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異世界恋愛+α

ハズレ聖女の私が、王子殿下に熱愛されるまで。

「ちょっとベル、まだなの! 本当に(どん)くさいわね」

「は、はい、ただいま、フロスティーネ様」


 苛立たしげな声に、慌てて応じる。


「すぐに締め上げますから」


「っぐ、うぐぐ。ちょっと、ワザときつく縛ってるんじゃないでしょうね?!」


「とんでもない。フロスティーネ様の可憐な細腰(ウエスト)、逆に紐が余って、困っているところです。が、より美しく見える角度を追及しております」


 言いながら、力いっぱい引っ張って紐を結ぶ。

 決して日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らしているわけではない。


(いや、大丈夫? これ。内臓噴き上げない?)


 誰が考案したのか、編み上げコルセット。この装身具が背中で括る仕様なのは、高貴な身分を表すため。

 自分じゃ着られない、召使いの手を要する服を着てるってアピールなわけだけど、非効率的だし、苦しそう。

 子爵家の出を誇りにしてるフロスティーネ様は、やたらと着たがるけど。


「ベル! 私の仕度も手伝って! 急がないと聖騎士団長様がお見えになってしまうわ」

「はぁい、サレナ様、少々お待ちくださいーっ」


 キーテ神殿では今、身支度を整えたい聖女でひしめき合っている。

 私の前にいる二人は、特に気合いの入った聖女たちだ。


 それというのも今日、第三王子にしてこの国の聖騎士団を率いる団長、アンセル殿下がいらっしゃるから。




 ここ、イノーシュ国は遥か昔、悪霊が噴き出る"冥府の穴"を英雄王が閉じ、その封印を守るために建国された。


 "穴"は"栓"で塞がれているが、それでも冥府と繋がっている土地柄ゆえか、呼び寄せられたり、湧き出たりで、やたらアンデッドが出没する。


 結果、国には神聖力の高い、()りすぐりの聖職者たちが集まり、日夜、魑魅魍魎(ちみもうりょう)を滅している。


 とりわけ王家と神殿が有する聖騎士団や聖女たちの働きは大きく、その戦果は対アンデッド戦において、傭兵や冒険者たちを軽く(しの)ぐ。専門職なわけだから、そりゃそうなんだけど。



 かくいう私ベルナデットも、聖女判定で選ばれ、退魔の任に()くべく幼い頃から神殿に引き取られて育った。


 けれども。


「ちょっとベル、髪飾りをつけてちょうだい! ()()()()使()()()()アンタなんて、雑用くらいしかこなせないんだから」


「かしこまりました、フロスティーネ様」


 そう、私は"聖女"としては役に立たないのだ。


 だって、悪霊たちが……。

 超絶・怖いから!!!



 なんだろう、あのグロテスクな見た目。

 見ただけで足がすくんで、聖句も何も、頭から吹き飛んでしまう。


 骸骨兵(スケルトン)食屍鬼(グール)もキライ。

 フヨフヨと漂う幽霊(ゴースト)たちも、触れれば(たた)られそうな怨霊(スペクター)も、すべてが嫌だ。


 アンデッドを前にすると固まる私は、足手まといでしかなく、従って聖女として神殿に住まいながらも、序列は最下位。

 家事・雑用をこなす、下働きの位置にいた。


 それにフロスティーネ様は筆頭聖女。サレナ様は次席。他の聖女を使って許される立場だ。


「っふぅぅ、お仕度、出来上がりました」


「そう。じゃ、行ってくるわね」

「急ぎましょう、フロスティーネ様。もう広間には人が揃っているかも」

「まったく、ベルが愚図(グズ)でノロマなばっかりに……」


(いいから早く行かないと。皆自分で仕度して、参じてるはずだよ)


