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第11話:「空から降る銀の礫と、親友の咆哮」

なんか、進む速度早いんすかね?

 朝。アルクが執務室で学校建設の図面を引いていると、カイルが一通の手紙を持って駆け込んできた。

「アルク、カスティア三世から手紙だ」

「ありがとう。……開けるね」

 封蝋を割り、羊皮紙を広げる。

 そこには、大国の王の達筆で、たった一言だけが書かれていた。

「勝負せよ」

 沈黙。

「……短っ!! なんですかこれ! 挨拶は!? 条件は!? 説明は!?」

 カイルが裏面をひっくり返して確認する。何も書いていない。

「王らしい潔さですわね」

 セラフィナがふんわりと微笑む。

「いやそういう問題じゃないですよセラフィナさん!」

 カイルがわたわたする中、アルクは二通目の手紙に気づいた。一通目の封筒の中に、小さく折り畳まれて入っていたものだ。

 開くと、几帳面な文字でびっしりと条件が書かれていた。

「追伸。バルトロが条件を別紙にまとめました。本人は行きたがりませんでしたが、書かせました。——カスティア三世」

「バルトロさん……」

 アルクは思わず遠い目をした。

 条件はこうだった。カスティア精鋭騎士50名 vs エデル騎士団。エデルの城壁内での模擬戦。3時間以内にアルクの旗を城壁の頂から落とせばカスティアの勝ち。ルールは「相手に何か当てれば死亡扱い」。

「……面白い。受けて立つよ」

「本当にいいのか、アルク。相手は大国の精鋭だぞ」

 ガラムが腕を組む。アルクはガラムを見上げ、真顔で言った。

「うん。……ガラムさん、一つだけ約束して」

「なんだ?」

「絶対に無茶しないこと」

 ガラムは一瞬きょとんとして、それから豪快に笑い飛ばした。

「はーっはっは! 俺がいつ無茶するってんだ、心配性め!」

 アルクは笑わなかった。

(…ガラムさんが一番無茶する人なんだよな)

     *

 勝負当日の朝。

 カスティアの精鋭50名は、確かに「精鋭」だった。

 揃いの黒い鎧、鍛え抜かれた体躯。先頭に立つのは、隊長と思われる一人の男だ。年の頃は三十代半ばだろうか。無口で、表情に一切の隙がない。鋼のような静けさを持つその男の名は、ライアン・ドレイク。カスティアきっての剣士と名高い、実戦経験の塊のような男だった。

 ライアンは跳ね橋を渡りながら、静かにエデルの城内を見渡した。

(……整然としている。罠だらけのはずだが、どこにある。地面か、壁か、それとも——)

 その鋭い目が、城壁の一番高い場所に立つ小さな人影を捉えた。

 十歳の少年が、こちらを見下ろしている。

(……あれが、アルクか)

「試合、開始!」

 バルトロの情けない声が合図になった。

     *

「ポポポポポシュッ!」

 開幕と同時に、アルクの連打が炸裂した。

 地面が抜ける。壁が生える。道が消える。

「うわっ、穴だ!」「こっちは壁が!」「迷路になってるぞ!」

 カスティアの騎士たちが次々と罠に引っかかり、「死亡」の宣告を受けて城壁の外へと退場していく。開始から五分で、50名が30名になった。

 城壁の上でアルクは冷静に指を動かしながら、戦況を俯瞰していた。

(順調だ。このペースなら……)

 だが、その目が一点で止まった。

 ライアンだ。

 彼だけが、まるで罠が「見えている」かのように動いていた。床が抜ける一瞬前に足を止め、壁が生える方向を予測して回り込む。アルクのブロック生成に対して、ただ「対応」するのではなく、「先読み」している。

(……この人、建築の流れを読んでいる。次にどこに生成するかを、目の動きで読んでいる)

 アルクの額に、初めて冷や汗が浮かんだ。

 そしてライアンは静かに部下を二手に分け、ガラムの騎士団に向けて動き始めた。

     *

 城壁の外、メインストリートでガラムは白馬を駆りながら次々と敵を退けていた。

「はぁっ!」

 一閃。カスティアの騎士が「死亡」で退場する。

「せいっ!」

 また一閃。また退場。

 だが、ガラムの目の端に映ったのは、若い新兵が三人、ライアン直属の精鋭に追い詰められている光景だった。

(あいつら、まずい——!)

