敵前逃亡
俺の試合前が終わり、子供や老人が体調を崩す中で、次の試合が開始された。それにしても、二人の選手の動きが悪いな。
「ファイアバレット!」
16点。遅いし威力も今一つ。しかも避けられている。
「とおおお!」
7点。愚直すぎる真っ直ぐ振り下ろされただけの斬撃。当たるわけがない。
やけにレベルが低い。それしか感じなかった。
纏めると、二人とも一つ一つの攻撃が精彩を欠いていて、もっと早く的確に攻撃をしなければ決定打にすらならないだろう。
「ていや!」
「とお!」
うーん?私兵の方が有利に進めているがどんぐりの背比べである。手を抜いているようにも見える。八百長か?
「おい、真面目にやれ!」
「どうした!八百長なのか!」
「つまんねえぞ!」
「金と時間を返せ!」
観客からも野次が飛んでいる。無理もない。さすがにこれは本選とは思えない。
「おい、ジャルーダ!何をびびってやがる!」
ここで伯爵が自分の部下を怒鳴り付けた。これには問題がある。というのも、主催者が一方の選手に肩入れするのは明らかにやってはいけないことだからである。
そして、伯爵に怒られたことでジャルーダとやらの動きが悪くなっている。
「へへへ。止めだ!」
ここで相手がポカした。そのまま剣で突き刺せばよかったのに、わざわざ上段に構えて隙をさらした。
その結果、腹ががら空きになったのでジャルーダがナイフを突き刺して、勝敗が決した。
「ち、ちくしょおおお」
その顔はどこか満足しているように見える。同時に、八百長の疑惑が確信に変わった瞬間であった。
「おい、ふざけんな!」
「舐めてんのか!」
「予選の頃はもっと動きが良かっただろ!」
「まだ戦えるだろ!」
「八百長じゃねえか!」
これはあいつらが悪い。伯爵の顔に泥を塗った訳だ。俺と戦うのがそんなに嫌なのだろうか?俺は対戦相手を無傷の状態で戦闘不能にしたし、かなり良心的なのに、全く、理解に苦しむ。
「静まれ!私は決して八百長は仕組んでおらん!」
伯爵の覇気に圧倒され、多くの者が口を閉ざした。
「無様な試合をお見せして、大変申し訳ない。」
伯爵の謝罪に観客は唖然とする。無理もないだろう。貴族が平民に謝罪したのだ。それは天変地異の前触れに等しい衝撃であった。
「観客の皆様の代わり私が灸を据えるので、ご安心くだされ。」
そう言うと、伯爵は舞台に上がり、二人の選手に言った。
「死ぬ気で来い。貴様らに名誉挽回のチャンスをくれてやる。俺を殺せたら許す。さもなければここで死ね。」
さすがは伯爵。面子を潰されたことで完全に怒り狂っている。彼ら二人が生き残るにはここで伯爵を倒すか逃げてこの領地に二度と立ち入らないか、どちらかである。
前者は彼らには不可能であり、後者の選択はあくまでも逃げ切れたらの話である。
「あばよ!」
さっき腹を刺されたはずの選手が走って逃げた。防刃素材を着ていたのだろう。怪我をしていなかったようだ。そして、悪くないスピードだ。あのスピード自慢よりも早い。さすが、本選に進んだだけのことはある。
だが、完全に無駄である。
「その足をまずはもらう。」
伯爵は一瞬で選手の前に回り込み、神速のローキックで選手の足を粉々に砕いた。
「ぎゃあああああ!」
伯爵は一度決めたことは絶対に曲げない。逃げることは許さない。この場を逃げることができても、すぐにまた追撃してくるだろう。俺なら逃げ切れる自信はあるがな。
「ジャルーダよ、どうした?遠慮はするな。いつでも攻撃してこい。」
部下であっても容赦しない。使えない奴は容赦なく切り捨てるのがアーバイン伯爵という男だ。
ジャルーダの顔は青ざめている。蛇に睨まれた蛙のように動けずにいた。
「お許しください、伯爵!」
ここで、伯爵に足を折られて地面に横たわる男が許しを請う。しかし、そんなことは無意味だ。
「そういえば、お前は俺の私兵になるために大会に出場したのか?」
「は、はい!その通りでございます!私はー」
「敵前逃亡をするような屑は俺の私兵にはいらん。」
伯爵は男の頭を掴み、そのまま握りつぶした。多分、私兵になるつもりはないと言っても、同じ結末だっただろう。
「あ、あああ。」
ジャルーダという男が恐怖で小便を漏らし始めた。観客も静まり返って怯えている。せっかくのお祭り気分が台無しだ。
思えば、二人が手を抜いたのは俺と戦うのが怖かったからだと思うし、ここは助け舟を出した方が良い気がする。
「おい、待ってくれ。そいつはもう戦意を喪失している。許してやってくれないか?」
「駄目だ。こいつは俺の顔に泥を塗った。こいつを成敗しないと観客も納得しない。そうだよなあ?」
アーバイン伯爵は先ほど試合を八百長と批判していた男の方を見た。この領地で生存したいのなら伯爵に逆らってはならない。その眼光に捉えられた中年男性は冷や汗を流しながら下を俯いてしまった。
「そいつはあんたの部下だろ?」
「ああ、そうだ。だからこそ、貴様という敵を目の当たりにしながら、逃げようと手を抜いたのだから、俺のルールにしたがって罰する必要がある。」
「つまりは、死刑だ。」
アーバイン伯爵はジャルーダの首を掴み、そのままへし折った。
「さあ、皆さん、この後も大会は続くので、思う存分楽しんでくれ。」
その後、観客は一言も喋らなかったし、笑顔を浮かべなかった。
◇
結局、予選と本選の一回戦を勝ち進んだ2人の選手が無断でいなくなってしまったので俺以外の出場者は伯爵ともう一人の私兵だけとなった。
「観客の皆様には申し訳ないが、この大会に泥を塗った不届きものには後日きっちりと落とし前をつけるので安心してくれ。」
伯爵の中では強さこそ正義である。そして、彼は面子を潰した者には一切容赦しない。俺はそんな強さ至上主義のところに惹かれてここに来たのだが、どうやら他の奴等は違ったらしい。
「それで?あんたは自分の私兵と戦うのか?それこそ八百長が疑われると思うぞ。」
「ああ、安心しろ。もう三人だけとなったのだから、準決勝は飛ばして決勝戦にしようではないか。皆の者も見て分かるようにこいつは平民でありながら俺に対等な口を聞く猛者だ!これから行う試合に不正はない!」
さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいに伯爵が笑顔に戻る。観客も動揺しているが、そのまま席に座ったままであった。
「さあ、始めようか。」
伯爵は剣を抜いて構えた。伯爵の構えている剣は四聖剣の一つである。この伯爵もまた、自らの手で魔王を討伐し、勇者になろうとした男の一人だろう。
つまり、俺と同じだ。そして、夢に破れ、それでもまだ足掻き続けているのだ。
「俺はお前を生け捕りにする自信はないから、危なくなったら降参してくれ。」
「馬鹿め。貴様は今日、私に滅ぼされるのだからその心配は無用だ。この闘いはどちらかが死ぬまでやる!」
この男が何で自分の命を懸けてまで俺を倒そうと思うのか分からない。だが、久々の死闘に俺は胸が高鳴った。
「じゃ、始めようか。」