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Time:Eater ~ Irreversible Story ~  作者: タングステン
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第四話 『因果』

 十月九日に何の前触れもなく殺され、もうこの世にはいないはずの彼女が、俺に微笑みかける。


「じーげーんっ♪」

「ん、どうした?」

「ううん、何でもない。でもね、こうやって次元と歩くのが、久し振りのような気がしたんだー。だから、何だか嬉しくなっちゃった」

「……そうか。久し振りのような気がしたのはたぶん、気のせいだ」

「まぁ、そりゃね。だって、昨日も一昨日もその前も、私と次元はずーっと一緒に登校してたわけだし」

「……そうだな。音穏は、病気にかかることもなかったもんな」

「んー? それは遠回しに、私のことを馬鹿だって言ってるのかなー? 馬鹿は風邪引かないって――」

「いや、そうじゃない。ただ、音穏はいつでもどこでも元気な女の子であってこそだって言いたかったんだ」

「ふーん、そっか。それなら、許してあげてもいいよー」


 十月××日土曜日、本日は晴天なり。俺の隣には、肩くらいまでの長さの茶髪に、赤い紐のようなリボンを括り付けた、それなりに顔が可愛くて、高校生にしては胸が大きい女の子が一人、俺と一緒に歩いている。俺と彼女はこれから、ある友人が出場するソフトボールの試合を見に行く途中なわけだが、自発的に言葉を発しない俺に対して、彼女はやけに楽しそうに俺に話しかけてくる。


 なぜだろう。随分長い間、嫌な夢を見ていた気がする。でも、これが現実であり、真実なんだ。


 俺と彼女は、小学生の頃に出会って以来仲が良く、家が近所ということもあって幼馴染としての関係を続けている。二人はごく稀に喧嘩することもあったが、すぐに仲直りをして、離れ離れになることはなかった。引越しはともかくとして、死別するなんてことは絶対になかった。


 昨日も一昨日もその前も、俺は彼女と一緒に登校していたはずなのに、どうしてだろう。こうして晴れ晴れとした気持ちで外に出たという行為自体が、久し振りのように思える。それどころか、今歩いている道、すなわちグラヴィティ公園を抜けた先にある学校までの道を歩いていることでさえ、懐かしむべきことのように感じられる。


 俺は昔からあまり記憶力が良くなかったが、毎日行っていることでさえ、忘れるようになってしまったのだろうか。自分で自分に文句を言うみたいであまり好ましくないが、勘弁してほしいものだ。記憶力の悪さが俺を苦しめるのは、定期テスト前日だけでいい。いや、それはそれで、困るといえば困るのだが。


 そうこうしているうちに、これまた郷愁を感じられる母校に到着。いや、俺はまだ卒業していないから、母校と表現するのは若干相応しくないかもしれない。どちらかといえば、我が校と表現する方がいいだろう。まぁ、細かいことはどうでもい。


 ここに来るまでの二十分程度の時間、俺は隣を歩いている彼女と他愛のない会話をしていた。さすがに『最近の日本の政治は~』なんていう話題はあるわけもなく、たぶん世間話をしたと思う。この一週間の間に起きたこととか、友だちの人間関係がどうとか。とはいっても、友だちゼロでぼっちの俺はその話題を振ることはできず、基本的には彼女からの話題提起となっていたが。


 そういえば何日か前、さっき俺たちが通ったグラヴィティ公園前で交通事故が起きたらしい。それは午前八時頃の話で、通勤中のサラリーマン一人と、ナイフを所持していた全身黒ずくめの若者が、曲がり角を曲がってきたトラックに轢かれたらしい。


 俺と彼女及びその友人たち数名は登校中であり、丁度その近くを歩いていたのだという。それで、事故の瞬間を目撃したらしいけど……当の俺は、そのことについてまったく記憶にない。らしいらしい言い続けているのは、俺が彼女からそう聞いた話をそのまま呟いているだけに過ぎないからだ。はて、いよいよ俺の記憶力もレッドゾーンに突入したのかもしれない。


 何はともあれ、そういうこともあったらしいが、今日も何の変哲もない平凡な日常だ。というか、人によって理想とか解釈とかは異なると思うが、大抵の日は何の変哲もない平凡なものだと思う。突然タイムトラベルできるようになったり、突然大切な人が殺されたり、そんなことは滅多にない。少なくとも、交通事故に遭ったり、日本国内で生活していて感染症で死亡するよりは、起こる可能性は低いはずだ。


