6・地上屋が怖過ぎて困ってしまうんだが
「こんな物件はいかがですか?
近隣のビルに囲まれてしまっていて時間帯によっては
日当たりが少し悪いかもしれませんが、駅からも10分圏内ですし
すぐ近くに警察署もあるので女性が暮らす分にも安心かと思います。
間取りも2Kなので二人で暮らすにはちょうどいいかと。」
深山不動産の代理店主が徐に取り出してきた
いくつかの賃貸物件の資料を前に俺達は説明を聞いていた。
不動産屋に入った瞬間に
魔法少女がタックルしてきたかと思えば
不動産屋の代理店主だと言うもんだから
胡散臭さを感じつつも、せっかくなので
話だけでも聞いてみることにしたのであった。
「う~ん・・・・・・
やっぱり日当たりは大事かなぁ。
アタシの中では一番重要視している部分だし・・・。」
瑞穂にとっては日照条件が納得いかない。
今現在、俺が住んでいる部屋も日が当たらなく
風も入ってこないのでうなずける部分だ。
「ねえ、ひーちゃんはどんな物件がいい?」
瑞穂が俺に意見を求めてくる。
「え?
そうだなあ。
俺は今よりはマシな環境になれば何でも・・・
ねーちゃんが住みたいところで俺はかまわないさ。
あっ!そういやオレ車とバイクもほしいんだ。
駐車場は付いてないと困るわ。」
なんて返してみれば
「もぅ!テキトーなんだから!!
だいたいひーちゃん免許持ってたって
車もバイクも持ってないでしょ!?ぷう」
なんて決まってほっぺを膨らませる。
相も変わらずだ。
だがな・・・
車もバイクも来月には買うぞ!
買えちゃうからな(笑)
なんせ来月には1億ちょっとの金が俺の口座に
ドカンと入って来る。
ハーレーにポルシェいやフェラーリ。
国産のスポーツカーもいいな。
スカイラインのR34も憧れの車両だし
首都高速湾岸線をボンボン言わせながら
ドライブするのもいい。
バイトして買ったっていうには無理があるけど
そのときには事情を話して買えば済む。
なんてことをニヤニヤと考えながら
話を聞いていた。
「そうですか。
お二人様向けの物件で手頃なものってなると
数が絞られてしまうので・・・。
更には駐車場付だと・・・。
どこかあったかなあ・・・?」
魔法少女こと光莉は長いハットのツバを
左手の指でくにくにといじりながら
他の物件詳細が書かれた資料に目を通している。
それにしてもしっかりした娘だ。
最初は大丈夫か?とさえ思ってしまったが
しっかりとした対応で接客をしている。
目鼻立ちはすっきりと整っていて
見た感じは15,6歳だがどこか大人っぽい。
並んだら瑞穂と年の差を感じさせないくらいだが
将来的には美人と言われる類の女の娘だろうか。
かわいいというよりはきれいなタイプ。
胸こそ小ぶりだが白い肌は透き通るようで
すらっと伸びた脚がスタイルの良さを印象付ける。
まさに魔法学校の上級生で
魔女見習い少女のイメージがピッタリだ。
しかしながら、どうしてこんな恰好をしているのだろうか?
「あっそうだ!
ここなんてどうですか?」
俺達は奥の引き出しから取り出された資料を目の前に提示された。
あまり客前に出すことはなかったのだろうか?
ずっと仕舞い込んでいたせいか
歪みや折り曲げた後は無くきれいな状態だが
少し妬けて若干黄色く変色していた。
「一軒家?
