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アーバイン伯爵 (1)

「ハアアアアア」


 アーバイン伯爵が力を解放すると空気が震え、舞台に亀裂が入り、彼を中心に暴風が吹いた。


「凄い魔力だな。流石は四天王を倒しただけのことはある。」


 だが、俺を殺すつもりならそれでは足りない。さらに一歩踏み込まなくてはならない。


 確実に殺したいなら四聖剣の一撃で決めるしかない。そして、俺との剣戟を制さなければそれは不可能だ。


 お互いに剣を構えて、様子を伺う。どうやら伯爵の構えを見るとカウンターの一撃に全てをかけているようだ。


「いいだろう。こちらから攻めてやる。」


 俺は大地を踏み込み、突撃した。銀色の閃光と化し、圧倒的な技量で放たれし斬撃はただの鉄の剣を神滅の一撃に昇華する。


「ぬおおおお!」


 伯爵はこの一撃を受け流し、なんとか耐えきる。そして、聖剣を横凪ぎにし、俺の体を叩き切ろうとする。


「はあ!」


 俺は体をひねり、剣の腹を蹴っ飛ばして軌道を反らす。その結果、剣から放たれし斬撃が一直線に進み、その先にいた観客を細切れにした。


 体勢を崩した俺は地面を転がって、伯爵と距離を取った。


「正気か?お前の守る民だろ!」


「くくくく。俺の領地では貴様の民族同様、弱肉強食。強いものが正義である!」


 伯爵の四聖剣が赤く発光する。伯爵の持つ四聖剣の一角を担う「狂戦士の剣」はかつては()()使()()()()()剣であり、現存する最強の武器の一つである。


 紆余曲折あって手放すことになったが、その強さを俺は理解している。現に、最初の一撃で俺の鉄の剣が刃こぼれして使い物にならなくなった。


 同じ四聖剣を用いていたらアーバインを一刀で切り伏せることができたのだが、無いものは仕方ない。


「貴様が捨てた四聖剣はお前を殺したくてうずうずしているぞ。ここまでこいつが反応するのは久しぶりだ!」


 俺は四聖剣を捨てた。今更頭を下げて使わせてもらおうなどと言う甘え考えはない。俺の力でこいつらを破壊してやる。


「てめえが下手くそだから前の男に反応してんだろ。四聖剣は自らの意思で使い手を選ぶが、お前じゃ欲求不満だとよ。」


「ほざけ。四聖剣は既に俺を主と認識している。男の嫉妬は見苦しいぜ。こいつがお前に靡くことは二度とない。」


 それは分かっている。あの剣は一度敵を認識したら、何がなんでも破壊しようと暴れ狂う。俺が死ぬか伯爵が死ぬか、二つに一つである。


 伯爵の下で私兵として生涯を終えて、安定した給料をもらって彼女を養うつもりだったのだが、上手くはいかないな。何で私兵になろうとしたのか、今になって分かった。無意味ではあるが。


 割り切るしかない。復讐を諦めるのを諦めるしかないか。


「は、貴様とその剣を完璧に破壊してくれるわ!」


「四聖剣を持つ俺を倒すつもりか?無駄だ!調子に乗るのもいい加減にしろよ!四聖剣は勇者の象徴!伝説の武器だ!貴様のような蛮族ごときに破れるはずがないわ!」


「やってやるさ!」


 この言葉を最後に、その後、何日にも渡って戦いは続いた。荒れ狂う竜のような死闘は後の世に「ヘルドトス・アーバイン」の名と共に語り継がれることになる。


 ◇


 俺が勇者について初めて知ったのは3歳の時だった。


「お前が初代アーバイン卿の悲願を成し遂げるのだぞ。」


「はい、お父様!必ずや私が勇者になって見せます。」


「……」


 妾の子であった俺は誰からも期待されておらず、従者として日々雑用をこなしていた。そして、家の掃除をしていた時に腹違いの兄と父親の会話が耳に入り、勇者について知ることになる。


