1話 気がついたら異世界とか小説か!
こっちは不定期更新です。気長にゆっくりしていってね
目を覚ましたら森でした。
「ってなんじゃそりゃーーーー!」
本当に意味がわからない。いつも通り会社に行って、帰宅後はバラエティ番組を垂れ流しつつ、ゾンビサバイバルのクラフトゲームを嗜んで、そこそこの時間で切り上げて寝たはずだ。
過労死したわけでも、無職だったわけでも、トラックに轢かれたわけでもない。ましてや女神と謁見もしていないのに、まるで麻酔から覚めた直後のようにスッキリと目覚めたら、目の前には大自然が広がっているのだ。
しかも、ここが日本の森ではないことは一目でわかった。
だって、遠くの山を一つ目の巨人が歩いているのが見えてるんだもん……。
「こういう時は慌てず騒がず、すてーーーーたすぅぅ!」
異世界ものの定番である魔法の言葉を口にする!
──ギャァーー、ギャァーー、ギャーー
遠くから謎の鳥の声が木霊するだけだった。
(のどかだなぁー)
「って……まぁ、小説は所詮小説だよね……」
ステータスと叫ぶだけで、自分の能力が可視化されるわけがない。なったらいいなぁとは思うけど……。
「とりあえず落ち着け、落ち着け俺……そう、装備のチェックからだ。アイテムは装備しないと効果ないよお客さん」
一人、森の中でブツブツ話す姿はさぞ滑稽だろう。だが、声に出していないと正気を保てそうにない。
目覚めてからずっと心臓は早鐘を打っているし、耳の奥がジンとして、熱に浮かされたように頭の芯が痺れてる。
これは何度か経験した圧迫面接の時と同じだ。極度の緊張状態というやつだ。
「上は冬物のジャケットに、タートルネックシャツ。下はジーパンに……財布がねぇぇ!」
後ろポケットに入れているはずの感触がない。過呼吸になりそうなほど慌てたが、よく考えればこんな異世界に日本の円やら免許証があったところで何の意味もないことを思い出し、スンと冷静になる。
「それでも、いつもの場所にいつもの物がないのは落ち着かねぇんだよなぁ」
所持品はゼロ。唯一の救いは仕事用の革靴じゃなく、履き慣れたアウトドア用のブーツだったことか。
軽く地面を踵で蹴ってみる。土は硬く、しばらく雨が降っていないことが伺える。
「サバイバルの基本はぁー! 1に体温、2に安全! 3に水で4が飯ってなぁぁ」
1の体温はジャケットのおかげでクリア。だが、雪が降ってもおかしくない気温だ。開けた場所に出れば体温を持っていかれるだろう。
2の安全は絶望的。つーか、今この瞬間にも異世界生物にパクリといかれてもおかしくはない。
3も同様。水? 川はどこよ? しかも、しばらく雨も降って無さそうだから露で凌ぐ手も使えない。
4……俺がむしろ周りにとっての飯なのでは?