 とは口には出さず、しおらしい態度で二人の聖女を見送って、手近な椅子にどっと腰を下ろした。


「はぁぁ、疲れたぁ」


 今頃、神殿広間では聖騎士団長を迎え、聖女たちが並んでいることだろう。




(でも、団長を補佐する聖女を選抜するだなんて。あの噂は本当だったのね)



 キーテ神殿に流れて来た噂。

 それは、"アンセル殿下が呪われた"という話だった。


 我が国を代表する精鋭である聖騎士団。

 その長を務めるアンセル殿下は、抜きん出た実力から、最年少で団長として認められた方。確かまだ十八歳。私より二歳上だ。


 国内を巡り、あらゆるアンデッドを屠って来られたある日、古代遺跡の呪具が原因で、"呪い"を受けた。


 それは殿下の戦闘力を、大幅に削ってしまう(たぐい)の"呪い"だったらしい。

 戦場に立てなくなった殿下に、聖騎士団の士気はガタ落ち。


 しかも間の悪いことに、王宮の占者により、ある予言が出ているタイミングだった。


 ──近く"冥府の栓"が外れ、地上に死霊があふれ出る──


 "冥府抜栓(めいふばっせん)"。


 冥府の封印が解けてしまい、惨事が起こる大予言。

 早急に聖騎士団の主戦力を、取り戻しておかなければならない。


 何度もアンセル殿下への解呪が試みられたと聞く。

 しかし、不発に終わると、今度は聖女を彼の補佐につけようということになった。

 占者の新たな託宣によって。


 ──キーテ神殿に、殿下の力となる聖女がいる──



(おかげで今回の急なご訪問。王子殿下も大変よね。呪われても、前線に立たなきゃいけないんだから)


 アンセル殿下は見目麗しい王子様らしい。

 補佐に選ばれたら、長い時間、近い距離で接することになる。


 "ひょっとしたら補佐のお役目を()え、人生の伴侶となる未来も(ひら)けるかも"。


 神殿の聖女たちがそう色めき立つのも、当然だった。


(いずれにしても、私がお役に立てることはないわ……)


 "神殿内の聖女を集めよ"という招集にも呼ばれない、ハズレ聖女。


 やれやれと腰を浮かす。


「さ、途中になってた仕事を再開しましょうか」


()()()()()()()()、私も()()()()()働けるかもしれない。頑張ろう!)


 気持ちを切り替えるため声に出し、開発中の魔道具(アイテム)を仕上げるため、裏の作業小屋へと移動した。




 ◇





(えっ? 聖騎士様がなぜ、こんなところにいらっしゃるの?)


 小屋でひとしきり作業を終え、箱を抱えて神殿の中庭を突っ切っていると、聖騎士様がいた。制服でそれと分かる。

 酷く疲れた様子でうなだれ、短い髪が顔にかかっている。


(アンセル殿下と一緒に来られた方かしら)


 でもって、聖女ひしめく広間で、彼女たちの熱気にあてられたとか。


(あり()るわ)


 フロスティーネ様たちの張り切り具合は、すさまじかったもの。


「あの……、大丈夫ですか? お水をお持ちしましょうか?」


「!」


 声をかけると弾かれたように顔を上げる、その容姿が。

(わああ、美形!!)


 天使像でもここまで整ってないでしょうと思うくらい、完璧な位置に配置された、美麗なパーツ。

 切れ長の瞳は涼し気で、形の良い鼻と品のある口元。均整の取れた身体つきは一目で、鍛えてあるのがよくわかる。


「キミは、この神殿に勤めてる女性(ひと)?」


(声まで最高)


 なんて思っても、微塵も外に出さない。


 神殿は施療院も備えている。患者の前で感情見せない、これ鉄則。

 この方は患者じゃないけど。


「はい、聖女ベルナデットと申します」


 名ばかりとはいえ、肩書は"聖女"なのだ。目上の人に名乗るには、身分を明かすのがこの国の礼法。

 聖騎士は平聖女より位階が高い。


「聖女? けれど広間では、見かけなかった気がする」


 戸惑うように、相手が記憶を探っている。

 殿下の聖女選抜の際、きっと全員が順に自己紹介をしたのだろう。その中に、当然私は含まれてない。


「あ、私は神聖力を持ちませんゆえ──」


(別の場所で作業をしていました)


