7・知らない番号からの着信に困ってしまうんだが
夕方から急に降り出した雨のせいで
スニーカーはずぶ濡れになり足首から下は、ふやけてしまった。
5月の終盤にしては真夏のように晴れ渡り
オレを殺す勢いだった太陽は、雲にすっぽり覆われてしまい
その姿はどこにも無い。
通り雨と思ったが、勢い良く夜20時を回った今も
降り続いている。
雷もどこかでなっているようだ。
すっかり夏の訪れだなあ・・・なんて思っていると
俺の部屋の中で突如、振動が鳴り響いた。
基本的に普段からマナーモードにしている
オレの携帯電話のバイブレーションだ。
急な雨に打たれたまま帰宅したオレは気持ちも悪天候。
すぐにシャワーを浴びたくて
ケータイをその辺に放ってしまったため
なかなか見つからない。
着信も一向に止まる気配がないので
音を頼りに探してみる。
山積みにされたコミックの影に隠れていたそいつを
やっと見つけ出したときに着信は止まった。
090-****-****・・・?
なんだこの番号・・・?
ぜんぜん知らない番号だ。
だけどまあ、誰か知らないけど用があればまた掛け直してくるだろう・・・
なんて考えていると、ケータイのバイブが再び鳴り始めた。
びっくりしてとっさに応答ボタンを押してしまったので
慌てて出てみる。
「もしもし・・・?」
「・・・あっ!ひーちゃん!?
すごーい!!珍しいね、ワンコールでいきなり電話出てくれるなんて。」
姉の瑞穂だった。
スピーカー音量は控えめにしてあるが
電話越しに耳を突き抜けるほどの高音ボイスを発する
その声の持ち主は彼女以外にいやしない。
アニメ声は個人的な趣向として嫌いではないが
姉となると話は別。
「ねーちゃんか。びっくりさせないでくれよ。
どうしたんだい?」
オレはぶっきらぼうに返す。
「なんかびっくりしちゃったのー?
まあいいケド。
今日はありがとうね!
久しぶりにおねーちゃんもひーちゃんに会えて楽しかったよ。。。
急に雨降ってきちゃったけど、ちゃんとお家着いた?」
「ああ、おかげさまで。
ねーちゃんこそちゃんと家に着いたのか?
そんなに近くないんだし。」
「そうなんだよー!もう!!
雷雨の影響で電車も結構遅れちゃってさあ・・・。
さっき帰ってきたばっかりだよ。」
「マジか!?そりゃ~災難だったな、ねーちゃん。
風邪ひかないように、ちゃんと風呂入って温かくしてろよ?
あと、いつもみたいに遅くなってから菓子食ったり
腹出したまま寝るなよ。
冷やしてう○こピーピーになっても知らないからな。」
「ありがとう☆
いつもひーちゃんは優しい・・・
って、アタシはいつまでもそんなお子様じゃないんだから!ぷう!!
お菓子だって夜は・・・たまにしか食べないし
ちゃんとおなか冷えないように上下繋がった
リラックマの着ぐるみパジャマ着て寝てるんだからね、もう!!」
「あっはっはっは!ごめんごめん!
やっぱいつまでもおこちゃまじゃないか、ねーちゃんは!」
「ぷうううううううううう!」
ほっぺを膨らませて真っ赤な顔をしているねーちゃんが
容易に想像できる。
「ん~・・・もう!それはそうとあの娘大丈夫かなぁ・・・?」
「へ?」
あまり話題にしたくなかったその出来事を
思い出すように瑞穂は言う。
「ほら、不動産屋さんの娘さんだよ!