「はい詰んだ糞ゲー! 日本の人生はまだヌルゲーだったのがよくわかるわ」
日本を懐かしんでも、現状が変わるわけでもなし。
嘆いてもしょうがないから常に警戒しながら森の出口を目指して移動するしかない。
どっちに向かうかって? 決まってる。さっきの巨人と反対側へだ。
「逃げるんだよぉぉぉぉ!」
俺は巨人の姿が見えなくなった方角、つまり森の奥へと続く道をひたすら進み始めた。理不尽な状況に毒づいたところで腹は満たされないし、スキルが発動するわけでもない。
進むにつれて、森の木々がさらに巨大になり、日光が地面に届かなくなる。異世界ファンタジーでよく見る、背の高いブナのような木々だ。地面には苔が群生し、湿度が上がってきたのを感じる。
「くそっ、この分だと、水の心配はなさそうだが……」
木の根元には、明らかに毒々しいキノコが生えている。赤、紫、蛍光色。まるでゲーミングPCのような配色だ。もちろん、知識のない俺が手を出すはずもない。
何かしら行動をしているためか、だんだんと心臓の鼓動も落ち着き、頭の痺れも引いてきた。
ふと、視界の隅に違和感を覚えた。
(あれ? なんだ今の……)
立ち止まり、背後を振り返る。気のせいか? いや、確かに何かがあった。
もう一度、注意深く周囲を見渡す。
「……これか?」
視線の先には、幹に寄りかかるようにして倒れている細い木の枝があった。いや、丸太と呼ぶには細すぎる。
近づいて手に取ってみた。ザラザラとした感触。
その時、俺の脳内に、突然電子音が響いた。
[木材(小) を獲得しました]
[木材クラフト:レシピをアンロックしました]
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
丸太を触っただけだ。いや、握りしめた。その瞬間、手のひらに丸太が吸い込まれるような感覚があり、同時に頭の中に文字が浮かんだのだ。
「うそだろ……これ、まさかゲームの能力?」
試しに、もう一度頭の中で『木材』を思い浮かべてみる。
すると、俺の視界に半透明のウィンドウが展開された。
・木材(小)
説明:切り出された木材。加工に使用可能
・木の棒[NEW]
・攻撃力2
・説明:木材の加工品
「マジかよ……インベントリがある!」
完全に緊張から解放されたわけではないが、状況が動いたことに興奮が勝る。まさに、昨日まで嗜んでいたクラフトサバイバルゲームと同じ現象だ。
「よし、落ち着け。まずは作業台だ。基礎中の基礎!」
クラフトウィンドウと念じてみる。
・作業台[NEW]
・必要素材:木材×4
「木材が4本いる。つまり、あと3本だ」
俺は血眼になって地面に落ちている枝や木材を探し始めた。幸い、森の中は倒木や枝が多く、すぐに3本の木材(小)を見つけ出し、回収することができた。触れるだけでアイテム化する、この便利さに感動すら覚える。
[木材(小) を獲得しました]
[木材(小) を獲得しました]
[木材(小) を獲得しました]
インベントリを確認すると、木材は4本。よし。
「クラフト! 木の作業台!」
念じると、インベントリから木材が消え、目の前の空間が発光した。光が収まると同時に、足元に粗削りだが頑丈そうな木製の台が出現する。これぞ、サバイバルの第一歩だ。
「っしゃあぁおらぁぁ!! これさえあれば、とりあえずは最低限の生活ができる!」
作業台に触れると、さらに高度なクラフトメニューが表示された。
ゲームでもお馴染みの石の武器やツールに始まり、建材シリーズもある。
「まずは武器とツール。斧でより太い木を伐採して、シェルターを作る。生存戦略だ!」
石はまだ持っていない。石を探そうと作業台から離れようとした、その時だった。
──ザッ、ザッ……
森の奥から、二つの足音が近づいてくる。動物にしては規則的な歩み。人間か?
俺は慌てて作業台の陰に身を隠す。この異世界で、人間が信用できるかどうかはわからない。特に、少女の声が聞こえた時、俺はさらに緊張した。
「リファ姉、もう無理だよぅ。お腹空いたし、喉もカラカラだよぅ」
「もう少しだから、ルイ。この先には川があるはずよ。お父様が言ってた川の印が近づいてきてる」
姿を現したのは、二人組の姉妹だった。
一人は、ボロボロの小さなリュックを背負った、元気そうな栗色の髪の少女。こちらを──正確には『作業台』という人工物を見ている。
そして、もう一人。その姉らしき少女は、右腕の袖が風にたなびいている。隻腕だ。その顔には疲労の色が濃く出ていたが、瞳の奥には強い意志の光が宿っていた。
姉妹は、俺がクラフトしたばかりの木の作業台を見て、立ち止まった。
小さい方が目を丸くする。「こんなところにテーブル?」
リファと呼ばれた姉は、作業台に近づき、その粗雑だが機能的な作りを触って確認する。警戒しているが、作業台への興味が勝っているようだ。
そして、彼女の鋭い視線が、作業台の裏に隠れていた俺を捉えた。
「――そこにいるのは誰?」
リファは、残った左手で腰に下げていた短剣のようなものを抜き、切っ先をこちらに向けた。
「あーー、初めましてコンニチワ? くそ、小説の主人公はなんでファーストコンタクトであんなに流暢に喋れるんだよ……」
後半、なるべく相手に聞こえないように小声にしたのだが、聞こえていたようで警戒感を強められた。ふぁっきん!