それにしても結構大きな家だなあ・・・。
いったい何部屋あるんだ?」
掲載されている写真には古ぼけた洋館風のお屋敷が写っていた。
立派な庭園も付いていて、車なら軽く数10台は停められそうだ。
場所は駅から少し離れた林間部に位置する開発の遅れた町。
築年数はけっこう経ってそうだが、立派な佇まいで
ハーレーやスカイラインを置くよりは
黒塗りの高級車とかのほうが雰囲気に合っていそうだ。
「わぁ・・・立派なお屋敷・・・。
日当たりや風通しも凄く良さそう。
でもひーちゃんと2人で暮らすには広すぎるし
お家賃もすごく高そう・・・。
このような物件を勧めてもらっても
アタシ達にはとても住めそうにないです。」
瑞穂は見た印象のまま述べる。
光莉は瑞穂が予想通りの反応を見せたことに
少し微笑みながら口を開く。
「実はこの家・・・私の自宅なんです。」
胸に手を当て想いに耽るように軽く瞼を閉じながら言った。
「なのでお二人きりというわけではないですが
お部屋がたくさん余ってるのでご相談次第ではありますが
予算内でお部屋をご提供できますよ。
もちろん館の中の設備も利用できますし
バイクや車も駐車できます。
多少の条件はありますが・・・。」
なんともうまい話のようにも思えるが、瑞穂は
「ええ~!!!??ほんとですか?????」
目をキラキラさせながら
甲高い声を上げ上機嫌の様子。
さらに
「あっ!でも一度くらいは見学しとかないと!
光莉さん、お部屋見せてください!!駅からは離れてるけど、ここなら大学も通えるし♪」
もう住む気満々な気分で見学希望を伝える瑞穂を尻目に
「まあ、ねーちゃん。今日の今日だしすぐに引っ越すわけじゃないんだから」
「・・・そ、それもそっか。
おねーちゃんまた熱くなっちゃったね、反省☆てへ」
瑞穂は少し顔を赤らめてペロッと小さな舌を出した。
まったく。
ねーちゃんも興奮すると前が見えなくなっちゃうからなあ。
昔っからそう。
可愛いものをみつけると、犬だろうが猫だろうが追いかけて夢中になる。
車に轢かれたりしたら大変だ。
弟のオレのほうが心配になってしまう。
ガラガラガラ
バン!
そのとき深山不動産の入口が開いた。
俺たち以外に、この場所がわかりづらい不動産屋に
やってくる客なんているもんなんだなあとそのときは思った。
「よぉ、お嬢ちゃん。
その物件はやめときな。
入居したってすぐに出て行くハメになるんだからなぁ!!
ガッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
深山不動産に来店してた二人組の男たちの片割れが 瑞穂にそう告げると
もう一人の男が
「アニキ!今日こそは売却の決心をさせましょう!」
少し肥満で背の低い男がアニキと呼ぶ男に呼応して口を開く。
黒服のその男たちは、どっからどうみてもそのスジの方々。
できることなら一生関わりたくはなかったが
20歳にして早くもその場面が訪れてしまったのだった。
男達は共に30前後といったところか。
小太りの背が低い男がアニキと慕っている茶髪の男も
目つきは鋭い。
おそらくは下っ端のチンピラなのだが
俺は怖かった。クラスの不良とはワケが違う。
「アンタ達また来たのね!私はここを売らないっていったでしょ!?
今お客さんがいるんだから勝手なことしないでくれるかしら!!」
物怖じせず、光莉が真っ向から反抗した。
「おっとっと。何を勘違いしているのか知らんがね、店主代理。
勝手なことをしているのは君の方なんだよ。
いい加減諦めて手を引いてくれるかな?
そうしないとね・・・
ウチのボスが手を煩わしてしまうことになるんでね・・・
カカカカカッ・・・!!!」
俺達は呆然と見ていることしかできなかった。
「ひーちゃん・・・怖いよぅ・・・
ううう・・・ぐすん・・・ぐすん・・・」
瑞穂も突然のことにびっくりしてしまい
ベソをかきながら俺の背中に隠れてしまった。
「物件に人が入居しちゃったらねえ、お金もかかるし
追い出すのだってラクじゃないんだよ、お嬢ちゃん。」
小太りの男も光莉に付け足すように言った。
さらに茶髪の男が
「大体、君のお父さんがウチの不動産に借金したまま死んじまったんだからな。
ちゃんと娘の君が責任とるのが世の常識ってもんだろ!!
