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プロローグ

「よくやったペイル・ラーデンス卿。お主にはわが娘のティナを褒美としてやろう。喜べ、貴様を我が一族に加えてやろう。そして、お前の名は勇者として後世まで語り継がれるだろう。」


 王座から威厳に満ちた壮年の美丈夫である国王が満面の笑みで男を褒め称えた。普段は歯に着せぬ物言いで知られる辛辣な国王だが、今日はとても機嫌が良い。


「ありがたき幸せでございます。」


 王の御前で膝をつき、礼を述べる男は非常に高貴な身分であり、隣国の公爵をしており、此度の魔王討伐においても多大な貢献をした。見目麗しく、黒髪の艶やかな髪に加えて雪のように白い肌をしており、その赤い瞳は老若男女を魅了する。


「うむ、思う存分幸せになってくれ。お前は私の義理の息子になるのだからな。」


 魔王が討伐され、勇者が慣例通り国王から姫を娶る。ここに集まった国王の臣下や他国の使者も皆満足そうな顔をしている。ついに、魔王が打ち滅ぼされ、一時期とは言え、平和な時代がようやく到来してきたのだ。長きに渡る暗黒の時代は終わったのだ。


 ペイルと一緒に旅をしてきた仲間も同様に誇らしげだ。顔がにやけていて、少々気持ち悪いが、勇者とその仲間達は後世まで語り継がれることになるのだから、無理もない。


 その空間に幸福な空気が漂い、その微笑ましい光景は著名な画家によって細部に渡って描写されることになる。


 その光景を描いた絵画は後世にまで残る国宝となる。絵画を見たものは感動に打ち震える。それだけ素晴らしい作品であり、魂が込められているからである。ただ、誰もが絶賛したその絵の中に、一つだけ異物が混じっていた。一人だけ屈辱で歯を食いしばっている男がいることが後世になって発見された。


 その無名の男がなぜ悔しげなのか、その男が何者であるか、歴史に埋もれた真実は誰にも知られることはない。


 ◇


 王都が魔王討伐のパレードで祝う中、路地裏に一人の男が膝を抱えて座り込んでいた。ぼろい服を着ており、浮浪者のような外見をした男に誰も近づかない。チンピラも一人でぶつぶつと怨嗟の声を上げる男を不気味に思い、このようなめでたい日に一人、不幸をまき散らす男には誰も関わりたくないのは当然であろう。


「………」


 男は絶望していた。彼は自らの夢が破れ、現実を知った。魔王軍との戦いで仲間を失い、傷つき、たった一人になった彼は魔王と一対一の死闘を繰り広げ、魔王をついに倒した。そんな彼に待っていたのは絶望であった。


 第一に、彼の故郷である辺境の地である村が滅ぼされていたことである。魔王を倒した彼は連合軍を指揮するペイル卿に首を預けて、故郷の村にまずは帰還した。国による徴兵によって家族と引き離されたその男はようやく帰ってくることができたと思った。


 だが、そこには地獄が待っていた。故郷の村は既に滅ぼされており、多くの死体が晒し者になっていた。腐敗し、異臭を放つ死体を見ると体中が切り刻まれていて、凄惨な死を迎えたことが分かる。これは魔物の仕業ではない。魔物には生物を痛めつけるという思考はなく、人間の仕業であることは一目瞭然である。


 腸が煮えくり返るということを初めて知った。近辺の村の住民や近くに潜んでいた山賊を捕らえて吐かせたところ、どうやら連合軍の中に犯人がいることを知った。自分たちは何も知らないと言ったが、俺の住んでいた村は戦闘民族として知られる一族であり、山奥に住んでいるので、案内人なしには村にたどり着くのは不可能である。


 無論、案内人は発見して、抹殺した。当然、楽には殺さなかった。


 次に、連合軍の中で俺の村を襲撃した人物を見つけ出す必要があった。そして、その先には絶望が待っていた。


 第二の絶望は、黒幕の正体である。俺の故郷の村の周辺地域を担当していた連合軍の小隊が忽然と姿を消したということが作戦司令部にあった資料から判明した。ペイル卿に相談して、勇者として故郷を襲った屑を直々に処刑することを進言し、その許可を頂いた。


 魔王を単騎で打ち破った俺を止めることは誰にも不可能である。そして、そんな俺を育て上げた故郷の俺の家族が一個小隊如きに遅れを取るとは到底思えなかった。騙し討ちに決まっている。


 小隊の隊員の詳細なデータを頭に叩き込んだ俺は彼らの家族の家に襲来した。隠しているようなら容赦しない。俺が彼らの家を訪問しても、まだ帰ってきていないと言った。嘘はついていないことは見て分かった。


 そもそも、ショボい部隊では俺の一族を皆殺しにすることは不可能である。疑いたくはなかったが、ペイル卿が一番怪しいということは分かっていた。だが、彼は俺の仲間を丁重に弔ったし、爵位を持たない俺と仲間を好遇した。そして、俺の幼馴染であるクレアと恋仲にあったはずだ。さらには、魔物の急襲を受けた際に殿を務め、ペイル卿は彼女がいなければ今頃は死んでいる。クレアはペイル卿の命の恩人なのだ。あり得るはずがない。


 俄かには信じられない。ペイル卿ならクレアを託しても大丈夫だと思っていた。彼女をどうして裏切れるのか?


