落ちる魔力
「お前が黒石の持ち主か?」
冷たく鋭い声。感情のこもっていない声色に血の気が引いた。
塞がれていた手がどかされると同時に目の前には銀色に輝くナイフが出される。
「もし変な行動とったらどうなるかわかってるよな。さぁ答えろ」
「な、なんのことですか。何を言っているのかわかりません」
震える声で訥々ながらも必死に答えた。
「無駄な時間をとらせるな。そのペンダントについてる石の事だ。誰からもらった」
(さっきの人といい、この人と言いいなんでペンダントにこだわるの……)
何もわからない。目の前で光るそれが恐怖を加速させる。一目散に逃げだしたい。
「早く答えろ!」
他の図書館利用者に気付かれないように声を潜めながらまくし立てられる。
治癒専門の魔法使いなので攻撃も防御もできない。出来るのは傷ついた人を治すことだけ。
ぎゅっと目をつぶった。溜まっていた涙がぼろぼろ零れ落ちる。
(助けてお兄ちゃん……)
「あのーすいません。そこにある本取りたいんすけどー、どいてもらっていいですかね」
へらへらした声。驚いて目を開き、さっきの人だとわかっても声を出すことが出来ない。
「ってあれれ? いい年したおっさんがなにしてるんですかねぇ。これから社会的に生きづらくなってもしりませんよ」
その言葉が癇に障ったか、おっさんと呼ばれた男は舌打ちしチェル目がけてナイフを振り上げた。
結っていた髪にナイフがかすり、パサリという音と共に緑色が足元に広がった。
(殺されるっ……)
そう感じたと同時に聞きなれない呪文が耳を掠める。左手薬指を折り、唱えている姿は先ほどのへらへらしている人とは別人に見えた。ナイフを振りかざしたままの太い腕はピタリと宙で止まっている。
「なんだよ! このやろう」
大ごとにしたくないのか怒りに満ちている声は静めていた。
「おい、こっちだ!」
チェルの腕を掴むと男の腕から引きはがし、
呪文の効果が切れる前に図書館から出ることが出来た。館内より人目が多いのでここまで追ってくる心配はないだろう。
「だから言ったろう。ペンダントは隠しとけって」
「あっ、あの……」
うまく声が出ない。さっきの恐怖が喉もとで絡み合っていて言葉が遮られる。
「ほら、こっち」
そういって手招きし、近くのベンチに二人並んで座った。
チェルが落ち着くまで静かに待っていた。小鳥のさえずりや噴水の音が心地よい。
嫌な沈黙ではなかった。どこか暖かく懐かしいような気分に包まれ、やっと口を開くことが出来た。
「すいません。最初はあんな失礼な態度をとってしまって……。助かりました」
短くなってしまった緑の髪が風になびかれる。
「お嬢ちゃん。短い髪もいいねぇ。魔力弱まったことは残念だけど」
チェルの髪に大きな手がさらりと手櫛を通す。
「もう! 人が真面目に感謝している時に。それに私は十八才です! お嬢ちゃんって呼ばないでください。チェルっていう名前があります」
「ははっ、すまない。あまりにも小柄だったから。俺はムアンだ。ちなみに二十五才。俺からみるとチェルは十分お嬢ちゃんって感じだけどな」
手櫛を通していた手はポンポンと頭をなでるとチェルから離れた。
「で、ここから本題」
声のトーンが急に変わり思わず息を飲む。
ムアンは、自身の衣に手をかけ、首の詰まっている襟からペンダントを取り出した。
正方形に輝く黒い石。チェルがつけているものとそっくりだった。
「俺、このペンダントのせいで今までいろんな奴らに危ない目にあわされた。お前が堂々とペンダントつけているのを見て、声をかけたんだ」
「そうだったんですか。でも私今までこんなことなかったですよ? それにどうしてこのペンダントが狙われているんですか?」
「それはただただ幸運だったとしか考えられねえな。あと、ペンダントについてなんだが、俺もよくわかっていない。だからこうして様々な図書館で情報を探しているところだ」
伏せ目がちな青い瞳が、今までの苦労を物語っていた。
「あ、お前のナイトが探しているぞ」
チェルとムアンは、必死になって妹を探しているアルのところへ足を運んだ。
「チェル? どうして髪がっ……」
アルは短くなった髪を見て呆然としていた。
チェルは何から説明したらよいのか戸惑っているとムアンがチェルの耳元に口を寄せ、チェルにだけ聞こえる声で囁く。
「俺がお前と同じペンダントを持っていることだけは言うなよ」
チェルは頷くとムアンのペンダントのこと以外、順を追って説明した。
「そんなことが……。チェルを助けてくれて本当ありがとう。どんなお礼をしたらよいか……」
「いや、礼なんていらねえよ。ただ一つ。俺と一緒に旅をしてくれないか? チェルは狙われている身で、ここの地区すぐ偵察が入るだろう。それにこの髪だ。治癒が使えないとなると身を守れない。俺は防御魔法が使えるから二人を守れる。どうだ?」
突然の提案にアルとチェルは目を合わせた。ここにとどまっていてもチェルが危ない。しかし、家には
母がいる。どう説明したらよいのか。
「ちょっとだけ時間を頂戴。そうね、明日の夜ここで返事を出すわ」
「さすがお嬢ちゃん。そうこないと!]
アルが何か言いたそうにしていたがきゅっと口を閉じた。
「じゃあな、お二人さん」
そう行って、ムアンは手をひらひら降りながら帰路へとついた。