本能
まずはルルナリア用に武器を買いたいと思うのだが、果たして必要あるのかというところだ。
ルルナリアはウルフ種の獣人だ。下手したら武器なんて持ってなくても戦えそうな気がしないでもない。
「ちょっと見せてな」
「えっ…」
まだなんか嫌がられている感じがするんだよなぁ。
ルルナリアの手を見てみるが、爪が鋭利なわけじゃない。むしろ人間の子供のように丸くて柔らかい爪だ。
ルルナリアの見た目もまだ12,3歳くらいだし、どうも獣っぽいわけでもない。獣っぽいところといえば耳としっぽくらいか。
「ルルナリア、お前何歳だ?」
「…わ、わかんないです」
分かんないなんてことがあるのか?まあ、奴隷をやっているってことは何かしら事情があるってことだろうな。
ピエロにあのあと少し話を聞いたが、どうもこの国では人間以外の種族が奴隷として売られていることが多いらしい。奴隷にするなら、人間よりは他の種族というわけらしい。
「あ、そういや名乗り忘れてた。俺は嘉浩ってんだ。よろしくな」
「なんで…私を…買ったんですか?」
「仲間が欲しかっただけだ。別にお前を助けたかったとか、そういうわけじゃないぞ」
「あなたは…人間…?」
「俺は人間だ」
そう言うと、ルルナリアはまた一段と怯え始めた。
なんだなんだ、俺は正直に言っただけじゃないか。これじゃあまるで人間が苦手とかそういうあれだぞ?
「人間が嫌いなのか?」
「人間は…怖い…です」
「なんで?」
「それは…」
それ以上ルルナリアは何も言わなかった。
人間がトラウマなのは何となく分かったが、これからこいつと戦っていかなきゃいけない。
人間が嫌いなんて言ってられないんだがな…。
「ルルナリア。お前が人間嫌いなのは分かるけど、そうも言ってられないんだよ」
「どうして?」
「俺には攻撃手段が一つしかなくてな……って、お前に話しても分かんないか」
どうしたものか。まあとりあえずルルナリアには武器が必要だということはよくわかった。
となると武器屋に行かなきゃいけないわけだ。
「とりあえず、これから行くところがある」
「…はい」
武器屋につくと、おっさんがすごい顔でこちらを見てくる。睨みつけるでもなく、にやけるでもない微妙な表情だ。
「なんだその形相は」
「いやああんた、まさか奴隷買うにしてもそんな少女を買うとは…」
「しょうがねえだろ!いろいろ考えた結果こいつが一番都合が良かったんだよ」
ルルナリアをちらりと見る。
武器屋は初めてなんだろうけど、どうも店の武器を怖がる様子はない。むしろなんか、目を輝かせている感じがある。
「あんた、何を吹き込んだんだ?」
「悪いなおっさん。こればっかりは俺も分からない」
なんだ?やっぱりウルフ種とだけあって好戦的なのか?
