惑わしの木
午後八時。ようやく一行は目的の駅へと辿り着いた。フェリシアはビリーと共に、汽車を飛び降りた。地面に足が着いた途端、これまで載っていた汽車が何処にも見えなくなってしまった。
それぞれの出身校の制服を着た学生達が、不安そうな顔で周りをうろうろしている。中には杖を取り出して、誰にも近づかない様にしている者までいた。
その内、人々の群れが、何となく西の方向へと歩き出した。ディミオスの上級生たちが、ある大木の前で杖を上げ、順々に姿を消して行った。
「僕達もアレをやるべきだと思う?」
ビリーが不安げに囁いた。フェリシアは返事をせずに、上級生の後へと続いた。
樹齢も分からない程の木の前に着き、フェリシアは杖を取り出した。ビリーも恐る恐る杖を出した。
「ねえ、君の服の裾を掴んでいて良い?」
妙に情けない声で彼が言うと、フェリシアは呆れた様に肩を竦めた。
「服だけ、別な場所に持って行かなければね。」
それから二人は、丸々三秒見詰め合い、どちらから共なく、杖を天高く突きあげた。
一瞬の眩暈の後、二人はそれまでと全く別の空間に居た。汽車が消えたのと同じくらい、唐突に複数の建物が姿を露わしていた。
「立て札くらい立てて置いて欲しいよね。これじゃあ、分かり辛いじゃないか。」
「それって、マディス用の道案内?」
フェリシアが笑えない冗談を真顔で飛ばし、四方を見回した。上級生達は続々と、一番塔の高い建物へと向かって行ったが、一年生は二人の他に全く見当たらない。
「あ!」
フェリシアは、遠くから駆け寄って来る人影に気がついた。
「お~い!」
先程汽車の中で話した女性が、魔法使いの正装である、マントを翻しながら駆け寄って来た。
「まさか一年生はこれだけ?! 他の子たちは?」
「多分すっげえ爺の木を、間抜けな顔で見詰めて――痛いッ!」
軽口を叩いたビリーの足を、フェリシアは容赦なく踏んづけた。それを見て、女性はニヤリと笑った。
「大変結構。間抜け面を見に行くとするよ。君はフェリシア・セイモアに、大聖堂へ“連れて行って”貰いなよ。」
彼女は二人の頭をわしわしと撫でると、杖を一振りして姿を消した。
取り残された二人は、何とも言えない距離を取って、二人で歩き出した。
「ここ、何処なんだろうね。」
ビリーは不安げに辺りを見回した。
「こんなに大きな建物が、本当に敵に見付かって無いのかな?」
「場所ぐらい知っているんじゃない? 少なくとも、私の保護呪文よりは強力な何かで、守られているはずよ。」
フェリシアが言い終わると同時に、背後で光が炸裂した。二人は同時に戦慄し、杖を抜いて振り返った。
「待って!」
其処には、フェリシアより小柄な女子生徒が蹲っていた。
「ねえ、二人とも。ディミオスの生徒?」
彼女は立ち上がり、服の汚れを払った。
「君、杖を落としてるよ。」
ビリーがぶっきらぼうに言い、足元を差した。女子生徒は真っ赤になり、慌てて其れを拾い上げた。