惑わしの木2
魔法使いにとって、杖を取り落とす事が、何よりの命取りだ。仮にも義務教育を終えて、ディミオス校への進学を希望した者の迂闊な行為に、フェリシアは眉を吊り上げた。
「あの……二人共。一緒に大聖堂まで行っても良い? 私、今のでふらふらなの。……あ、アニス・メイシーよ。」
「フェリシア・セイモアよ。」
「ビリー・アルフォード。」
三人は順番に握手をし、歩き出した。その頃になってようやく、背後に一年生がちらほらと、姿を現し始めた。
「ねぇ、二人はいったい何を見たの?」
「何って?」
アニスの問いに、フェリシアは顔を顰めた。それを見て、ビリーが息を呑んだ。
「君……何も見えなかったの?」
「何が?」
「信じられない! 本当に?!」
「だから、何が?!」
フェリシアはイライラと聞き返した。口を噤んでしまったビリーの代わりに、アニスが説明した。
「私も近づくまで気が付かなかったけれど、あの老木は多分“惑わしの木”よ。……習ったわよね?」
「ええ、勿論。でも、迷信じゃない?」
「迷信じゃ無いさ!」
ビリーが怒った様に声を荒げた。
「僕がさっき、死んだはずの家族を見たって言ったら、信じる?!」
「ビリー!」
フェリシアはショックを受けて、言葉を失った。
「でも……でも、もし本当にそうなら……どうやって――」
「死んだ人間が帰って来ない事は分かってる。それに、家族の幻影が、僕を傷つけたりしないだろう?」
ビリーは暗い声で答えた。その時、フェリシアは何故、あの老木が“移動ポイント”に選ばれたのかを察した。
「マディスの奴らがあの木の前に立ったら、何が見えると思う?」
全てを理解したであろうアニスが、消え入りそうな声で呟いた。
「奴らにとって、一番の恐怖は?」
そう。惑わしの木の花は、不思議な芳香と共に、その人が一番恐れているモノを見せるのだ。何の影響も受けない者は、魔法界の真理の一つを、正しく理解する者と呼ばれている。
幻の繰り出した攻撃には、実体性がある。つまり、場合によっては命を落とす危険性もあるのだ。