汚ない字
「ふぁー。よく寝た。ん?何かノートがドアと床の隙間に挟まってるぞ。」
翌朝、起きるとノートがドアと床の隙間に挟まっていた。
(何だこれは?)
中には汚ない字で昨日予選を突破した選手について細かく書き込まれていて、それぞれの批評がなされていた。
「俺のページがない。」
眼中にないのか、俺について何も書かれていなかった。随分と舐められたものである。俺よりも強い奴は昨日いなかった。これは暗にお前は敵じゃないと挑発しているのかもしれない。
「それにしても読めないな。」
解読しなくては書いてあることが分からない。だが、ぱっと見たところ、なかなか正確に分析されているようなので、このノートは有効活用させてもらう。
「その前に、あいつを起こしてくるか。」
あいつを置いて行こうとしたことは何度かある。でも、なぜか彼女を迎えにいってしまう。これが惚れた弱味か。
「おーい、起きろ!」
やはり、寝ているようだ。俺の方が早起きなので彼女を起こしてあげている。
それにしても、こいつの寝顔は可愛らしい。いつもは少々口が悪くて騒がしいのでこのくらいが調度良い。でも、起きてもらわなくてはな。今日は特別な技で起こしてやろう。
距離をつけて、一気に駆け抜ける。神速をもって突撃し、飛びかかり、渾身の力を込める。
「オークダイブ!」
オークダイブとは体重100キロを超える俺が助走をつけて飛びかかり、相手の上にプレスする最強ののしかかりである。かつて幼馴染にやったときはぶちギレられた記憶がある。相手がベッドの上にいないときには危険なのでやらない。
「ぐふん」
効果はばつぐんだ。彼女は目を覚ました。顔は真っ赤になり、怒りを爆発させる危険信号が出たので、そそくさと離れてあげた。
「この豚が!」
案の定、怒った彼女の拳が俺の顔面に放たれた。その時、俺は走馬灯のように一月前の出来事を突如思い出した。そういえば、あのときも……
◇
「悪い。」
彼女は骨折こそしなかったが、手首を痛めてしまったらしい。
「……」
黙々と食事を続ける彼女を尻目に、俺もたくさん朝食を食べる。
ただ、利き腕が使えなくなったので、食べるのが難しそうだ。仕方ないが、一肌脱ごう。
「はい、あーん。」
「パク、モグモグモグモグ」
俺は彼女の口に食べ物を運び、食べさせてあげた。まるで餌付けしているみたいだ。彼女は怒っているのか、顔も赤くなっている。
「そういえば、今朝、何かノートが俺の部屋に落ちていてさ、その字がとにかく汚かったわ。見てよこれ!」
俺は彼女にノートを見せた。何か話題がなくては気まずかったので、見せてあげた。
「人の好意をバカにするんじゃない!」
彼女は左手で叩いてきた。そして、彼女の手が真っ赤になった。
「それもそうだな。悪い。このノートも内容は悪くないからじっくりと読もうと思う。」
すると、彼女は少しだけ機嫌が直ったのか、食事の催促をして来たので、食べさせてあげた。
今日は予選の後半の4ブロックが行われる。今日も見に行きたいのだが、彼女を怪我させてしまったこともあり、今日は彼女と町を散策しようと思う。
「今日は一緒に観光しないか?」
大会中は露店もたくさん並んでいる。せっかくの祭りなのだ。明日から本選だし、今日くらいしか一緒に出歩けない。
「ご機嫌を取ろうとしたって許さないから!」
そう言いつつも顔は嬉しそうだ。
「ところで、汗臭い試合を見に行かなくて良いの?」
「ああ。昨日ぱっと見たところでは俺よりも強い奴はいなかったし、実戦だと相手の手の内を知らずに戦うのが普通だからな。今日はじっくりと休もうと思う。」
あんまり放置しても可哀想だからな。
「足下掬われても知らないわよ。」
「まあ、大丈夫だ。本選に進んだ時点で伯爵の私兵に召し抱えられる要件は満たしたし、負けても問題はないさ。」
すると、彼女は骨折しているはずの右足で蹴ってきた。
「問題あるわ!一位を取りなさい。絶対に負けんな。」
(こいつの足、治ってんじゃね?)
治癒魔法が使えるのなら、三ヶ月も時間がかかることはない。だが、魔法が使えるのは貴族や王族の中でも選ばれし者だけである。
(本当にこいつは王族か?)
疑惑は深まるが、確信には至らない。というのも、王族の割には彼女の字が汚ない。さっきの反応で彼女が書いたことは分かったが、王族の癖に口も汚ないし、乱暴だし、俄には信じられない。
まあ、呼称くらいは自称姫からティーに昇格させてあげるか。
「準備が出来たら行くぞ、ティー。」
彼女の顔が赤くなる。何となく好かれている気がしたから、驚きはしないが、やっぱり面白い子だ。
◇
「お前もう歩けるだろ!」
「全治三ヶ月って診断されたのを覚えてないの?オーク並みの記憶力ね!」
彼女の足が治っているはずなのだが、なぜかおんぶすることになった。おんぶするのは割りと面倒だ。骨折させてしまった直後の頃はドキドキしたが、慣れてくるとただ数十キロの米を肩に背負っているようなものであり、耳元で指図してくるので、あまり嬉しくない。
って、昨日の試合を見ていたなこいつ。オーク並みの記憶力って、あのスピード自慢との会話を聞いていたのか。
「ねえ、あれ買って!」
「はあ~。」
こいつはさっきから俺に食べ物を買わせては食っているが、かなり腹立たしいことがある。
「おい、こぼすな。」
彼女は俺の頭上でホットドッグを食べているが、ケッチャップが頭上に垂れてくる。
「あなたが揺れるからでしょ!」
こいつは謝るということを知らないらしい。だが、なぜか俺は言い返せない。
「ごめん。」
そして、なぜか謝罪してしまう。
それにしてもさっきから周りの視線を集めている。まあ、2メートル以上の大男に美少女がおんぶされていたら、かなり目立つ。
「美女と野獣だな。」
「あれって昨日いた最強の戦士じゃないか。嫁さんがいたのか。」
「夫婦でラブラブデートか。随分と余裕でいらっしゃる。」
色々と噂になっている。俺が彼女と釣り合っていないからだろうか。
彼女が黙り込んでしまった。馬鹿にされて怒っているのかもしれない。
「何か噂になっているな。」
振り向いて彼女の顔を見ると、そこには顔を赤くして俯いている少女がいた。
「具合が悪いのか?」
彼女の反応がない。人ごみで疲れたのかもしれない。
「一端、宿に戻ろうか。」
俺は彼女を連れて宿に戻った。彼女をベッドの上に置いた。
「シャワー浴びてくる。」
俺はケチャップが髪にこびりついているので、それを洗い落とすためにシャワーを浴びることにした。シャワーはこの宿では一階に備え付けられていて、一回毎の利用で500ゴールドかかる。
15分後、彼女の部屋に戻るとなぜか正座していた。骨折している設定忘れんな。
「もう俺はシャワーを浴びたから、外には出ないで宿で過ごすから、何かあったら呼んでね。」
彼女の部屋を出ようとしたら、突如枕を投げつけられた。
「意気地無し!」
こいつが何を考えているのか分からない。まあ、部屋でノートの解読をしつつ、今日は早めに寝ようと思う。
「そこまで役に立たないな。」
ノートに書いてある内容は充実してはいたが、自分よりも格下の相手しかいないので、あまり役に立たなかった。