奴隷
武器屋のおっさんに書いてもらった紹介状を片手に、俺はサーカステントを探した。
ずっと町の中を探しているが、よくよく考えてみれば町のど真ん中に堂々と奴隷商の店が建っているわけもないか。
そう思って裏路地のような暗がりの道に入ると、紫と黒の縦縞模様が特徴的なサーカステントが目に入った。
なんというか、毒々しいな。
「おや、お客さんですかね?」
昨日の晩見た太ったピエロが出迎えてくれた。昨日と同じようにピエロのメイクをしている。
ピエロのくせに、こんなナチュラルに喋って大丈夫なのか…。
「武器屋のおっさんから紹介状を貰ったんだけど」
「えっ、あの人がですか?」
怪しげな見た目とは裏腹に、親に怒られる直前の怯えている子供のようだな。なんだ?何か弱みでも握られているのか?
俺は武器屋のおっさん直筆の紹介状をピエロに渡す。
「ああ、これは間違いなくあの人の字ですね~…」
「まあそういうことなら、話は早く済みそうだな」
「あくまでも商売ですからね」
詐欺師みたいに甲高い声だな。
まあこれで俺はいわばお得意さんのような立ち位置につけたわけだな。
「というわけで、俺は奴隷がほしい」
「本心で言ってます?」
「できれば普通の仲間が欲しいがな。とある事情から奴隷以外は無理な状況だ」
「そうですか」
何が面白いんだか、ピエロは笑ってやがる。まあここでこいつにキレても何も解決しないからな。
ピエロは俺をサーカステントの中へと案内した。
入った途端に、像やらライオンやら猿やら、サーカスといえば…といった感じの動物が檻の中に入れられていた。
「なんだお前、普通にサーカスやってんのか」
「まあこれはあくまで表の顔ですけどね。稼げるのは奴隷の方ですよ」
「お前ひとりでやってんのか?」
「サーカスも奴隷売りも、私一人です。私はどうも人間以外の生き物と縁があるみたいですね」
それを人間である俺の前で言われたら俺はどうしろというんだ。
間接的に帰れと言われている気がしないでもないが、あの紹介状があればたぶん大丈夫だろう。
ピエロは俺を更に奥の方へと連れて行った。明らかに違う雰囲気を漂わせる扉を開くと、様々な声が耳に入ってきた。
扉を開けてこの声とは…随分防音性の高い扉だな。
同じく檻が並んでいたが、肝心の中身が違う。
基本的に人型が多いようだが、どうも人間だとは思えない。
「奴隷って言っても、人間ばかりじゃなさそうだな」
「このテントに人間は一人もいません。皆、亜人、獣人、魚人など、人型である奴隷が多いですね」
暗くてよく見えないが、まあ見渡す限りだとやはり人型が目に入る。軋み音のような金切声が耳を劈くようだ。
「うるさい奴らばっかだな」
「静かな方がお好きですか?」
「出来ればな。あとはそうだな、近距離の戦闘が得意な奴が良い」
俺が銃を使えるとなれば、長距離中距離はまあ大丈夫だろう。近距離で敵を仕留められる奴がいれば全範囲対応できる。
奴隷に射撃を教わるという手もあるが、それでは俺の腕が上がったときに奴隷が使い物にならなくなる。
出来れば奴隷には生き残ってもらいたい。
「例えばあんたのおすすめはどれなんだ?」
「それはもちろん、20番の彼でしょうねぇ」
そう言ってピエロは目の前の檻を指さした。檻の右上には20番と書かれた札が貼られている。
檻の中にいるのは如何にも獰猛な奴隷。爪と牙が恐ろしいほどに鋭いな。
「これは何だ?」
「ビースト種獣人です。獣人の中でも最も凶暴だと言われている種です。ちなみにレベルは21」
この殺気、この迫力でレベル21とは恐ろしいな。戦力としては文句のつけようがないだろう。だが、これは躾が大変そうだ。
「言うこと聞くのか?」
「奴隷購入の際には契約紋を刻むようになっています。ちなみにここにいる奴隷は今は全て私と契約を交わしております」
「俺が買うときはどうなる?」
「契約紋は一対一でなければ無効になるので、その時は私が契約を解除し、新たにあなたと契約を結ばせることになるでしょうね」
なるほど、そうすればいざ反抗した時も言うことを聞かせられるということだな。まあそれはそうだ。
しかし、こうなってくるとどれでもいい気もする。あとは財布とご相談だが、奴隷の相場が分からない。
「ちなみに、この獣人奴隷はいくらだ?」