 学校に到着した俺と彼女は、そのままグラウンドへと向かった。いくら記憶が曖昧とはいえさすがに我が校のグラウンドの場所くらいは覚えている俺だが、そもそも学校に到着してからどこに向かうか知らなかったので、とりあえず彼女の背中を追った。そしたら、グラウンドへと向かうことになったというわけだ。うむ、自分で言っておいて何が何だかよく分からなくなってきたな。


 グラウンドにあるフェンスの向こう側では、甲高い声を発しながら球技に興じるユニフォーム姿の女子高校生たちの姿があった。というか、あれは我が校の女子ソフトボール部の面々であることはほぼ間違いなく、試合前のウォーミングアップ代わりの練習の真っ最中だということが伺えた。


 さて、本題に戻るが、俺たちはなぜ土曜日にこんなところに来ているのか。それは先ほども言った通り、豊岡阿燕(とよおかあえん)という同級生が出場するという、ソフトボール部の練習試合を見るために他ならない。


 以前から何度かそういう話はあったような気はするが、今回こうして見に来ることになったというわけだ。もっとも、俺自身そんな約束をした記憶はないわけだが、俺の隣にいる彼女が勝手に約束したんだろう。


 その後、しばらくすると、ソフトボールの試合が始まった。正確には、俺たちが学校に来た時点で対戦校の選手はすでに到着していたらしく、いつの間にやら試合が始まっていたと言った方が正しいかもしれない。


 試合の内容は一方的な展開というわけではなく、どちらかといえば接戦という感じだった。俺自身、野球とソフトボールはルール的に大差ないと思っていたが、俺の隣の彼女の話によるとどうやら少しは違うらしい。まぁ、ボールの大きさとかベース間の距離とかしか分からなかったが。何はともあれ、普段こういうものを見ない俺からしてみればそれなりに新鮮味があって、何となく面白いと感じられた。


 試合開始から約一時間半が経過し、無事に試合は終了した。結果は、3-2で我が校の勝利。豊岡選手もそれなりの活躍を見せ、具体的にどうだったかは覚えていないが、二本くらいヒットを打っていたのは分かった。


 野球自体よく知らず、ソフトボールに関してはさらに知らない俺からすれば、それが良い成績なのか、それほどでもないのかは判断のしようがなかった。まぁ、俺の隣の彼女の話によると、悪くはなくむしろ良さげらしいので一安心。


 試合終了からしばらくして、クールダウンやら片づけやらを済ませた後、ユニフォーム姿の阿燕が俺たち二人の下に歩いてきた。どうやら、午後からは他のクラブがグラウンドを使うらしく、本日の女子ソフトボール部の活動は午前中だけらしい。


「お疲れー。阿燕ちゃん、活躍してたねー」

「まぁ、いつも通りって感じね。でも、二人とも、今日は見に来てくれてありがとう」

「ううん、私も見ていて楽しかったから、お互い様だよー」


 いつも通りと言っておきながら少し自慢げの阿燕と、そんな阿燕の気持ちが分かっているのか嬉しそうな彼女の姿を見ていると、何だか微笑ましく思えてきた。それにしても、相変わらずこの二人は仲がいいんだな。なぜか安心した。


 ふと、阿燕が俺の方を向いて聞いてきた。


「えっと……上垣外は、どうだった? その、今日の試合を見て――」

「そうだな、普段スポーツは見ない俺だが、たまにはこういうのもいいもんだなって思えたよ」

「……そうじゃなくて」

「ん……あー、そういうことか。素人未満の感想で悪いが、全体的に凄い活躍だったじゃないか。よく頑張ったな、阿燕」

「そ、そうでもないわよ……」


 阿燕はそう言うと少しだけ頬を赤らめて、そっぽを向いてしまった。たぶん、阿燕が俺に言ってもらいたかった台詞はこれで合ってるはずだけど、もしかして少し違ったのだろうか。まぁ、あながちまんざらでもないといった表情をしている……ような気がするので、これ以上訂正はしないでおこう。