「ルルナリア。お前、武器が好きなのか?」
「キラキラしてる…。これが欲しいです」
ルルナリアは一本の剣を指し示した。
銀色の刃が輝くショートソードだろうか。
「おっさん、あれいくら?」
「銀貨80枚だ」
うっ、高い…。しかしルルナリアが欲しいと言っているものを買った方が士気は上がるだろうな。ここは買ってやろう。
「おっさん、それ買う」
「毎度。ったくあんたは優しいね」
「そう思うならなんかおまけしてくれない?」
「しょうがねえ、安い防具をサービスしよう」
そう言うと、親父は銀貨80枚と引き換えに、ショートソードと皮の防具一式をくれた。サイズもルルナリアにしっかり合うようになっている。さすがはプロの武器屋といったところか。
「うわぁ、おっさんすまん。そのうち絶対返しにくる」
「おう、楽しみにしてるぜ」
俺は防具をルルナリアに着せる。服を全部脱がせるわけにはいかないから、白いインナーの上から着せる。思っているよりも似合うな。
「嘉浩様…これ、似合ってますか?」
「割とマジで似合ってるぞ」
「…ありがとうございました」
「ありがとうございました」じゃなくて「ありがとうございます」だろ、と突っ込みたくなったが、そんなこと言ったところできょとんとされるだけだろう。
ってか嘉浩様って…俺はどういうあれなんだ…。
「あんた、見たところこの子、ウルフ種の獣人かい?」
「ああそうだ。名前はルルナリアだ」
「あー、あんたはあれだな。戦闘力を優先した感じか」
「なんか問題あるのか?」
「ウルフ種は食費が掛かるって有名だ。あんたは異世界から来たから分かんねえと思うが、ウルフ種は肉しか食わねえ。それにかなり好戦的だからな。まあ性格にもよると思うが、結構大変だぞ?聞いてねえのか?」
おいおい、あのクソピエロ。色々言いそびれてるじゃねえか。
別に俺が急かしたわけでもねえぞ。
「その様子だと、奴隷商から聞いてねえみてえだな」
「おっさん、後で会ったら玉乗りの玉にでもしてやってくれ」
ったく、いくら俺が余所者だとしても、食費なんて絶対説明しなきゃダメだろ…。あいつの口調からだと俺が勇者だってわかってた感じだったし、余計に腹が立つな。
俺はおっさんに挨拶をし終え、武器屋を出て草原に向かった。
「よし、ルルナリア。お前の戦闘センスを見るぞ」
「戦闘センス…?」
「お前がどれだけ戦えるかを確かめるんだ」
ルルナリアは、戦闘と聞くや否やショートソードを両手で握る力を強めた。やる気があるのはいいことだ。
この感じだと何とかなりそうだ。
「よし、スライムが来たぞ!」
「はい…!」
ルルナリアは立ちはだかるスライムに向けてソードを構えた。多少手が震えている気もするが、少なくとも逃げようとはしていないようだ。
ルルナリアはスライムを一刀両断する。良かった、これなら戦闘に差し支えることはない。
しかし、スライムの体液が飛び散り、ルルナリアの顔に引っかかる。
やべ、ティッシュかなんかないかな…と俺が思ったのも束の間、ルルナリアは顔に引っ付いたスライムの体液を舐めた。
いやいやいやいや、流石にそれはないぞ。女の子なんだから!
「嘉浩様、これ美味しくないです」
「あたりまえだろ!それはスライ――――――――」
俺がそれはスライムだと教えてやろうとしたとき、ルルナリアの頭上にEXP1と表示された。同じく俺の視界にも表示される。
やはり経験値は入るようだな。
実は武器屋を出た後、ヘルプを見てパーティ編成をしておいたのだ。
「嘉浩様、スライって何ですか?」
「スライ…スライはスライだろ」
本当はスライムなんだろうけど、もうスライでいいや。
というかやはり、この子相当やばいな。可愛い顔をして形振り構わず物を口にするのは絶対ダメだろ!
