アルヴェニスウェールの春
春の訪れと共に、誰もが【長い冬】の終わりを願った。しかし、待つだけでは決して、花が咲かない事も、皆知っている。
フェリシア・セイモアは、もう何十回と読み直した新聞を、また開いた。今更ながら、半日にも及ぶ汽車の旅に、暇つぶしの道具を殆ど持ちこんでいない事を後悔した。
窓の外の風景は、ずっと変わらず森だ。天気はすこぶる悪く、憂鬱な気分を助長した。
彼女は魔法使いだ。……といっても、この世界の全ての人間は魔法が使えるので、取り分け珍しい訳でもない。
特殊なのは、彼女が義務教育を終えたにも関わらず、再び学校に通おうとしている事だ。
通常、七歳から十年間、一貫制の学校に通った魔法使いは、殆どがそのまま就職をする。しかし、フェリシア・セイモアという少女は、その道を選ばなかった。
(……歴史的建造物の破壊が、一件。)
白黒の新聞の大見出しには、来る日も来る日も、テロまがいの犯罪が取り上げられている。
首謀者の名は、全ての事件に於いて共通。手下となって働いている者の名も、多く明らかになっている。それにも関わらず、それらの犯人を捕える事は出来ていない。
最初はほんの些細な事だった。丁度二十年前、世界のあちこちで、奇妙な死体が幾つも見付かったのだ。ある者は右腕を、ある者は左腕。そして、両眼の無い死体や、内臓がごっそり持ち去られた遺体までが見付かったのだ。
そして、察しの良い人間は気がついた。遺体に不足した体のパーツを組み合わせると、丁度人間一人分になると言う事に。……世間には嫌な噂が広まった。
優れた人間の優れたパーツを集め、理想的な人間を作る実験が行われているだの、錬金術時代の思想を引きずって、ホムンクルスの存在を訴えた学者まで現れた。
そうこうしている内に、事件の捜査に関わっていた魔法使いが、次々と殺された。誰もが恐怖に震え、その事件を忘れたふりをした。
しかし、目を背けている内に、姿の見えない敵は、手を付けられない程に、力を付けてしまった。
今では毎日の様に事件と訃報が続き、いちいち遺体の欠損箇所を気にする者などいない。
それでもフェリシアは、変わらず新聞を読み続けた。恐怖の日々が、【正常な日常】になってしまう事には耐えられなかったのだ。
「ねえ。」
突然、頭上から声が響き、フェリシアは飛び上がった。反射的にポケットを弄り、杖を引きぬいた。
いきなり杖を突き付けられた青年は、目を丸くして息を呑んだ。
「別に攻撃するつもりは無いよ! 君の目の前の席、座って良い?」
「どうぞ。」