襲撃
さぁっと道が広がっている先には、決して綺麗とは言えないがそこには大きくそびえ立つグレンデス図書館があった。
両脇には質素だがしゃらしゃらと軽やかな音を立てている噴水があり、鳥たちが水を飲んでいる。
グレンデス図書館はピューリ国で一番歴史のある図書館であり、ここなら夢のことについて書いてある書物があるのではないかと思い二人は足を運んだのだった。
細かな細工が施された入口の取っ手をアルが引くと、ぎぎぎと鈍く重い音と共に本の紙の臭いがむっ
と押し寄せてきた。
「うわぁ。すごい……」
続けて入ったチェルは思わず声が漏れた。
壁一面に設置されている書棚にぴしりと隙間なく本がうめつくされている。壁だけでなく部屋の中にも規則正しく書棚は並べられ一番歴史がある図書館ということは納得が出来る。
利用している人はまばらだったが、今はそれがありがたかった。知り合いに出会ったときに、これから調べようとしていることを知られたくない。
二人は思い思いに関係のありそうな書物がある場所を探しに行った。
チェルは最上階に足を運んだ。少しだけ考えることを辞めたかった。頭の中が夢の事でいっぱいいっぱいで少しも余裕がなく息苦しかったからだ。
窓辺に手をつくと思いっきり深呼吸し、ぼうっと景色を眺めた。さっきまで歩いてきた小道、今まで住んできた家、よく兄と遊びに行った公園など見つけることはできたが、ものすごく遠くに感じる。
そよそよと柔らかい風が吹き、チェルの長い緑色の髪を揺らす。
緑色の髪をしている人はたいてい腰の辺りまで伸ばしている。緑色の髪、治癒魔法使いの魔力は髪の長さと比例しているのだ。長すぎても生活に支障が出るので腰の辺りで切りそろえ、結うのが普通となっていた。
チェルは幼いころ活発に遊ぶ子で長い髪が邪魔だと不満を持っていたが年頃の女性になったのか、手入れが行き届き美しくつややかな髪をしていた。
しばらく景色を眺めていると突然後ろから低い声がした。
「お嬢ちゃーん。そのペンダントはあまり人目のつかないところにしまっていた方がいいぞ」
どこか人をからかっているような声色だった。
チェルの胸元には小さいがきらりと光る黒石のペンダントがある。正方形の形をしていて、一つの角か
ら細い金色の紐が通されているシンプルな作りだ。
いきなり声をかけられ思わず振り向くと、目元まで伸びた青い髪の毛を風になびかせて、へらへらしている男が立っていた。
見ず知らずの男にペンダントをしまえと言われても素直に聞く気になれなかったので、疑問を持ちながらもはいと上辺だけ返事をしその場から立ち去ろうとした。
「ちょっと待てよ。お願いだからさ」
そういうと男は立ち去ろうとするチェルの腕を引いた。改めて向きなおすと服の襟をつかみペンダントトップを隠すようにぐいっと引き寄せる。
「やめてください!」
怖い。思わず触れられ反射的に手で突き飛ばしていた。
「私が何をしたか知らないけど困ります! このペンダントが欲しいんですか。残念ですけど、なぜかつなぎ目がないので差し上げることはできません」
「それは違うよお嬢ちゃん。そういうつもりじゃないんだ。勘違いしないでくれ」
「ごめんなさい失礼します」
突き放すように言うとその場から離れた。階を変え、椅子に座り深呼吸。心臓がどくどくうるさい。兄にもあまり触れられたことなかったチェルが、初対面の男に急に近づかれ触れられたとなると、恐怖、驚愕、羞恥、様々な感情が一気に飛び出すことは当たり前のことだった。
このペンダントはチェルの宝物だった。どのようにしてつけられたかわからないがつなぎ目がない。昔、母に尋ねたことがあったが気が付いたらついてたのよねぇと答えていたことは覚えている。
ふうっと息を吐き、気を紛らわそうと今日の本題に取り掛かる。夢に関係ありそうな心理学の本を探そうと立ち上がり歩き出した。
向かった先は灯りのあまり届かない角の書棚だった。目を凝らしながら本を手に取り目次を見て再び書棚に直す。その作業の中で目星をつけた何冊かを腕に抱え、机が置いてある場所へ向かおうとした。
突然抱えていた本がばらばらと落ちる音が鈍く響く。ごつごつした大きな手に口を塞がれ、薄暗く人気のない本棚の間に連れ込まれた。