15.子猫ちゃんたちは、常に周りを巻き込む!
これまでの人生、どこか他人事のように何でもすいすいと乗り越えてきた大富豪の孫娘ディディの辞書には『苦労』や『失敗』という言葉は載っていない。
それは、髪をかきあげながら『まあ、どうにかなるでしょ~』と思えば、たいていのことはどうにかなってしまうという強運の持ち主だからである。
一方、角砂糖よりも甘い兄三人に溺愛されて育った末っ子メイブル。
彼女の周囲には常にバラ色の空気が漂い、困ったことがあれば、道の小石を取ってくれるかのような兄たちが全力で悩みを解決してくれていた。
そんな二人が、今、ついに人生最大の試練に直面している……!
目の前に立ちはだかるのは、雲を突き刺すほど高く、分厚く、しかも何やら意地悪そうな顔に見える巨大な壁である。
まるで、悪役のごとく「お前たち如きには登れまい、くははは!」と、でも言いたげなその壁を前に、二人の顔は曇りきっていた。
そう、それは、『レイラ先生が超手強い』という『壁』である。
変装メイクをしていない先生は、外に出たがらない。
というか絶対に出ないし、泣き落とし(嘘泣き)も利かない。
チョロいと思った罰だろうか? ……多分そう。皆も人のことをチョロいとか言わないほうがいい。いつか天罰が下るぜ?
作戦が失敗続きであるせいで、最近のディディはちょっと覇気がない。
どれくらい覇気がない、って?
「んは~~~。ではぁ、第四回目ぇ、『子猫ちゃんの集い』を開催しまぁす」
これくらい。
ディディは、まるで空気を抜かれた風船のように大きなため息を繰り返していた。
ポイッとキャラメルを口に放り込む回数も右肩上がりで増えていき、やる気は見事にゼロをキープ中。
もしも『グダグダ選手権』があったなら、堂々たる一等賞をもぎ取れる勢いである。
隣のメイブルも同じくポーイッとキャラメルを放り込みながら、「ふぁい」と間の抜けた返事をしている。
こちらも、三番目のイケメン兄による『超手強い』発動のせいで、やる気メーターがごっそり削られている真っ最中。なんと、可愛い妹(自称)の『お願い~!』を聞いてもらえないらしい──お願いとは、『レイラ先生とデートして~~!』である。
そんな二人に、話しかけづらそうに、しかし勇気を出して挙手する者が一人。
ディディの「はい、どうぞ~」を受け、「あの」と話を切り出したのは、『子猫ちゃんの集い』、会員ナンバーⅢ──ギルという騎士である。
この男、メイブルの兄の……部下? だったような……気がする。多分。自己紹介でそう言っていた気がする。多分。で、メイブル曰く、レイラ先生の恋敵? いや、先生の圧勝だから、当て馬ポジだろうか? まあ、そんな微妙な立ち位置にいる残念な男だ。
「なんで、俺この会に呼ばれてんすかね?」
ギルの疑問に、ディディとメイブルは顔を見合わせた。そして、一瞬の沈黙の後、まるでテレパシーでも使っているかのように、二人の目だけの会話が始まる。
《なんでだっけ?》
《ほら、男色を確かめよう、って》
《あ~、あれね~》
《思い出した?》
《うん、すっかり忘れてたぁ》
ギルが「会話は、声に出してするもんじゃないんすか?」と呆れた顔で尋ねるも、二人は無視して、目だけのやり取りを続ける。
《どうして忘れちゃうのよ》
《忘れちゃうんだもんっ》
《お馬鹿ディディ》
《むう! いじわるメイブル!》
拗ねたギルは、とうとう「帰っていいすか」と姿勢を崩す。
が、せっかく『子猫ちゃんの集い』に参加しているのだから、進捗報告を聞かないまま帰すわけにはいかない。
「今帰ったら、あなたに酷いことされたって泣いてやるから」
どうやら、メイブルも同じことを思っていたよう。
ディディはうんうん、と頷き「で? 何かほーこくはある?」とギルに報告を促す──今の流れは、会議っぽくてとてもイケてた! と、ディディの気持ちが少しだけ上昇する。
「あー、分かりましたよ。何が知りたいんすか、お嬢様方?」
話さなければ帰れないことを『子猫ちゃんの集い』に過去に二回参加しているギルは知っているはずだ。
なのに、面倒臭そうな態度を隠さないのは如何なものか?