「退がれ! 俺が引き受ける!」

 ガラムが白馬で割り込み、三人をかばって前へ出た。

 新兵たちは助かった。だが——

(……しまった)

 気づいた時には、ガラムは完全に孤立していた。

 ライアン率いる精鋭8名に、ぐるりと囲まれている。果実は昨日使い切った。白馬も連戦で息が上がっている。

「……ハァ、ハァ」

 ガラムの剣を握る手が、じんわりと震えた。

「……退くか?」

 ライアンが初めて口を開いた。静かな、しかし圧のある声だった。

「エデルの騎士団長として、見事な戦いぶりだった。だがここまでだ。降参すれば、この勝負はカスティアが取る」

 ガラムは荒い息の中で、ゆっくりと首を振った。

「……断る」

「なぜだ。勝ち目はない」

「アルクが、俺を信じてくれてるからだ」

 その言葉を聞いた瞬間、ライアンの目が僅かに細くなった。

     *

 城壁の最上部。

 アルクは全ての戦況を俯瞰していた。

 トラップは機能している。残敵は20名を切った。数だけ見れば優勢だ。

 だがアルクの目は、ガラムから離せなかった。

(ガラムさんが……囲まれてる)

 手が、止まった。

 頭の中で計算が走る。今のガラムの体力、残り時間、包囲の密度——どこをどう計算しても、ガラムが逃げ切れる算段が出てこない。

(これは、設計外だ)

 アルクは図面を見た。完璧な防衛設計。全ての敵を絡め取るはずだった、美しい建築の計画。

 次の瞬間、その図面が風に飛んで地面に落ちた。

 アルクが手を離したのだ。

(ガラムさんが倒れる設計図なんて、俺は一枚も描いてない)

「ポポポポポポポシュッ!!」

 今まで聞いたことがない、連打の速度だった。

 城壁の縁からアルクが踏み出す。

 落下しながら、足元へブロックを生成。一つ踏む。また生成。また踏む。まるで空中に階段を作りながら落ちてくるかのように、アルクは地上へと駆け下りてきた。

 それを見たカスティアの騎士たちが、思わず動きを止めた。

「な……なんだあれは」「空を、走っている……!?」「いや、あれは足場を作りながら——」

 着地と同時に、アルクはガラムを囲む騎士たちを真上から見渡した。

「ポシュッ、ポシュッ、ポシュッ!!」

 上空から、石のブロックが降ってくる。

 ドスッ! 一人の兜に命中。「死亡」退場。

 ドスッ! 肩に直撃。退場。

 ドスッ、ドスッ! 立て続けに二人。退場。退場。

 アルクは跳び上がり、また足元にブロックを生成して空中へ。高くなった視点から、包囲の隙間に次々とブロックを落としていく。外れたブロックがそのまま地面に残り、いつの間にか騎士たちの足元が瓦礫の迷路になっていた。

「囲め! あの子供を!」

 騎士たちが一斉に向かってくるが、アルクは空中でひらりとかわし、また別の角度から降らせる。

 ドスッ! ドスッ! ドスッ!

「死亡」の宣告が連続した。

 気づけばガラムの周囲に残っているのは、ライアン一人だけだった。

     *

 ライアンは動かなかった。

 目の前で、一人の少年が空中を自在に駆け回り、ブロックを雨のように降らせている。その光景を、彼はただ静かに眺めていた。

「……来い」

 アルクが真上から、ライアンの頭めがけてブロックを落とした。

 ライアンが右へ躱す。

 また落とす。左へ躱す。

 また落とす。前へ出て躱す。

 ライアンは避け続けた。驚くべき反射神経と読みで、アルクの攻撃を一つ一つ見切っていく。地面には外れたブロックが積み上がり、二人の周囲だけが小さな要塞のようになっていった。

 五分が過ぎた。

 アルクの息が少し上がってきた。

(速い……。どこに落としても読まれる。この人、本当に強い)

 次の一手を考えた瞬間、ライアンが静かに剣を地面に置いた。

「……降参だ」

 アルクは空中で止まった。

「……なんで? まだ避けられてましたよね」

「ああ。だが、お前は俺一人を仕留めるためにここまで来たわけじゃないだろう」

 ライアンはガラムを一瞥した。

「仲間を守るために、完璧な設計を捨てた。……それを見た。武人として、それ以上の強さの証明はいらない」

 静寂。

「……カスティアの負けだ」

     *

 広場に帰ってきたアルクに、ガラムが歩み寄ってきた。

 その大きな手が、アルクの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「……お前さ」

「うん」

「十歳だろ」

「うん」

「なんで俺みたいなおっさんを助けに来るんだよ」

 アルクは少し考えてから、真顔で答えた。

「ガラムさんが倒れる設計図は、どこにも描いてないから」

 ガラムがしばらく黙った。

 次の瞬間、腹の底から笑い声が弾けた。

「はーっはっはっは!! お前、最高だよ!! 一生ついていくわ、俺!!」

「え、もうついてきてくれてるんじゃ……」

「もっとついていくんだよ!!」

 ガラムがアルクを抱き上げてそのまま高く掲げる。周りの騎士団員たちが一斉に笑い、歓声を上げた。

 遠くで、ライアンがその光景を静かに眺めていた。その口元に、ほんの少しだけ、笑みが浮かんでいた。

 さらにその後ろで、バルトロが頭を抱えていた。

「……どう報告すればいいんだ、これ。『完敗でした』って言ったら陛下に何を言われるか……あの一言しか書かない手紙の件も怒られるし……」

 エデル王国の青空に、ガラムの笑い声と、アルクの少し困ったような声が、いつまでも響いていた。

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