「ママ、ゆうしゃってなに?」


 俺には屋敷の離れで暮らす母親がいた。母は病弱で寝込んでおり、既に両親も魔族に殺されて、私を除けば天涯孤独の身であった。彼女と話すことが唯一、俺の孤独を癒してくれた。母も同じだったと思う。


「勇者は五百年前に魔族を打ち倒した英雄のことよ。」


「すごいひとなの?おとうさまのごせんぞさまよりもすごいの?」


「どっちが凄いとかではないわ。勇者様が英雄になれたのはお父様の先祖や多くの人々と力を合わせたからなの。皆、偉いのよ。」


「うん!わかった!」


 俺は知らなかった。「勇者」という地位がどれほどこの家にとって意味を持っていたのか、このときはまだ何も知らない子供だった。



 それから月日が流れ、俺は10歳になった。



 勇者については頭の片隅に記憶しており、強い憧れを抱いていたが、おとぎ話の登場人物としか認識していなかった。


 俺は自分の兄が父から剣術の手解きを受けるのを窓を掃除しながら眺めていた。


 夜になり、皆が眠る時間になると、俺は棒切れを持ち、一人で素振りをした。俺はこの時、兄が勇者になると思っており、少しでも彼の手助けをしたかったのだ。


 そして、早朝から炊事・洗濯・家事をこなし、忙しい毎日を送った。


 この頃は幸せだったと思う。そして、あの日がやって来た。


 その夜、俺はいつものように一人で素振りをしていた。


「誰だ、貴様!」


 俺が振り返って返事をしようとしたところ、突如攻撃してきた。


 真っ直ぐに剣が振り下ろされたので、俺は木刀を剣の腹に当てて軌道を反らして、とっさに襲撃者に木刀を打ち込んでしまった。


「あ、兄上!」


 そこにいたのは私の兄だった。


「いてえ、この屑野郎が俺によくも攻撃してきたな!」


 激昂した兄は俺に何度も斬りかかってきた。その都度、俺は兄の体を木刀で打ち、完膚なきまで叩きのめしてしまった。


 今まで特段、兄と関わりはなかった。そして、最初の語らいがこのようになってしまうとは、思いもしなかった。


 兄は俺から尻尾を巻いて逃げ出した。その姿を見て、取り返しのつかないことをしてしまったと俺は気づいた。


 翌日から俺にとって地獄の日々が始まることになった。


 翌朝、屋敷では大きな騒ぎになった。いわく、夜中に兄のことを俺が木刀で袋叩きにしたとのことである。


 これを聞いた俺の父は、「軟弱者」と兄にいい放った。そして、特にそれ以上は何も言わなかった。


 しかし、正妻は激怒した。早速病気の母の部屋に乗り込み、彼女の服を剥ぎ取り、冷水をかけて、ムチを打ち付けた。


 俺は許しを請うたが、無駄であった。俺がやり返されていたらまだ良かった。正妻であっても父の許可なく息子である俺に体罰を加えることを躊躇ったのだろう。だが、既に父に飽きられた母は別であった。


 正妻は俺が懇願すればするほど嗜虐的な笑みを浮かべて、母を苛め抜いた。


 そして、その日から執拗な苛めが始まった。


 私のことは放置して、母をひたすらにいびった。病気で寝込んでいたときには冷水をかけるように侍女達に指示した。食事を制限して、俺と母さんの食べ物の量を減らした。


 兄は兄で俺のことを見つけては水をかけたり、俺の食事に虫を混入させたり、幼稚で悪質ないじめを繰り返した。


 俺は母に何度も謝罪した。けれども、母は俺を責めなかった。


 いっそ、俺が自殺して、遺書に母を苛めないように書いたらまだよかったのかもしれない。何もしなかった自分に後悔する資格はないというのに。


 その冬、母は肺炎で亡くなった。その時、俺の中で何かが壊れた。


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