野性的なのは分かるが、一応人型なんだからそこら辺は人のように振舞ってもらいたい。
「ルルナリア!ちょっと…」
俺はルルナリアに手招き。ルルナリアはきょとんとしながら俺に近づく。俺はルルナリアに視線を合わせてしゃがみ込む。
「いいか?ああいう魔物の死骸とかは絶対に食べちゃダメだ」
「なぜですか…?」
「スライ…はまだ良かったけど、毒がある魔物とか、生じゃ食べれない魔物とかいるだろ?」
「でも、残すと勿体ない…です」
「俺が良いって言った時以外は食べちゃダメだ。これはお前のために言ってるんだぞ?」
そんなに俯かれても困るぞ、ルルちゃん。
「嘉浩様、私はやっぱりおかしいのでしょうか?」
「え?」
「私はウルフ種だと聞いています。ウルフ種は肉食でお肉ばっか食べていて、とても…戦いが好きだと、聞いています」
なんだろう。「聞いています」という言葉が妙に引っかかるな。
「もちろん、私はお肉も好きですし、戦いもやれと言われればやれます。でも、なんでしょう…。とても変な気分がするんです。あのテントの中でお肉を食べ続けている自分に…殺せと言われた魔物を殺している自分に…とても嫌気がさす時が…あるんです」
まずルルナリアがここまで流暢に喋れることが驚きだが、そこはたいして重要ではない。
恐らくルルナリアは、記憶喪失かなんかだろう。年齢を聞いた時にそれは何となく予想がつく。
だとしたらルルナリアが今喋ったことは誰かから聞いたこと。たぶんピエロだろうな。あのピエロも相当怪しいが、何よりルルナリアにだいぶ謎がある。
「ルルナリア、何も覚えてないのか?お前は」
「名前…」
「名前か。あとは何も覚えてないのか?」
「…うん」
ということは、後は本能で考えて行動しているということか。なんだか可哀そうな奴だ。
たぶんルルナリアが記憶喪失なのも、ルルナリアが奴隷であったことに繋がっているんだろう。
その時だ。突如ルルナリアの背後に魔物の影が近づく。ここはまだ城下町から距離のない場所だ。なんだ…?
俺は腰から銃を抜き、魔物に向ける。デンスモンキー。すごい形相で牙を見せ、ルルナリアを狙っている。ルルナリアはまだ気付かない。辛うじて俺が銃を抜いたことへの違和感を感じただけだ。
撃つしかない…。
「シルバーッ――――――――」
待て!撃つな!ここで撃ったらルルナリアまで巻き添えにしてしまう。
あの時と一緒だ。葵や俊平の時のように…。ルルナリアにまで煙たがられたら俺はどうすればいい?
だがここで撃たずにルルナリアを庇ったところで、俺が怪我をするだけだ。
そのとき、俺の脳裏に浮かんだのは、あの時覚えた技だった。
確かなんだったか…。
「シッ、シールドブレッド!」
俺はダメ元でそれを自分の腕に撃った。銃弾は俺の体に触れる瞬間に、光のようになって俺の体に膜を張った。
シールドブレッドの能力は確か、防御力の上昇。
ここまで来れば賭けだ。
俺はルルナリアを抱きかかえ、その場に伏せる。
デンスモンキーは躊躇することなく俺の背中に噛みつく。しかし、痛くも痒くもない。これがシールドブレッドの力か!
まだ効力は弱だったはずだ。まだまだ向上の余地がある。俺の武器も案外捨てたもんじゃないということか。
「ルルナリア!敵だ!」
俺は背中に噛みついたデンスモンキーの細い腕を掴み、地面に叩きつける。デンスモンキーは奇声を上げて俺の腕に噛みつくが、痛くも痒くもない。こいつは俺の腕を噛んでいるというより、銃弾により作られた膜を噛んでいるという感じだ。
ルルナリアは俺が取り押さえたデンスモンキーに、容赦なくショートソードを突き刺す。デンスモンキーは事切れ、動かなくなった。
くそっ!血が顔にかかった!
ルルナリアはショートソードを置き、徐にデンスモンキーに手をかける。俺はその手を抑える。
「ダメだルルナリア!我慢しろ。まだ食っちゃだめだ」
「嘉浩様…」
本能に逆らうのは簡単なことじゃない。
だが、俺はルルナリアが何でも食べてしまうという本能を抑える必要があることが分かったんだ。
ピエロの一言を思い出した。
ルルナリアは雑種だということ。いわばハーフだ。
もしかするとウルフ種とはかけ離れた種族かもしれない。だとしたら迂闊に魔物の肉を口に入れるのはナンセンスだ。
「嘉浩様、ごめんなさい」
「大丈夫だ、徐々に慣れるだろ」
俺はルルナリアの背中を摩り、頭を撫でた。