 濁した語尾を、頭の中だけで続ける。

 

 ついでに言うと、出来上がった道具と、神殿に補充する薬を運んでいるところだった。

 私の持つ箱の中には、回復薬が入った小瓶が数個と、ちょっとした試作品が入っている。


「神聖力がないのに、聖女? しかし"聖女"は、神聖力を測定して任じられるものだろう?」


 しましたとも。

 測定の水晶は、私が触れると光りはするのだ。


「正確には、神聖力を発動出来たことがないのです。この身のうちにはあるようなのですが……」


「発動できない? それは、"呪い"か何かで制約がかかっているとか?」


「あああ、いいえ、あの……」


 急に食いつかれた。


 言って良いのだろうか?

 惰弱だ、と(ののし)られたり、叱られたりしない?


 アンデッドを(おさ)えるのが第一なイノーシュ国で、聖女のくせに悪霊に(すく)む人間など、蔑視の対象。


 ずっと馬鹿にされてきた。

 私も"駄目な自分"を責め、何度も枕を濡らした。


 私なりの対策を探り当てたから、今でこそ割り切って、前を向けてるけど。


 躊躇(ためら)う私を、聖騎士様がじっと待っている。

 その真剣な眼差しに、なぜか心が突き動かされた。


「怖い、のです」

「怖い……」

「はい。アンデッドたちを目にすると、恐怖で頭が真っ白になってしまうのです」


 思いがけない言葉だったのだろうか。聖騎士様は目を見開いている。


(! この方の表情が、冷たく変わるのを見たくない)


 気づけば私は必死で、弁明の言葉を継いでいた。


「で、でも、打開策を考え中でして。例えばこのメガネを使えば、アンデッドが()()()()えるはずです」


 私が箱から取り出したのは、夢中で開発した魔道具(アイテム)


 "緊張するときは、相手を野菜と思え"と言う。

 つまり、亡者が亡者に()えるから動けないのであって、野菜ならば!


「や、野菜?」


 意外だったらしい。聞き返された。


「そうです! 切り刻んでポトフにしてやります! 食べはしませんが」


 私の意気込みに、彼はあっけにとられたようだった。そして私とメガネを交互に見る。


「それは……、とても貴重な品だと思うが……。もし差し支えなければ、借り受けることはできるだろうか?」


「え?」


「キミが困るだろうから、やはり無理か」


 しょぼんと肩を落とされると、つい元気づけたくなる。


「あ、試作品はこれひとつではないので、さほどは困りません」


 が。こんな品で良いのだろうか?


「では、ぜひ。厚かましい頼みだとは承知している。だが切羽詰まった事情があり、その魔道具を切望したい。お願いだ。出来る限りのお礼はさせて貰うから」


「試作品、ですよ?」


 一応、神殿が悪霊を捕らえた際、効果を確認済ではあるけども。


「構わない」

「ですが、まだ野菜の種類が十分ではなく」


 スケルトンはかぼちゃに、でもレイスとゴーストは揃って人参といった具合で。


「つまりアンデッドの種別は(わか)らないと言うことか。そこに問題はないな。全部倒せば良いのだから」


 何やらひとり、頷いている。

 繊細な美貌に反して、大雑把な方らしい。



 かくして、イケメンのおねだりに(あらが)えず、試作魔道具(アイテム)を貸し出した私は数日後。

 神殿長から、耳を疑うような通告をされた。


「聖女ベルナデット。アンセル殿下がそなたを補佐役にお望みだ。荷をまとめ、王宮からの迎えを待つと良い」



 なぜ私?





