14.子猫ちゃんたちは、企む……!
メイブルの誕生日会から一週間後。
ついにディディの部屋に、メイブルが『お泊まり』にやってきた。
「いらっしゃい、メイブル!」
ディディがドアを開けて出迎えると、「ええ、来てあげたわ!」と、メイブルは上から目線で返事をした。頭が高いったらない。
彼女の手にはお気に入りのふわふわ枕をしっかり抱えられており、瞳には『お前の教育係の女は、私がぶっ潰ぅす(巻き舌)!』という燃えるような闘志が宿っている。
ディディは、そのメイブルの気迫に負けじと『お前のイケメン兄は、せんせえの旦那様にする!』という決意を込めて、ぎろりと睨み返す。
どっちも一歩も引かない。
これから始まる夜のパジャマパーティーの前に、二人の視線が火花を散らしている……!
メイブルをここまで送り届けてきた彼女のイケメン兄──先生の旦那様(予定)は、そんな二人の様子を見て少しばかりため息をつきながら、「仲良くしなさい」と、やんわりと注意を促す。
でも、全然怖くないんだな、これが。
全然怖くないどころか、むしろ格好良い。
ディディの目には、彼が背後から差し込む日の光を浴びて、キラキラと輝いているように映っている。
今日もどの角度から見ても完璧なイケメンである。
ディディは胸がドキドキしてしまい、「やっぱりせんせえの旦那様にぴったり……!」と確信を深めた。
ふと。もし、変装メイクを取ったレイラ先生と並んだらどうだろうか……とディディはうっとりと想像する。
風に揺れる花々が背景を彩り、二人がきゃっきゃうふふと追いかけっこしている図。そんな光景を思い浮かべるだけで、ディディの頭の中にはまるで物語の一幕のような、華やかで幻想的なイメージが広がっていた。
(素敵すぎる! 二人は絶対に花畑で追いかけっこするべきだね!)
「妹が世話になるだろうし、レイラ先生? にご挨拶を、と思ったんだけど──」
「お兄様! 挨拶は私がしておくから大丈夫! それに! しっかり潰、じゃなくて、見てきてあげるから、さっさと帰って!」
ディディは、メイブルが兄の言葉を遮る様子を見ながら大好物のキャラメルを口にポイッと入れる。
本日、レイラ先生は孤児院へ訪問する日だ。
なので夕方から合流なのだが……悔やまれる。
母からの情報曰く、先生はイケてる騎士様が好きとのことなので、是非とも二人を会わせたかった……。
(ていうか、メイブルってばブラコン度がヤバいよね~)
「はいはい、帰るよ。でもね、メイ? 自分が嫌なことを、他人にしてはいけないよ?」
「……」
「メーイー?」
「……分かったわ」
「いい子だ」
「……送ってくれてありがとう」
「うん。お泊り会、楽しんでね」
「……うん。……さっき、『さっさと帰って』って言ってごめんなさい……」
「気にしてないよ、じゃあね」
「うん」
(まあ、おにいさまがこんなイケメンなら、ブラコンにもなるかー)
もの言わず、兄を見送るメイブルの横顔を見ていると、視線を兄の背中にやったままのメイブルが「何見てんのよ、噛み噛み女ぁ」とドスの利いた声でディディを威嚇してきたので、そのままキャットファイトに突入した。
んにゃー!!!
◇
レイラ先生がディディの部屋をノックしたのは、メイブルとすっかり仲直りし終わった夕方だった──やはり、女の友情は拳を交えることでより強固になるらしい。
一二歳になったら女学園に入学予定だが、ブラコン女と拳を合わせた実績のあるディディなら、どんな荒波も乗り越えていけるだろう。
と、まあ、この考えは後に、先生によって強制終了させられるのだが、今はさて置き。
まるでおじさんが付けているようなクソださい眼鏡をしたそばかす顔のレイラ先生を見て、メイブルはあからさまにガッカリした表情になった。
が、ディディは強気である。
(へへんっ、今に見てなさい。お風呂に入ったら吃驚するんだから!)
