アルヴェニスウェールの春5
辺りが静かになり、ビリーは漸く辺りを見回した。騒ぎに気がついた他の生徒たちが、通路に顔を出して様子を窺っている。
自分が情けない姿に成っている事に気が付き、立ち上がると、杖を出して一振りした。――粉々に砕け散った窓硝子が、元通りに成った。
「気付いていたんですよね。」
フェリシアは責める様な口調で、フェリックスに詰め寄った。
「あなた方は、彼女の手に気付いていたはずです。」
「けれど、信じていた。」
彼は苦しげな表情で返していた。
「彼女はディミオス校で四年間、我々の同士と共に学んだ。」
対してフェリシアは、信じられないと言わんばかりに首を振った。
「気付いていたのに、あなた方は放置したんですね。……そうする事で、命取りになるかも知れなかったのに。」
「それでも、私達は信じ合うのよ。」
それまで黙っていた女性が、白銀の髪の毛を後ろに流しながら、言った。
「私達は恐怖で人を縛ったりはしない。人を信じて、誰かと力を合わせる事で、戦いに勝つの。人を疑う事に慣れてはいけない。……アリシアは気持ちが変わったと、信じていた……。」
少し感傷的になったのか、彼女は俯いてしまった。代わりに、フェリックスが前へ進んだ。
「君達には分からないかも知れない。けれど、仲間を信頼しなければ、恐怖で先に進めなくなる時が必ず来る。」
「……私は……何も全ての人間を疑えと言っている訳では有りません。」
フェリシアは不満そうに小さく呟いた。其れを聞き漏らさなかったフェリックスは、何故か柔らかな笑みを浮かべた。
「我々は、君を疑う事も出来た。」
「違う!」
すかさずビリーが声を上げた。
「彼女は保護呪文を唱えただけだ!」
「証拠は?」
「僕が見ていた!」
彼の必死の叫びに、フェリックスは頷いた。
「信じるよ、勿論。彼女の杖を調べたいと言っても、嫌がらないだろう?」
「どうぞ。」
フェリシアは乱暴に杖を放った。フェリックスは、満足げに笑うと、特に何もせず、杖を返した。フェリシアは再び渋い顔をした。
「貴方が信用すると見越して、私が嘘を吐いていたら?」
「もういい加減にしろよ!」
とうとう、ビリーが不満を口にした。
「言葉遊びなら、何とかって悪党とやれよ!」
「これは失礼。」
フェリックスは愉快そうに頭を下げると、フェリシアの杖に、自分の杖で振れた。辺りに青色の光が一瞬広がった。
「君達は、保護呪文を使った。……騒ぎに巻き込んでしまって、すまなかった。目的地まで、後四時間程だ。」
彼は再び険しい顔つきに戻ると、女性を引きつれて別の車両へ早足で去って行った。
一瞬の間の後、フェリシアとビリーは、同時に座席へ崩れ落ちた。緊張の糸が切れた瞬間、物凄い疲労感が彼らを苛み始めた。