 ◇





「どうしてアンタが、アンセル殿下の補佐役に選ばれてるのよ!」


 荷物準備のため、部屋に下がった私の元に押しかけて来たのは、フロスティーネ様たち、複数の聖女だった。


「私にもわかりません……」


 本当にわからないのだ。


 思い当たることと言えば、ひとつだけ。


 アンセル殿下が神殿に来られた日に出会った、聖騎士様。


 うっかり名前を聞きそびれたけど、「礼のため、また来る」とおっしゃられていたので、その時お尋ね出来るだろう。


 不思議と惹かれる方だった。お会い出来るのが、待ち遠しいと心弾むくらいに。

 こんな気持ちは初めてだ。

 王宮に赴けば、またあの方に会えるだろうか。


 そして私の試作品の対アンデッド兵器、もといアンデッド平気メガネを差し上げたその方が、殿下に何か話された可能性はある。


 あの日殿下は、聖女を指名せず、「後日知らせる」と告げて帰られたと聞く。


(聖騎士団の方に、有用なメガネとも思えないけど)


 思考に意識を取られていると、ふいに、視界が(かげ)った。

 フロスティーネ様が目の前に立ったからだと気づいた時には。


 バチィィィン!!


 盛大に頬を()たれていた。


「きゃああ」

「フロスティーネ様! 何を!」

 

 叫んだのは、周りの聖女たちだ。


「わからないなど、見え透いた嘘を! 実家の力を使ったのでしょう!」

「っ! 使ってなんかいません!」


 神殿に引き取られた際、俗世との縁は切れている。

 実家を頼るつもりなら、とっくにしている。

 

 ()()()出身のフロスティーネ・アナベルが、()()()四女であるベルナデット・ロイセンを小間使うなと、叫んでいたはずだ。

 

 だけど"聖女の世界"はそうではないから。

 国や民に貢献出来てない私は、フロスティーネ様たちの神聖力を敬していたから。


 だから序列を重んじてたのに。


「言い掛かりはやめてください!」


 私の抗議は、(うつ)ろに揺らぐフロスティーネ様から、おかしな言葉を引き出した。


「せっかく。せっかく()()()()()()()()()()()()()()()()。余計な。余計な真似をして」


「!?」

(様子が変!)


 フロスティーネ様の白眼(しろまなこ)が黒く染まる。

 同時に、彼女から禍々しい空気が漏れ出し、部屋の中へと充満していく。


「彼女に何があったんですか?!」


 私が()くと、取り巻きの聖女のひとりが、アワアワしながら答えた。


「さ、先ほどまでフロスティーネ様は、呪具の浄化を試みておられたのです。それが突然"許さない"とこちらに向かわれて……」

「呪具?」

「アンセル殿下が呪われたという呪具です。解析依頼で、我がキーテ神殿で預かっていたのですわ」

「──!!」


 それは、つまり。なんだかとてもヤバイのではないだろうか。


「まさか、フロスティーネ様も呪われて──」


 ズゴォン!


 フロスティーネ様の(こぶし)が、部屋の壁をぶち抜いた。


(いつもの彼女の膂力(りょりょく)じゃない)


お前(・・)を補佐になどさせぬ。冥府の栓を外すのに、力ある聖職者たちほど邪魔な存在はない」


(呪われて、じゃない。取り憑かれてるよね、これっ)


「すぐに神殿長様にお知らせを!」


 聖女のひとりが、急いで駆け出す。

 

「知らせたところで、何も出来まい」


 フロスティーネ様の声が、あの世から響いてくるように低く凄む。


「お(あつら)え向きにここ(キーテ)は、闇竜の骨が眠っているな」


(キーテ神殿の起源は、昔暴れた竜の鎮魂だったけど、まさか)


 天に向かって、フロスティーネ様の白い腕が突き上げられた。

 先に壁を壊して怪我したらしい赤い血が、腕を伝い流れてポタリと落ちる。


 それを合図とでも言うように、大きく地面が揺れた。


「目覚めよ、キーテに眠りし古代の竜よ」

「!!!」


(なんてものを、起こそうとしてんのよ──!)