「お兄様のことについてよ。特に恋愛方面に付いて教えてほしいの」
「好きなタイプは? 聞いてきてくれた?」
ディディとメイブルの矢継ぎ早な質問攻撃に、ギルはついに溜め息を吐き、あからさまにうんざりした顔を浮かべた。もはや『ウザったいなあ』というセリフが目に見えるほどの表情である。
ディディはそんなギルの反応に、思わず舌打ちをする。
「……まったく、協力する気がないのね。せっかく頼んでるのに」
「ほんとよねえ」
メイブルも腕を組み、ぶつぶつと呟く。
(ギルが、『花屋の看板娘・マリィちゃんの情報、知りたい』っていうから調べたのに。こんな態度の男に渡したくな~い)
「ふう、そんな態度ならいいよ、もう。ナンバーⅢは剥奪ね」
もちろんこれは脅し文句だ。
横から「剥奪って言えて凄いわよ」と、珍しくデレを見せる親友に、ディディは演技がかった声で話しかける。
「わたしの護衛さあ、マリィちゃんのことが好きって言うから、おーえんしようと思うんだけど、メイブルはどう思うー?」
ディディがパチンッとウインク(のつもりだが、実際には両目をぎゅっと閉じただけ)をすると、それを見たメイブルも負けじとパチンッとウインクを返した──こちらも両目をしっかり閉じた、なかなか豪快なものだった。
「いいわね! 私も協力するわよ!」と、これまた妙に演技がかった声でメイブルが応じる。
さて、これに慌てたのはギルである。
ティールームの外に佇む護衛の背中にギリギリと歯を鳴らしながら、「待った!」をかける。
懲りないディディは、そんな男を見て「チョロ」と呟いた。
ちなみにディディの護衛は、ディディ付きのメイド・ジュリエットと婚約中なのでギルの恋敵ではない。
「あいつのタイプは、そうっすねー、美人系より可愛い系って聞いたような? そんな気がするっす」
「何、気がするって。舐めてんの?」
「舐めてないっす! すいません。ええっと、でも、ちょっと、今は放っておいてやってくれないすか?」
「は? なんでよ?」
ずー、じゅるじゅる、すこー。
ストローの先をガジガジしながら、ディディはナンバーⅡとナンバーⅢの会話をぼんやり聞く。
どうやら、本日も収穫はゼロのようだ。
「行儀が悪くってよ、ディディ!」
イライラしている声に叱られても、なんだか気持ちがシャンッ! としなかった。
この後の、ギルの言葉を聞くまでは。
「あいつ、失恋したんすよー。あ、俺が言ったって言わないでくださいよ? だから、傷が癒えるまで待って欲しいんすよ」
(えっ! あのイケメンが振られた? いつ? 誰に? どうして?)
「失恋っていつ!? 誰に!? 誰がお兄様を振ったの!? お兄様の何がいけないの!?」
ディディの言葉を代弁したように、メイブルが叫ぶように問うと、ギルは言いにくそうに後ろ頭を掻き、二人から目を逸らし、「いやあ、俺も詳しくは分からなくて」とぼそぼそ言った。
(……これは知ってるな?)
ディディとメイブルは目と目で語り合い、その日、『子猫ちゃんの集い』、ギルの会員ナンバーⅢの身分を剥奪した。
訴えられたら怖いので、花屋の看板娘の好きな男のタイプを記したメモをくれてやった。
奴は泣きそうになっていたが、そんな顔をしても再度メンバー加入は断固断るつもりである。
ざまあみろぃ!
◇◇◇
メンバーが脱退したこともあり、あの後すぐに会はお開きとなった。
ギルは脱退がショックだったのだろう、テンションが馬鹿としか思えない歩き方で部屋を去り、大好きな兄が振られた事実に打ちのめされたメイブルは青い顔でふらふらと帰っていった。
そんなこんなで、ディディは思った。
(リーダーである自分がしっかりしなくては!)
そこで、困ったときの祖父頼みである。
「お祖父ちゃま、ディディに知恵を授けて?」
白髪の髭を撫でながら、のんびりした口調で話すお祖父ちゃまは、両親と違っていつも真剣にディディの話を聞いてくれる──母は基本的に誰の話も聞かないし、父は常に買い付けで家を離れている。
「ああ、もちろんだよ」
皺くちゃの岩みたいな手に頭を撫でられたディディは、うんしょ、とお祖父ちゃまの膝の上に乗っかり、今日あったことを説明する。
「あのね、レイラせんせえの恋をかなえてあげたいの」
「そうかいそうかい、ディーちゃんは本当に優しい子だねえ」
まるで、先生がイケメン兄に想いを抱いているように話したのは故意ではない(※故意)。
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一五分後。
「ああ、思いついたよ」
「なあになあに!」
「さあ、ディーちゃん、耳を貸してごらん?」
「なあになあに!」
「ほっほっほ、あのね──」
お祖父ちゃまは、ディディに素敵すぎるアイデアをこっそりと耳打ちで教えてくれた。
それは、お姫様と騎士様の登場する恋物語の出会いのシーンに必須の『舞踏会開催』の提案であった。
「ありがと、お祖父ちゃま! だぁいすき!」
ディディはお祖父ちゃまのほっぺたに、むちゅっと唇をくっ付けて抱き着いた。