 その答えを得られぬまま、俺はペイル卿に連れられて王都に帰還することになった。そこでようやく、なぜ俺の村が滅ぼされ、クレアが死ぬことになったのかを知る。


 それは簡単な理由だった。民の声に耳を傾ければ答えがあった。王都で町を歩けばクレアとの間のことで話題は一切なく、姫様とどれだけお似合いか話し合われていた。そういうことだ。


 そう、全ては、ペイル卿の華々しい経歴のためであった。汚点となる証拠は全て破棄されなくてはならない。それは辺境の少数民族を滅ぼしてでも成し遂げなくてはならない。


 これに思い至るのに俺は時間がかかった。ペイル本人の意向を汲み取って周囲が積極的に動くことを忘れていた。あいつならやらないだろうという先入観から俺はなかなか気づけなかった。


 最大の醜聞は平民であるクレアが当時妊娠していたことである。そのことをクレアは手紙を通じて故郷の家族や文通相手の友人に伝えていた。彼女はその文通相手の友人にもしもの時があった場合に、俺に手紙を渡すように言ったらしい。


 手紙によると、ペイル卿の瞳に自分が写っていないことは分かっていたが、彼を愛することを辞められなかった。一目惚れであったことから、彼に逆らうこともできず、性欲のはけ口になっていたということが赤裸々に語られていた。そして、異性である俺には相談することができず、ずっと悩んでいたという。


 クレアが妊娠に気づいたとき、既に赤ん坊はかなり大きく、中絶は困難であったという。そして、クレアが妊娠していることを知ったペイル卿が豹変したということが書かれていた。


 やっと、ペイル卿がすべての黒幕だと俺は確信を抱いた。元々おかしかった。王都にたどり着いた途端、奴は勇者としての待遇を受けた。俺が倒したはずなのに、手柄をぬけぬけと奪われたのだ。それに姫との結婚も決まり、満足だろう。俺の幼馴染ではそもそもダメなのだ。奴から見れば平民は家畜と同じなのだろう。だから冷たい態度を取れるし、あのように冷血なのだ。


 第三の絶望はこの国である。血統至上主義のこの国では勇者の認定をする際には厳格な人事評価が敷いている。今回の勇者の選定も血統と功績の二つを合算して褒賞を与える。最高の者に最強の称号が与えられる。ペイルが勇者となるのは決まっていた。勇者となるのは魔王を殺したものというのは建前である。無論、この国で兵役に務めていた奴らは全員、指揮官であるペイル本人ではない誰かが魔王を倒したことは知っている。だが、倒したのはペイル卿ということに事実は改竄されるのだ。


 なんせ、ペイルは国王のお気に入りで、所詮、俺は有象無象なのだ。名もなき戦士。それが俺だ。


 謁見は出来レースだと分かっていた。それでも、今回の戦いでは正当な評価がもらいたかった。だが、ついぞ俺の名前は出てこなかった。勇者という子供の頃からの憧れのヒーローになることもなく、この体が朽ち果てるのだろう。


 俺は何者にもなれなかった。それが真実。


「ははははは」


 俺は怒りと悲しみでどうしようもなく心が乱れている。俺は……


「へぇ、魔王を殺した奴の顔がどんなものか、気になったけど、近くで見てみると死んだ魚のような目をしているわね。」


 俺が顔を上げるとそこにはプラチナブロンドの長髪のややつり目な勝ち気な顔をした女が立っていた。どこかで見たことがあるような気がするが、覚えていない。


「お嬢さん、こんなところにいたら危ないぞ。」


 顔も良いし、出るところは出てる。今日は多数の騎士が見回っているとはいえ、こんなお嬢さんが一人で歩いていたら襲われることは間違いない。


「あら?心配してくれてるの?案外優しいのね。」


「当然だ。童貞は女の子に幻想を抱くからな。まあ、処女で美少女に限るがな。」


「キモいわね。こんなのが本物の勇者だったとはがっかりね。」


「あっそ、とっとと路地の外から出ろ。」


「それじゃあ、路地を出るまで貴方に護衛をして欲しいわ。」


「わかった。」


「ありがと。」


「……ああ」


 俺は彼女と歩きだす。どうやら、俺の役目はまだ終わっていないらしい。




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