、異形の姿となり、純粋に敵の破壊を欲した。


(へえ、すごいね。それで?)


 神殺しの焼却砲(ゴッドスレイキャノン)


 男の背後の竜の口から小型の太陽が発射されて、あらゆる命を拒んだ。


 伯爵は薄れゆく意識の中、この試練を真正面から乗り越えて、悪魔に引導を渡すという決意で辛うじて意識を保っていた。彼の剣は最高まで研ぎ澄まされ、その一振りは天を裂き、大地を粉砕した。


 アーバインの生涯最高の一撃とエプシロンの誇る最強の炎がぶつかり合い、周囲の会場を光で包み込んだ。


(やったか?)


 最強の炎で焼き尽くしたかに思えた。しかし、次の瞬間目の前の炎の壁が縦に切り裂かれ、中から伯爵が現れた。


 アーバインは最後の力を振り絞り、必殺技を打ち破り、敵に肉薄したのだ。


(ま、まける?俺は死ぬのか?)


 アバシュラ族の男は死を覚悟した。だが、天は彼を見捨てていなかった。


 そして、剣が振り下ろされようとした瞬間に、リミットはやって来た。


 プチプチプチと音がして、アーバイン伯爵の体は崩壊して、ただの肉片と化した。


 四聖剣の中で最も破壊的な狂戦士の剣は使い手殺しの剣とも呼ばれる。故に使い手を自らの手で滅ぼすか、見かぎられて捨てられるか、二つの運命を辿る哀しき剣である。


 今回、神殺しの一撃からアーバイン伯爵を守り切り、その対価として道具の寿命を迎えることになった。


 狂戦士の剣もまたアーバイン伯爵の後を追うように粉々に砕け散った。


(最後はひや冷やした。)


 実際、紙一重の差であった。


(あの世でまた戦おうな。今度は完璧に勝つ。)


 名もなき戦士は肉片と化した伯爵の体を残り僅かな力で再生し、見た目だけは再現した。


(あばよ)


 その後、会場の中にやって来た人々が見たのは伯爵の綺麗な亡骸だった。


 相手の姿はないが、伯爵は勝ったのか負けたのか。人びとの話題の種となった。


 観客の中にはごく少数ながら名もなき戦士が悪魔と合体したのを覚えており、伯爵が魔族と戦って相討ちになったのだと主張した。この主張の根拠として、伯爵が部下を殺すほど残虐になったことが挙げられて、魔族によって精神が汚染されながらも最後まで戦ったのだと考えられた。


 多数の人々が伯爵が敵を滅ぼしたと考えた。なぜなら亡骸は絵本の英雄のように美しかったから。


 その後、伯爵の遺体は一人の青年とその母親が引き取り、丁寧に埋葬されたとされる。

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