 その竜は、もはや肉体を保ってないはず。つまり出て来るならアンデッド。


 ゾクリ、と、恐怖が背を走る。 


 私たちの青ざめた顔を嘲笑(わら)うように、神殿の裏手から、ドラゴンの咆哮が上がった。

 ゾンビのくせに、寝起き良すぎない?!





 ◇





 キーテ神殿は、混乱の真っ只中にあった。

 裏の森での異変に、神殿の者たちは外に出て、一様に目を見張る。


 突如出現したドラゴン・ゾンビは巨体で、骨で、アンデッドだった。


(無理──)


 途端に、私の身体は恐怖に染まってしまう。


(では、術師の(ほう)なら?!)


 筆頭聖女であるフロスティーネ様さえ、太刀打ちできなかった邪悪な何か。

 冥府のことを言っていた。呪具に宿るほど、冥府の解放を望む"念"。


 それに立ち向かうなんて……。


「!」


 ドラゴン・ゾンビに向かって歩くフロスティーネ様から、血がしたたり落ちていく。


(さっきの怪我が……!)


 酷いのかしら。骨は折れてる? きっとすごく痛い。


 フロスティーネ様は困った性格ではあるけれど。

 間違いなく優秀な聖女。


 私と同じく早くから家族と引き離されて、それでも国のために戦い続けた、頼りになる先輩。



 それをみすみす、奪わせはしない──!!



 覚束(おぼつか)ずに震える手で、ポケットからメガネを取り出す。

 アンデッドが野菜に視える魔道具、試作品その2!


 恐怖耐性10割増しの効能を、今こそ発揮すべき時。


 メガネを掛けると、途端にドラゴン・ゾンビは姿を変えた。

 私は目当ての聖女を見る。


「フロスティーネ様から離れろ、邪念め!!」


 ありったけの力を振り絞り、浄化の聖呪を彼女にぶつけた。


 白い光が、炸裂する。


(私にも、神聖力が、使えた)


 フロスティーネ様の身体から、断末魔のような叫びとともに黒いモヤが抜けて、弾け散った。

 その場に彼女が崩れ落ちたので、慌てて駆け寄り。次なる危機に直面する。


 ドラゴン・ゾンビが。いまは(カブ)に見えるその首を傾げながら、肉迫していた。


(術師を消してもまだ動くの? そんな!)


 今度こそ無理かも!


 キュッと目をつぶった私の横を、声が駆け抜けた。


「遅くなった。あとは任せろ!」


(あの時の、聖騎士様!)


 神殿で会った彼は、私の作ったメガネを掛けていた。


(ん?)


 そこからは、一方的だった。


 聖騎士様はドラゴン・ゾンビの気を引くと、私とフロスティーネ様から十分に引き離しながら、確実にダメージを与えていく。

 手に持つ剣は、白く輝き、強い神聖力が付与されているのが見て取れる。

 聖騎士は、自身の剣を自分で付与(エンチャント)する。あの神聖力はつまり、あの聖騎士様の力だ。アンデッドが苦手とする神聖力を存分に纏った剣は、一撃ごとに大きくゾンビを削っていく。


 体躯の違いをものともしない機動力は隙なく鮮やかで、剣舞に見惚れるような心地で目を奪われているうちに。


 敵は切り刻まれて、静止した。


(あのメガネを使っているということは、聖騎士様にも(カブ)()えてるんだよね)


 なぜ使う必要が?

 それで骨のつなぎ目を確実に突いてたの、すごくない??