「あなたは誰!? なぜこんなところにいるの!」
元々は右手が利き腕だったのだろう。左手で持つナイフの切っ先は覚束なく、微かに震えている。それでも、彼女はその背中で懸命に妹を庇っていた。
「おっと! 待って待って! 俺は別に怪しいものじゃなくて……つっても、こんな場所じゃ怪しいわなぁ。そうじゃなくて! 迷子っていうか! 気がついたら森にいたっていうか!」
俺は懸命に両手をあげて無害をアピールしつつ、必死に言葉を重ねるが、怪しさが増すだけだなと感じる。
睨み合ってどれぐらい時間が経ったのか。緊張の糸が切れたのか、あるいは限界を迎えたのか。リファの息は少しずつ荒くなり、唐突にその体が崩れ落ちた。
「おねぇちゃん!!」
「あ、おい!」
妹が咄嗟に支えようとしたが、体格差がありすぎて二人まとめて倒れ込む。
俺は急いで駆け寄り、妹を姉の身体の下から救出すると、姉の方を仰向けにして抱き上げた。
顔は高熱で赤く、脂汗で汚れている。
「お願いしますお願いします! お姉ちゃんをたすけてください! ドレーにでも何にでもなります! おねぇちゃんを助けてぇぇ、うえぇぇぇえ!」
「ちょ、奴隷とか! 落ち着いてね? 大丈夫! 助けるからね! 大丈夫大丈夫!」
「うっ……」
妹の泣き声か、俺の慌てた大声か。薄らとだが姉の方が意識を取り戻した。
そして、俺の顔を見上げると、胸ぐらを弱々しく握りしめてくる。
「おね……が……いもう……た……」
途切れ途切れではあるけど、言いたいことだけは痛いほど伝わる。
『おねがいだから、妹を助けて』
「お姉ちゃん!!」
妹も一瞬意識を取り戻した姉に縋って呼びかけるが、既に意識はまた闇の中へと沈んでいった。
「妹ちゃん。お姉ちゃんは必ず助けるから! ここでお姉ちゃんと待っていてくれるかい?」
ゆっくりと姉の体を地面へと横たえさせると、自分のジャケットを脱いで、姉の身体の下に敷いてやる。
妹は未だ俺に対して警戒心を持っているようだが、構っている時間はない。ここからは時間との勝負だ。
立ち上がり、姉が落としたナイフを拾い上げると、森の奥の方に視線を向ける。
「お姉さんのそばでお姉さんの体を温めるんだ。できるね?」
返事を待たず、俺は森の奥へと駆け出した。
自分が奴隷となってでも姉を救おうとした妹。今際の際かもしれないのに、自分のことより妹を想う姉。
ここで見捨てたら……。
「許せねぇよ? 自分を! 一端のゲーマーとして、姉の救命RTA、燃えるじゃんかよぉ!」
勢いよく走りながらも、途中にある毒々しいキノコや藪をナイフで薙ぎ払う。その度に視界の端でインベントリに素材が収納されるログが流れる。木材、落ちている石、ついでにそれっぽい雑草も手当たり次第に回収する。
そしてついに、目当ての物がログに映った。
「あった! 鑑定ぃ!!」
インベントリに入っている草を選んで詳細を確認する。
・解熱草 [NEW]
・効果:解熱剤の素材
・解熱剤 [NEW]
・必要素材:解熱草×3 ※要:乳鉢
・乳鉢 [NEW]
・必要素材:石×2 ※要:木の作業台
「よっしゃーーー!」
急いで元の場所に戻るべく踵を返す。
その間に拾った物をインベントリで確認する。
・毒キノコ [NEW]
・説明:猛毒。毒薬の素材。
・食用キノコ [NEW]
・説明:食用。スタミナ回復、体力回復(小)。
その他諸々と使えそうな物が結構入っていた。色々作れそうで本当にありがたい。けども……。
「まずは救命が先だっつの! うぉぉぉ!」
行きとは違って、戻りは素材採取をしない分、三分の一の時間で戻ってこれた。
一時間も経っていないはずだが、丸一日疾走したような疲れを感じる。
「はぁ……はぁ……ま、待たせたな!」
作業台のある場所まで戻ってくると、妹ちゃんも疲労が限界だったのだろう、姉に寄り添う形で眠っていたが、俺の気配を感じて飛び起きた。
俺は手でそのままでいいとジェスチャーを送り、息も絶え絶えに作業台に向かう。
即座にクラフト開始だ。
(乳鉢、乳鉢……あった! クラフト! ……作業時間んんん!? クソが忘れてた! 三十秒だからまだマシか!)