あの娘、まだ高校生なのにお父さんも亡くなっちゃって・・・
かわいそうじゃない?そのうえ家まで追い出されちゃうなんて・・・」
「まあ、それはしょうがないさ。
家の事情もあるみたいだし、オレ達にどうにかできる問題じゃないからな・・・
出て行くって言っても、4000万円も入ってくるんだし
まったくの不幸ってわけじゃない。
やりたいことを見つけて新しいステップを踏むことだってできる。
それはそれで幸せな気だってするからな。」
そう・・・。
かわいそうだけど、オレ達でどうにかできることじゃない。
ただ優しい言葉をかけてあげるくらいなら誰にだってできる。
必要なのはそんなことじゃない。
深山不動産の光莉ちゃんにとって辛くとも
1人で新しいステップを踏み出す覚悟をしているんだ。
それは単純にお金だけの問題じゃない。
来月の俺には深山不動産の借金を肩代わりするくらいのことは
できるであろう。
要するに今日出会ったばかりのオレがいきなり
借金を肩代わりするにしても、まだ人となりも知らない人間に借りを作りたくない
だろうし、光莉ちゃん自身がそれを受け止められないんじゃないだろうか?
まだ高校生くらいの女の子だ。父親もいない中で
ひどい目にあわされてきた彼女はオレのことを信用してくれるとも思えない。
なにより、現実を受け止めて前を向こうとしている
そんな彼女の気持ちを踏み躙ってしまうのは
何かちがうのではないかとさえ思ってしまう。
今のオレには一体何ができるのか・・・
・・・何も思いつかない・・・。。。
きっとねーちゃんもそんなことくらいはわかっているんだろうけど。
「そうかもしれないけど・・・
ああいう子もいるんだなって思うと
おねーちゃん悲しくなっちゃって・・・。
あのまま深山不動産を後にしたけど
強がって見せてたけど、少し悲しそうな顔をしていたあの子が
なんかほっとけないんだ。。。なんとかしてあげられないかなって。
きっと、妹がいたらこういうふうに思ったりもするのかなあ・・・?」
「ふーん・・・。
ねーちゃん、妹ほしかったんだ?
悪いね、デキの悪い弟で。」
「ちょ・・・・っもう、バカぁ!
そんなんじゃないんだから!!ぷぅ!!
アタシにとってはひーちゃんが一番大事な弟なの!!
たとえばよ、た・と・え・ば!!」
少し暗くなりかけた話題もそこそこに
最後はいつもどおりの姉となった。
「じゃあまた今度ね、ひーちゃん!
近々物件決めに行こう☆」
「わかったよ、じゃあね」
そう言って電話を切ると
また、あの娘のことがぼんやりと浮かんでくる。
きっと本当は不安でいっぱいだろうし
唯一の家族だった父親がいなくなって
寂しさも計り知れないだろう。
それでも、そのかわりをしてあげるのは
だれにもできやしない。
深山光莉が自分で切り開いていくしかないのだ。
理屈っぽくなってしまうのはオレの良い
ところでもあり悪いところ。
でも認めたくない。
後ろを見てちっとも前に進めないのは。
いつだってそうやって生きてきた。
割と冷静に時にお人好しに。
ああいう姉を持ったが故の性格なのかもしれないが
自分で判断して前向きに生きていく人間をオレは応援したい。
そりゃあ力になれるなら、なってあげたいよ。
かわいい女の子は特にね。
自覚はしていないが、たぶんオレはかわいい女の子が大好きなんだ。
もちろん変な意味だけじゃなくてね。
だから深山光莉という少女を本当は助けてあげたいが
本当の意味での優しは、彼女の前向きな姿勢を
応援してあげることなんじゃないかって思える。
ブブッブブッブブッ・・・・!!!
そんなことを考えていると
ケータイのバイブが再び鳴りだした。
散乱したテーブルの上で
空きペットボトルやティッシュの箱に共鳴している。
真夜中、暗がりの部屋の中でホラー映画でも観ていたら
確実にびっくりして、おしっこでもちびってしまいそうな振動だが
今度は落ち着いた心でケータイの画面上に目をやる。
090-****-****
と表示された番号は先ほどの知らない携帯電話の番号からだった。
誰からかわからないが出ても問題ないだろう。
オレは通話ボタンを押した。