 安心から湧き上がる疑問をのんきに浮かべていると、腕の中のフロスティーネ様が身じろぎした。


「気がつかれました? フロスティーネ様」

「……ベル?」


 どこかぼうっとしているけれど、その目はいつものフロスティーネ様で、私はホッと胸を撫でおろす。


 聖騎士様はと見ると、ドラゴン・ゾンビの停止を確認した後、剣を納めて、こちらに向かって来ていた。


「大丈夫か?」


 以前聞いたままの爽やかで深みのある声……。

 に、フロスティーネ様が叫んだ。


「アンセル殿下!」


「……え?」


 そうか。私はあの日広間での紹介を聞いていないから。

 殿下のお顔を知らなかった。


(この方が有名な、聖騎士団長のアンセル殿下?)


 待って待って、どういうこと。


(っえええ──???)


 メガネしててもイケメンデスネ。





 ◇





「では殿下がかかった"呪い"というのは、"フィアー(恐怖)"だったのですか」



 落ち着きを取り戻した神殿で、私は神殿長の部屋にいた。


 部屋の主(神殿長)は、ドラゴン・ゾンビ騒ぎの後始末で陣頭指揮に出ているから、いま、この部屋はアンセル殿下と私の貸し切り状態になっている。

 フロスティーネ様は施療院で治療中だ。


(補佐役の迎えに、まさか殿下が直々、おでましになるなんて)


 そのタイミングが、ドラゴン・ゾンビの復活と重なったことは、人類にとって幸運だった。

 アンセル殿下がいらっしゃらなければ、あの巨大ゾンビがどれほどの被害を出したことか。

 想像すらしたくない。



 そして今、語られている、殿下のお話。


 彼を苦しめた呪いは、"フィアー"だった。


 "フィアー"は精神に働きかける呪縛。

 恐怖心をかきたて、対象者の判断力や行動力を奪う強力なまじない。


「ああ」


 アンセル殿下が頷く。


「今まで平気だったアンデッドが、途方もなく恐ろしく感じてしまい、恐慌に陥ってしまう始末でね。情けないことだが、どうにも解呪出来なかった」


 しかも一時的なものならまだしも、効力が持続するなど、聖騎士には致命傷でしかない。


「それで私の魔道具を、必要とされたのですね」


 イノーシュ国の希望である聖騎士団長が、アンデッドを恐れて動けないなど、国防にかかわる一大事。

 呪いの内容が極秘だったわけだ。


 もっとも、現場を共にした聖騎士団には目撃されたため、殿下を信望する団員たちが動揺して、大変だったらしい。


(それで聖騎士団全体の戦力が、下がっていたのね)

 

「このままではアンデッドたちの力が増し、冥府の封印が危うくなるところだった。キミから借りたメガネのおかげで助かった。有難う!」


 力強くお礼を言ってくださる殿下が、なぜ私の両手を握って熱く語られているのかは、きっと。

 我が魔道具にそれだけ感動してくださったということだろう。


(まさかそんなことになっていたなんて。私の魔道具、すごく役に立ったみたい)


 ちょっと誇らしい。


「ただ、激しい戦闘をするとメガネが外れやすいので、改良をお願いしたいと思ってね」

「それで私に補佐をお命じに?」


 私の言葉に、殿下が肯定を返される。


「けれど驚いた。呪具ごと浄化してしまうなんて。"フィアー"も消えて、もうメガネがなくても"恐怖"を感じない。キミの神聖力はすごいよ」


「そんな。偶然です。もしかしたら長年使えてなかった分、神聖力がたまっていただけかもしれませんし」


 そうなのだ。

 あの後、神殿預かりだった呪具を確認すると、すっかり砕けて、何の気配も失っていた。

 呪具に宿っていた"邪悪な何か"を、私が吹き飛ばしたからかもしれない。


 神聖力の性質がどういうものかはわからないけれど、またあんな力が発揮できるかと問われると、自信はない。


 それに、メガネが不要になったのなら。


「では、補佐のお話ももう、立ち消えですね」


 もともとの大役。辞退するつもりではいたけれど、殿下との接点がなくなると思うと寂しい。


「えっ、なぜ?!」


 私の言葉に、殿下が驚かれた。


「なぜって、だって」


(──私は必要なくないですか?)