かつてやっていたゲームを思い出し、マシな作業待機時間だと自分に言い聞かせる。核分裂炉の作成など、リアル時間で三日とか掛かっていたことを考えると三十秒など瞬きのようなものだ。
カウントが0になった瞬間、作業台の上にポンと乳鉢と乳棒がセットで出現する。
そのシュールな光景に一瞬気を取られるが、すぐに地面に置くとメニューを開いて解熱剤を製作する。
するとすぐに解熱剤が完成したが、それもまたおかしな見た目をしていた。
最初から「薬瓶」に入った状態で、乳鉢からポップしたのだ。
(いやいや、瓶はどっから湧いたんだよ!?)
摩訶不思議現象に呆気に取られるが、瓶に入っているのはありがたい。粉末をそのまま飲ませるより、格段に楽だ。俺は出来上がったばかりの解熱剤の瓶を手に取り、姉妹のもとへ駆け寄った。
「大丈夫、お姉さんを助けるよ!」
妹はまだ警戒心を滲ませていたが、敵意より不安が勝ったのだろう。彼女は黙って姉に寄り添ったまま、俺を見上げた。
「これ、解熱剤だ。熱を下げて体力を回復させる。飲ませるのを手伝ってくれ」
姉のリファは意識を失ったまま、顔は紅潮し、荒い息を繰り返している。
「これでお姉ちゃん治る?……?」
妹の声は震えている。
「効く! 保証する! この俺の命……の次に! とにかく時間がねぇんだ!」
俺は強引にリファの頭を優しく起こし、薬瓶の口を開ける。中には草から出来ているとは思えない、澄んだ透明な液体が入っていた。
「これを飲んでくれ!」
俺は姉の口元に薬瓶を運び、少しずつ液体を流し込む。意識のない相手に飲ませるのは至難の業だったが、妹も姉の顎を支え、なんとか半分ほどを飲ませることができた。
液体が喉を通ると、すぐに変化が現れた。リファの紅潮していた顔から、スゥッと熱が引いていくのが見て取れた。荒かった呼吸も、少しずつ落ち着いてくる。
「効いた……」
ルイは目を見開いて、驚きと安堵が混ざった表情を浮かべた。
「ふう、よし。次はこれだ!」
俺は再び作業台に戻ると、クラフトメニューを開いた。
・焚き火台 [NEW]
・必要素材:石×3、木材×1
すぐに制作と念じると、作業時間が90秒と表示された。今度は焦ることはない。熱はすでに引いているのだ。
完成するとすぐに取り出して、昏睡が続いている姉の側に設置し、焚き火のインベントリに木材×15を入れて『点火』を念じる。
──ボッ!
マッチもライターもないのに火がついたことに、妹は目を白黒させて焚き火を見つめている。
あとは……と考えた時、激しい目眩に襲われていることに気付いた。
(あ……これやばい! 新作のゲームが出て三徹した時の感覚とおんなじだ)
一瞬で体力の限界が来たのを察知すると、俺は慌ててインベントリからキノコを取り出して妹へと差し出した。
「これ……食べれるから……焼いて……」
そこまでしか言葉を紡げなかった。
もう、意識を保つのも限界だ。手に入るキノコを数本握ったまま、這いずるように姉の横にいる妹へと近づいたところで、フツンと意識の電源が落ちた。
(これ……目が覚めたら自分のベッドで……夢オチ……そんなこたぁない……かぁ……)