「どれだけオマケしても金貨7枚ですかね。レベルが20代なのでビースト種の中じゃ安い方です」
「こいつが最高値か?」
「いえ、金貨200枚の奴隷が奥にいますが、できれば見せたくはありませんねえ」
「なんでだ?」
「触れないでいただきたいですね」
俺はお得意さんだぞ…とは言えないか。昨日飯を食っていてわかったことだが、この世界では銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚らしい。ということは最高値は銀貨2万枚か。そんなものをどうやって持ち歩けというのか。
「このテントには何種類くらいの奴隷がいる?」
「大体200体くらいですかね。その中でお客様が気に入る様な奴隷がいるかは分かりませんがね」
いなければ困る。俺は何としてでもここで戦える奴を買っておかなければ、本当にこの先進んでいけない。
自ら勇者に志願しておきながら、「攻撃が出来ないんで元の世界に帰りたいです」なんて示しがつかない。
「ちなみに予算は?」
「銀貨は140枚あるが、今後のことも考えると出せて20枚だな」
「銀貨20枚ですか。他に何か条件はありますか?性別であるとか種族であるとか」
「性別はどっちでもいい。種族も別になんでもいいな」
「そうなりますと、なんとも絞り難いですねぇ。銀貨20枚以内で買える奴隷でしたら、ここには50体くらいいますし」
もう少し条件を絞った方が良さそうだな。
50体の中から一体を選ぶのは骨が折れる。まあできないことは無いが。
ほかに求める条件―――――――――
「そういや、魚人は何となく分かるんだが、亜人と獣人の違いはなんだ?」
「亜人は見た目はほとんど人に近いですが、身体能力が人間よりも遥かに上です。獣人は見た目は人間+獣といった感じで、身体能力は亜人よりも上です」
周りの目を気にするなら亜人、気にしなくていいのなら獣人でもいいのか。
まあ勇者の品位とやらを気にするつもりはないし、できるだけ強いに越したことは無い。
となると狙い目は獣人か。
「魚人は?」
「魚人は水に関する動きはぴか一ですが、銀貨20枚で買える魚人はここにはいませんね」
希少だということか。やはり獣人だな。
性別は女でいいか。少しでも旅に華があるのはいいことだ。まあ華になるかどうかは分からないが。
「よし。じゃあ銀貨20枚以内で買える獣人奴隷にする。性別は女。比較的穏やかな奴だ」
「となるとかなり絞り込めますよ」
そう言うと、ピエロは慣れた手つきで檻を動かし始めた。俺の条件にあった奴隷を並べてくれているのだろう。
少しして、俺の目の前に3つの檻が並んだ。絞った結果が三体というわけか。あとはこの中から俺好みのを選べば良いってことだな。
「それぞれ説明頼む」
「一番左はラビット種獣人。名の通り跳躍力に長けておりますが、旅の中では大して使い物にはならないでしょう。レベルは2で、銀貨8枚です」
黄色いショートヘア―にウサギのように長い耳。なるほど、これが獣人か。
「真ん中はウルフ種獣人。目が非常に良く、戦闘センスも高いかと。しかしこの個体は少しウルフ種の中でも他の血が混ざっています。雑種というやつですね。
レベルは1で銀貨12枚です」
青みがかった長い銀髪に、狼のような耳が付いている。少しおびえているようにも見える。
「そして一番右側がキャット種獣人。夜の動きが特に活発というのが特徴ですが比較的扱いやすいかと。性格はあまりよくありませんが。レベル7で銀貨20枚です」
ピンク色の髪に猫耳。この中じゃ見た目は一番ビッチっぽいな。こいつはやめておこう。高いし。
となるとやはり真ん中だろうな。ラビット種は安いが、使い物にならなそうだ。
「よし、決まった。真ん中のウルフ種をくれ」
「こちらでよろしいのですね?」
「お前の言い方が一番キツくなかったしな。別にお前を信用してるわけじゃないが、お前の武器屋のおっさんに対するビビりようは尋常じゃない。ここで俺を騙すようなことはしないだろ?」
「怖いですね~」
まあ、消去法でいけばどう考えてもこいつだろうな。狼といえば獰猛なイメージがある。戦闘に使えれば何でもいい。
俺はピエロに銀貨12枚を渡すと、ピエロは檻の鍵を開ける。ウルフ種の奴隷は何やらとろけるような目でこちらを見てくる。
誘惑でもしてるのか?