「んじゃ、阿燕ちゃんの試合も終わったことだし、時間も時間だから、お昼ご飯でも食べに行きますかー!」

「あ、音穏、ちょっと待って。さすがに今は汗でどろどろだから、一回家に帰ってシャワー浴びてからでもいい?」

「うん、そういうことなら、またあとで再集合するってことにしようか」

「ありがとう。とりあえず、家に着いたらまた連絡するから」

「オッケー」

「それはそうと……上垣外、あんた今、変なこと考えてなかった?」

「え、何で俺の方に良からぬ矛先が向いたんだ?」

「私が『シャワー浴びてから』って言ったとき、一瞬にやけてた気がしたから。まさかあんた、私の裸を想像――」

「いや、そうじゃない。ただ、二人の姿を見ていると、微笑ましいなって思っただけだ」

「本当に? それならいいんだけど……上垣外、あんた雰囲気変わった?」

「そうか? 俺はいつも通りのつもりなんだが」

「何と言うか、大人っぽくなったというか、さっきからずっとテンションが低いっていうか」

「そんなことない。そう見えないかもしれないが、今朝から俺はテンションマックスだぜ」

「そ、そうなんだ」


 嘘とはいえ冗談のつもりで言ったのに、なぜか引かれた気がした。数秒前より阿燕が数センチ遠い。その表情も、俺を憐れむようなものになっている。俺の台詞、そんなに気持ち悪かったか?


 それにしても、前から俺は阿燕とはこんな感じで接していたはずなのに、まさか雰囲気が変わったと言われるなんて思いもしなかった。正直言って、阿燕にも言った通り、俺にその自覚はない。


「ここで長話していてもなんだし、そろそろ行こっか」

「そうね。私も早くシャワー浴びたいし」


 二人のそんな会話の後、俺たちは学校から出た。他愛のない、どこにでもいるような高校生同士のありきたりな世間話をしながら、歩いていく。阿燕の家は俺たち二人の家がある方向とは少し異なるが、俺たち二人は家に帰る用事もないので、そのまま阿燕の家の近くまで行くことにした。


 グラヴィティ公園に入ってしばらくしたとき、ふと俺の隣を歩く彼女に聞いた。


「そういえば、阿燕が家に帰っている間、俺たち二人はどこで待っているんだ?」

「んー……考えてなかった。まぁ、阿燕ちゃんの家の近くには色々とお店があったはずだから、適当に買い物でもしてよっか」

「そうだな」

「それなら別に、私の家に上がって待ってくれていてもいいのに」

「あ、本当に? でも、急にお邪魔したら迷惑じゃない?」

「そんなことないわよ。またすぐに出かけるわけだし、私がシャワーを浴び終わるのを待ってもらってるくらいなんだから、それくらいは」

「って阿燕ちゃんは言ってくれてるけど、次元はどうする?」

「それじゃあ、せっかくだから――」

「上垣外はダメ」

「えっ」

「あんたみたいな男をうちに上がらせたら、何されるか分かったもんじゃないし」

「いやいや、何もしないし……というか、豊岡阿燕さんの中での俺の評価はどうなってるんですか……?」

「阿燕ちゃん、安心して。もしそんなことがあろうものなら、この私が次元を羽交い絞めにしておくから。こう、ギューッとして、バキッと」

「おいちょっと待て何だその変な擬音――」

「死なない程度にお願いね」

「……俺が会話に参加しないまま、勝手に話が進んでいるような気がするんだが……?」

「そんなことないよ、いつも通りだよ」

「そうそう。いつも通りいつも通り」

「「ねー」」

「何でこう、二人は変なところで息ぴったりなんだろうな……」


 気がつくと、俺が二人に弄られるような状況になってしまっていた。二人の仲が良いことは微笑ましいのだが、どうにも俺の扱いに抗議したいところである。さて、阿燕の家に着くまではまだ時間があるし、どうすればその間にこの状況から脱却できるだろうか――、


 しかし、内心楽しんでいた俺の考えは、想定外の現実によって一瞬にして崩れ去った。


「あ――」


 俺がそれに気づいたときにはすでに手遅れだった。頭上十数メートルの地点から落下してきた鉄骨は一人の少女を目がけて一直線に落下し、その重量に落下速度を上乗せして、押し潰す。


 頭部は粉砕され、見るに耐えない無残な死体だけが後には残った。飛び散った大量の鮮血は俺たち二人の顔や体に付着し、脳味噌や頭蓋骨の破片までもが散乱している。そして、それらが余計に、目の前の光景を非現実的なもののように思わせる。


 その少女が死亡したということに気づくまでに五秒。顔や体に飛び散った血が、その少女のものだということに気づくまでに、さらに五秒。最後に、俺の隣の彼女が悲鳴を上げるまで、さらに五秒。


 俺と音穏の目の前には数十秒前の阿燕の姿はなく、ただの圧死体が一つあるだけだった。

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