つっても高校生の女の子には荷が重いかもしれんがな・・・・カッカッカッカッカ!!!!
その言葉に俺は衝撃を受ける。
「な、なんだって・・・深山不動産の店主は体調不良じゃなくてすでに亡くなっていたのか!?」
その瞬間、店主代理・光莉の目からは大粒の涙が零れ落ちた。
事情がまったく呑み込めないのだが、表情は悔しさでくしゃくしゃになっているのはわかった。
そしてまだ高校生くらいのこの少女が
大きな何かと戦っていることも。
「あんた達がお父さんを騙して苦しめて死に追いやったんでしょ!!!
テキトーなこと言わないで!!!!
病気であんなに苦しんでたのに・・・
あんた達にウチの不動産物件ほとんど奪われて
自宅まで奪われちゃったら私には何も残らないじゃないっ・・・!!!」
「おっとお嬢ちゃん。そんなひどい話じゃないだろ。
お父さんは自分で事業を拡大するためにウチのグループに
協力を求めてきたんだから・・・。感謝こそされても人殺しの扱いはひどいな。
その損害をチャラにしてあげるかわりに自宅を4000万で買い取るって言ってるんだ。
開発も遅れた地域に建つデカいだけのボロ屋敷にここまで出してくれるのは
ウチの社長の温情なんだよ?
それとも高校生のお嬢ちゃんが自力で残りの借金4000万円を払ってくれるのかい?
なんなら未成年でも働けるエッチなお店紹介してあげるよ・・・・?
キキキキキキキキキッ・・・・!!!カッカッカッカッカ!!!!」
ひどい・・・
こんなに大の大人が高校生の少女を責めたてるなんて・・・
「まあ、今日は意思確認に来ただけだから近々また来るよ!
良いお返事きたいしてるからね!お嬢ちゃん!!」
「アニキ!いいんですかい?あともうちょっと怖がらせとけば言うこと聞くでしょうに・・・」
「いいんだよ!裏路地とはいえ商店街近くなんだから子供泣かせてたら
ウチの評判が悪くなる。どうせ金なんか用意できやしない。
来月末までに用意できなければどっちみちあの子も終わりだ。」
「なるほど・・・さすがアニキ!じゃあ次の案件いきますか!!」
男達はそう言いながら出て行ってしまった。
「ふえ~ん・・・怖かったよ~・・・ひいちゃ~ん・・・・」
一安心したのか一気に涙が溢れ瑞穂は俺に抱きついてきた。
そりゃそうだろう・・・・。
俺もオシッコちびるかと思ったぐらいだからな。
「・・・・お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません・・・。
やつらはこの街で大きな力を持つ不動産グループの地上げ連中です。
一般の方には手を出しませんからご安心ください。」
そういって赤くなった目をこする光莉もそうとう怖かったはずだ。
俺達より年下なぐらいだし。
「あの君のお父さん・・・・店主・・・取締役ってのは・・・」
俺は気になっていた質問を投げかける。
「はい・・・半年ほど前に病気で・・・
ストレスと心労からくる病だそうです。自宅で倒れてしまいそのまま・・・。
父と二人きりでずっと暮らしてきたのですが
亡くなってからは私がずっとこの不動産を守ってきました。」
俺はただ無言で話を聞いていた。
「でも、学校もあんまり通えなくなってしまうし・・・
・・・結局無理があったんです、ずっと続けていくには。
だから気にしないでください!
っというわけで、ウチにはお貸しできる物件は
もうなくなっちゃいましたから・・・。
あの地上げグループに物件をどんどん差し押さえられてからは
物件の仲介ばっかりだったので未練はないですし
無一文になってしまうわけでもありません・・・。
小さなアパートでも借りて普通の女子高生にでも戻ります!」
少女はがんばって笑おうとしていたが
その赤くなった瞳の向こうには、今は
一筋の光も差し込みはしないだろう。
まるで積乱雲に飲み込まれ、灰色に覆われてしまったかのような
右も左も上下さえもわからなくなってしまっているジャンボジェットのように。