27.獅子の後継者
年度末の仕事が多忙で更新が不安定となっております……
次話は木曜に更新します。面白かった、続きを読みたいと思った方は、いいね、評価、ブックマーク等よろしくお願いします。
@エミレーツスタジアム (10月中旬)
ステファン・ジェラート 視点(アーセナル、背番号[10]、能力『92』27歳、イングランド代表)
満員のエミレーツスタジアムで0-0の拮抗した試合の後半40分。
センターサークル付近でボールを持った俺は、相手を2人抜き去りPAやや手前からシュート体勢を取った。
『ドゥンッ……』(ボールの音)
大砲を放ったかのような鈍い音を残して、俺の右脚からボールが放たれていく。
回転のかかっていないボールは、不規則にブレながら放物線を描き、飛びつく相手GKの手を掻い潜ってゴールマウスに突き刺さった。
極度の集中状態から醒めた俺に、ノースロンドンダービーで満員のエミレーツスタジアムのサポーターの歓声が突き刺さって届いてきた。
試合を決める一撃にガナーズサポーターは狂喜乱舞のようだ。
『ナイスドリブルっす! ジェラートさん』
『ありがとよ! そっちもナイスインターセプトだったぜ、エミル』
ゴールを労ってくれたのはラストパスをくれたRMのエミル・サルマン(25歳・サウジアラビア代表)。
アーセナルユースチーム出身の生え抜きで、20歳の時に俺がノッティンガムから移籍してきて以来の付き合いの長さだ。
『あーあ、わざわざあの距離でシュート打たなくったって俺がいたのによぉ。そこまで自分の得点が欲しいかねぇ』
ゴールを喜ぶ俺らに聞こえるように皮肉っぽく呟いたのはSTのマルカ・フェリペ(27歳、ブラジル人)だ。昨シーズン途中に就任した現監督の教え子かつお気に入りの1人で、技術はあるのだが、陰湿な性格の嫌なヤツだ。
『クッ……その言い方はないんじゃないですかフェリペさん』
フェリペの一言にムッとしたエミルが詰め寄ろうとするのをさりげなく抑える。チーム内で騒動があると思われるのはよろしくない……
『よせ、エミル。まだ試合中だぞ……すまないなフェリペ。パスしてもよかったんだがお前、逆足でのシュート苦手だったろ?今日お前のマークについてるCB、ずっと利き足ばかり使うお前の癖を見抜いてるぞ? そんなやつに最後を託せるか? 』
『ケッ……言われなくてもわかってら』
そういうと早足で俺たちから離れていくフェリペ。
『クソッ。監督のお気に入りだかなんだか知らないが、あいつら最近好き勝手にやりすぎだと思いませんか。ジェラートさん』
『まぁたしかにな……だが、監督が変われば戦術もメンバーも変わる。俺もエミルもまだスタメンなだけマシさ』
実際、現スタメンは半数近くレイノルズ監督時代と変わった。自分の適性ポジションでプレーできていないメンバーもいる。
『レイノルズ監督が居てくれればな……僕ずっとアーセナルでプレーするつもりでしたけど、このままだったら出るかもしれないです……』
そう離れ際に呟いたエミルは、試合再開に備えて自分のポジションへ向かって行った。
病気で退任したレイノルズ前監督に代わった今の監督は、自分の教え子や気に入った選手を重用する人のようで、フェリペも今シーズンから監督の要望でチームに加わった1人だ。
現監督はレイノルズ監督の起用法を大幅に変更し、今シーズンからは教え子やお気に入り達をスタメン起用などで使い始めた。
現監督の連れてきた連中の実力は悪くはないが、レイノルズ監督時代のやり方や選手を軽視する傾向があるヤツらがいる。フェリペはその筆頭で、現監督のお気に入りの立場を笠に着てチームに軋轢をもたらしている。
ちなみに監督は悪い人ではない。そういう人の機微に疎いようで、純粋にチームが良くなるようにと思ってフェリペ達を呼んだようだ。
過去に俺たちがフェリペ達のやり方を伝えたところ、やんわりと注意する程度でなんの解決にもならず諦めた。
『どうすっかなぁ……』
俺が20歳の時、当時ノッティンガムユース監督だったレオン・エドワーズさんに薦められて、ノッティンガムフォレストからレイノルズ監督率いるアーセナルに移籍して6年。
今年で6年契約の契約満了となる自分が契約更新をし、このチームを牽引し続けることができるのか。
ノースロンドンダービーという大一番で試合を決める得点を決めたというのに、いつの間にか不安な気持ちが胸を渦巻いているのを俺は感じていた。
『エドワーズ監督は今シーズンからノッティンガムのトップチーム監督だったな……』
移籍という言葉が頭に浮かぶと同時に脳裏によぎるのはジュニア時代から目をかけてくれていた、かつて”イングランドの獅子”と呼ばれたレオン監督。
自分が憧れた名選手にスカウトされ、その技術を継承したと自負する俺も、今やイングランド代表として”獅子”の後継者と言われるようになってきた。
かつての恩師は万年2部リーグに甘んじるノッティンガムをプレミアに引き上げようと、今シーズンからその指揮を取っている。
最近読んだクイーンスポーツ紙によると若手が多いチームをしっかりまとめ上げ、首位を独走しているようだ。
もしこのままプレミアに昇格してきたら……もしレオン監督が俺を必要としてくれるのなら……もしかつての古巣・ノッティンガムフォレストのサポーターが俺を迎え入れてくれるなら……
『ピューッ』(試合再開の笛の音)
『ふぅー……ダメだダメだ。移籍のことなんて、試合中のいま考えることじゃねぇ。』
残り時間の少なくなった試合に再び集中するように深呼吸すると、ステファン・ジェラートは雑念を振り払ってボールへ向かって走りだしたのだった。
ステファン・ジェラートのモデルはお察しの方もいると思いますが、リヴァプールで活躍したあの選手です。
プレースタイル的なモデルだと思ってください。性格やバックボーンは異なります。
一応、他の選手もモデルがいて描いているんですが皆さんは誰か思い浮かぶでしょうか……