 はっきり「そうだ」と言われるのが怖くて、口を(つぐ)んだ私に、殿下は身を乗り出された。

  

「僕はこのままキミに補佐をお願いできたらと思っている。占者の予言は消えたわけじゃない。"冥府抜栓"は依然起こりうるかもしれないし、それに」


 殿下が呼吸を整えた。


「僕に力を与えてくれる存在という意味がわかったんだ」


 ──キーテ神殿に、殿下の力となる聖女がいる──


 予言の言葉が蘇る。


「それが、私……? で、大丈夫でしょうか……?」


 恐る恐る、聞き返す。


 わからないけれど。もしアンセル殿下が望んでくださるのなら。

 このまま流れに身を任せ、運命を賭けてみてもいいのかもしれない。



(だって私も、殿下のためならもっと力を尽くせる気がする)



 この感情が何というのかわからない。

 でも湧き出る勇気に嘘はない。



「こんな、怖がりの私でも……」


 殿下のお(そば)にいて良いですか?


 私の呟きに、ハッとしたように殿下が脇に手をやった。ソファの上に置いてあったソレを掴む。


「そうだ、これを!」


 バサッと大量の花が、目の前に差し出される。

 優しく美しい色が重なった、大きな花束。


「魔よけの効果があると言われる花を集めた。怖がりだというキミに、喜んで貰えるといいんだが。それにキミは自分を怖がりだというけれど、それを上回る勇気を持っている、素晴らしい女性(ひと)だと僕は思う」

「あ、ありがとう、ございます」


 胸が詰まって、お礼を言うだけで精いっぱいだった。

(どうしよう。とても嬉しい……。花束だって、初めて貰ったわ……!)


 顔が赤くのぼせていく私に、殿下は次々に言葉を足される。


「メガネのお礼もしたいし、解呪の感謝も! とりあえず、補佐の件を置いておいても、王宮に招きたい」


 乞うような上目遣いが、私の理性を溶かしていく。


「一緒に来て貰えるだろうか?」


 私はイケメンの、ううん、この方の押しに、滅法(めっぽう)弱いようだった。


「……お供させてください」




 こうして"ハズレ聖女"の私は、王子殿下に連れてかれ、やがて彼の妃になるんだけど。

 それはまた、別の機会に語りたいと思う──。




 お読みいただき有難うございました!

 ふたりは互いにヒトメボレしています。そういうことです!(笑)

(フロスティーネがマメに絡んじゃうくらい、ベルは可愛いという設定)


 こちらは楠結衣様主催の「騎士団長ヒーロー」企画参加作品。


「力強く頼もしい騎士団長が、可愛いヒロインと恋愛する企画ね!」と書き始めたので、ドラゴン・ゾンビが暴れ出した時にはもう、自分でもどうしようかと…! 何とか着地出来て良かった…!

 ベルナデットもアンセル殿下も頑張りました!(笑) ふたりのメガネ姿もぜひお楽しみください。


 今回の名前はフランス圏中心に名付けています。(でもキーテ神殿のキーテはヘブライ語の「清められた」というイメージ)

 お話をお気に召していただけましたら、下の☆を★に塗り替えて応援ください。励みになりますので、なにとぞよろしくお願い申し上げます\(*^▽^*)/

挿絵(By みてみん)

---

【2024.06.29.追記】

澳 加純様(ID:793065)から素敵なFAをいただきました!

巨大なカブです! みんなで引っこ抜きたくなるヴィジュアルですが、殿下は真剣に倒した模様です!

挿絵(By みてみん)

加純様、お読みいただきインパクト大なイラストを有難うございました\(*^▽^*)/

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[一言] 好きな敵キャラ大放出だわー♡ と喜んでいたら、ドラゴンがまさかの……!みこちんの作品でドラゴンが叩っ斬られようとは……! 恐るべし聖騎士団長。メガネはラブコメ要素を加えて(勝手に)瓶底メガネ…
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