いや、この目は何かにおびえている眼だな。
「ピエロ。こいつ名前なんて言うんだ?」
「ルルナリアです」
「ルルナリア。よろしくな」
ルルナリアは頷くことなく、ずっと俺の眼を見ている。
なんだ?なにを警戒している?そんなに俺の顔が気にくわないか!この面食いめ!
俺とピエロとルルナリアの三人は別室に移動した。
今度はルルナリアと契約を結ぶようだ。だが最初はピエロとルルナリアの契約を解くところから始まる。
よく見ると、ルルナリアの顔の左眉のあたりには、眉毛に重なるように模様が描かれていた。おそらくあれが契約紋というやつだろう。前髪で隠れていてよく見えないが。
ピエロは自分の手の甲にある契約紋をルルナリアの顔の契約紋にあてる。
ルルナリアは少し怯えて目を瞑り、手と手を合わせる。ピエロが違う方の手で何やら印を結ぶと、光が溢れ出る。
どうやら契約が解除されたようだ。次は俺がルルナリアと契約を結ぶ番だ。
契約を解除した後も、ルルナリアの顔の紋様が消えることは無かった。
「契約の結び方ですが、お客様は奴隷の体にある契約紋に利き腕で触れてください」
俺はルルナリアの眉のあたりに手を置く。またもルルナリアは怯えて目を瞑る。
「本当であればご自分で詠唱するのが一番楽なんですが、お客様は初めてということなので、今回は私が詠唱致しましょう」
「そうか、すまんな」
「別料金として銀貨10枚をいただきます」
「武器屋のおっさんに伝えておく」
「別料金として銀貨2枚をいただきます」
交渉が成立すると、ピエロは何やら座り込んでブツブツ唱え始めた。
というかこのピエロ、武器屋のおっさんという単語を聞くや否や料金を下げやがった。やはりビビッているな。
何があったかはまったくもって興味がないがな。
契約を結ぶのに、思ったより時間が掛かった。
20分ルルナリアの契約紋に手を当てていて、手が付かれてしまったが、どうやら契約が結べたようだ。
俺の首には直径5センチほどの契約紋が刻み込まれた。
この契約紋、どこに刻まれるかはランダムらしい。首でよかった。
俺はピエロに銀貨を2枚渡した。
「その契約紋は、奴隷がお客様の意思と反する行動をとった場合に効果があります」
「どうなるんだ?」
「奴隷の方の契約紋から特殊な魔力が奴隷の体内に流れ込みます。奴隷は痛みに苦しむでしょう。しかしちゃんとお客様のいうことを聞いていれば、特殊な魔力は浄化される仕組みです」
さすがは異世界。俺のいた世界とは科学の進歩が違っているようだ。
奴隷といえど仲間だ。仲間を傷つけるのは性に合わないから、できるだけ言うことを聞いてほしいものだ。
「じゃ、俺はそろそろ行くかな」
「お客様。最後にあなたの名前を聞かせてください」
「半沢嘉浩だ」
「良い旅を。勇者様」
まったく。俺は自分が勇者だなんて一言も言ってないんだが。
ルルナリアのネーミングに結構悩みました。
「絶え間なく続く」という意味の「縷々」を名前に入れてみました。
「ナリア」はファンタジーの響きですね