◇
「ちょっと! ちょっとちょっと! 何よ、このレイラって女。超可愛いんだけど。……ドール? 妖精? いえ、地上に舞い降りた天使? ロマンス小説の主人公みたいじゃない?」
メイブルの声は、驚きと感動に満ちていた。
彼女の心には、先生の美しさが深く深く刻まれ、その姿は目に焼き付いて離れない。
「へへん、そうでしょ、そうでしょ? わたしも久しぶりに見たけど、やっぱりせんせえ、超可愛いよね。ていうか、メイブルったらロマンス小説なんか読んでるの?」
「これで髪が長ければ完璧だったのにね」
ロマンス小説うんたらに触れられたくないのか、メイブルはディディの質問を無視した。
多分、彼女はちょっとエッチな内容の小説を読んでいるのだろう。絶対そう。
さて。ディディの予想通り、順調に事は進んでいた。
部屋に付いている大浴場に三人で入った際、メイブルを驚かせ、先生の美しさにひれ伏せさせることにディディは成功したのだ。
まあ、風呂に一緒というのは渋られたが、それも最初だけ。可愛い盛りの八歳と九歳のお目目ウルウルの『お願い』攻撃であっさりと墜落させることができた。
これも予定通りである──なんてったって、ディディの予定は大体通るのだ。
そして、今。ディディはすやすや眠っているレイラ先生を、メイブルと共に見下ろしている。
どうやら先生は一度眠ると、ちょっとやそっとのことじゃあ起きないようだ。
念のために用意していた眠り薬はしまっておこう、とディディは心の中だけで呟く。
「性格も良かったし、頭も良いわね、レイラ先生。旧アリイタ語の本をあんなにすらすら読める人、お兄様たち以外で知らないもの」
「え、あの難解な外国語、メイブルのおにいさまたちは喋れるの?」
「ええ。私の家は文官を輩出している家だから、話せて当然っていうか」
ドヤ顔メイブルである。
「でも、イケメンおにいさまは騎士でしょ? 喋れなくてもよくない?」
「騎士でも、女でも、子供でも、嫁でも、私の家では話せなくてはいけないのよ」
メイブルの家は、貴族内では一番低い男爵位である。
だが、この家から輩出される文官は皆、優秀だ。
母国語の他に、最低三カ国──第一外国語、第二外国語、旧アリイタ語を覚えることは必須。可能なら、シャリギ語、ボルガナ語、桜華語を覚えると尚良し。更に可能なら、ユパ語とササ語を覚えろ、と教えられているそうだ。
「へえ。だからメイブルも上手なんだね」
「普通よ。それに、私はまだ二か国語しか話せないもの……」
十分だと思うけど、とは言わず敢えて暢気な口調で「貴族って大変だねえ」とディディは返す。
「まあね。でも、大商会の孫娘も大変でしょ?」
「……そうでもないよー」
ディディは、ちょっぴりだけ見栄を張った。
本当は、メイブルの言う通り、『大商会の孫娘』は結構大変だったりする。
でも、こんなに何でも言い合えて、喧嘩しても笑い合える親友がいるなら、平気なような気もしているのだ。
「──で?」
ディディはレイラ先生のけぶるように長い睫毛を見つめながらメイブルに尋ねた。
「『で』って? 何よ」
同じくマッチ棒がたくさん乗りそうな、レイラ先生の睫毛を見つめながらメイブルが返す。
「メイブルのおにいさまと、せんせえの結婚。認めてくれるの?」
ディディが問うと、メイブルは観念したように溜め息を吐いて「もちろん」と言うも、その一拍後、「待って?」と、続け……後、数秒間黙り込む。
「メイブル?」
そしてまた数秒後。
首を振るメイブルは「兄は男色なの……」と涙声で呟いた。
「だんしょく?」
(なんじゃそら、何色だ……?)
メイブルの言葉に首を傾げると、額を指でコツンと弾かれた。
「男が好きな男のことよっ」
「ええっ!!!」
「うるさいっ」
ディディが驚くと、メイブルにまた指で額を弾かれそうになり、慌てて両手でガードする──ひどい、メイブルだってそこそこうるさいのに。
「え、ネタじゃなくて? ほんとにぃ? というか、勘違いじゃない?」
今度は、ひそひそ声で。
「だって、お見合い話を頑なに断っているのよ」
「レイラせんせえも断ってるよ。きっと、猛禽類・狩人科:肉食女子に辟易して女にこりごりしてるんじゃない?」
『猛禽類・狩人科:肉食女子』とは、積極的に自分の望むものを追い求め、時には大胆に行動する姿勢が特徴の女性を指す。空高く飛び、獲物を狙う鷹のような存在と表現されることもある。
一方で、悪い意味もある。ギラついた目でイケメンを狙う女性として捉えられることもあるとかないとか。
「……ディディ、あなた今噛まなかったわ」
「まあね、練習したんだ。格好良く言いたくて」
ふふん、と得意顔のディディに、水を差すのはいつだってメイブルだ。
「格好良くはなかったけど、言ってることは理解できたし納得もできたわ」
「ん? え?」
(嘘、格好良くないの? 『猛禽類・狩人科:肉食女子』、寝ながらいっしょーけんめーに考えたネーミングだったのにぃ……まあ、いっか!!)
「そうね、お兄様は男色なんかじゃないわよね」
「うん。それにさ、だんしょくでも大丈夫だよ、きっと」
「は? なんで?」
「キレんなし。まあ、聞いて?」
「キレてないわ、聞くから話しなさいよ」
「レイラせんせえは超可愛いから、見た瞬間好きになるよって話」
「はっ! 確かに。それに、レイラ先生もお兄様に一目惚れするでしょうしね!」
「はい、でた~、ブラコン~」
「何ですって?」
「ううん! なんでも? そうだよ、格好良いもんっ! きっとせんせえも恋に落ちるよ!」
「そうね!」
ディディとメイブルは手のひらをパチンッと合わせ、互いにサムズアップを送り合う。
──このとき、熱い炎が心に灯ったかのような感覚が二人を包み込んだ。
言葉では表現しきれないほどの絆が芽生え、この瞬間のために生まれた友情の深まりを感じたのである。
一方、何にも知らないレイラ先生は、まるで御伽話の眠り姫のようにぐっすりと眠っていた。
その穏やかな寝顔は、彼女の優雅さと美しさをさらに引き立てていた。




