アルヴェニスウェールの春3
余りの勢いに、青年は口を半開きにして、丸々五秒間固まった。後、急に吹きだした。
「凄い発想だ。君、策士に成れるよ!」
「馬鹿にしているでしょ?!」
フェリシアが噛みつくように突っかかると、彼は笑いを無理やり腹の中に押し込んで、真面目な表情を作った。
「してないさ。……でも僕なら、スパイって分かったら直ぐに殺っちゃうな。だってそうだろ? もっと危険な目に遭う可能性が――」
「物事は、そんなに単純じゃ無いんだよ。」
いきなり現れた、黒人で長身の男が、青年の頭を鷲頭掴みにして言った。
「こんにちは。……君は、フェリシア・セイモアだね?」
男は、ハンサムな顔に素晴らしい笑顔を浮かべて訊ねた。フェリシアは言葉を無くして頷いた。
「……そう。ヴァイゼシェーン校の主席の名前は良く聞いている。私もそこの出身だ。」
彼は、名乗り、手を差し出した。
「アリシア?! アリシア・オールディントン?!」
フェリシアは仰天して繰り返した。男……いや、女性はからからと笑った。
「ああ。私は女だよ。……流石に女の子とは、言い難いけれどね。もう四十ニだ。」
アリシアはそう返し、思い出したかの様に青年に向き合った。
「君、名前は?」
「ビリー・アルフォード。」
「そう。ビリー、宜しく。……君は、ディミオスとマディス――ああ、例の狂気的なテロ集団の呼び名だけど――両者の違いが分かるかな?」
「良い奴と悪い奴って事?」
間抜けな答えに、フェリシアは思わず噴き出した。アリシアが咎める様な視線を送ると、彼女は途端に大人しくなった。
アリシアは「掛けても良い?」と言うなり、答えを待たずに腰を下ろした。それから、声を顰めた。両手を膝の上に置いて、身を乗り出した。
「我々は罪の無い人間を傷つけない。……脅されて従わされただけの人間に、悪意があると言えるだろうか?」
「言えるわ。」
フェリシアが意外な言葉を発した。アリシアは目を細め、彼女の顔をジッと観察した。
「どうして、そう言えるのかな?」
優しい笑顔を湛えて問いかけると、フェリシアもつられてほほ笑んだ。
「だって、それは抗うだけの勇気が無かっただけです。自分の意志を持たずに戦ったからといって、人を殺した罪が消えるわけでは無いはず。」
先ほど仄めかした事とは、恐らく正反対の持論を展開するフェリシアに、ビリーは首を傾げた。
アリシアは辛抱強く続ける。
「勇気があるか、無いかじゃ無いよ。本当は何が自分にとって良い事か、知っている事が大切だ。」
「そうですか。」
――瞬間、フェリシアは杖を構え、左手でビリーを通路側へ投げ飛ばした。
「うわあ!」
彼が間抜けな悲鳴を上げた瞬間、二人の女性が呪文を飛ばし合っていた。窓が割れ、破片がアリシアを襲った。